第18話.私が聖女イヴリンです

 


 その日の夕食会は、いつも通り大変賑やかだった。


 貴族の食事会というと堅苦しいイメージがあるが、仲良しのマニラス家の場合は違う。

 お互いの席自体は離れているが、みんな自由に食事をし談笑していた。


 私もそんな中、両隣のキラとカイン君、向かいのセオドア様と話をしていたのだが……。


 食後のコーヒーが運ばれてきたあたりで、いよいよ切り出す覚悟を決めた。



「今日は皆さんに、大事なお話があります」



 そう告げる声は、我ながら緊張で固くなっている。

 何故か向かいのセオドア様が立ち上がったので、私は思わず彼に目を向けた。


 感極まった様子のセオドア様が私を一心に見つめている。


「イヴリン様。この場でプロポーズのお返事をいただけるのですね……!」

「……違います」

「……………………」


 セオドア様は無言で席に座り直してしまった。

 ジャクソン様と夫人、それにカイン君の瞳までもが潤み始める。私は慌てて両手を振った。


「違いますが――も、もちろんお返事はいずれ、必ず、キチンとさせていただきますので!」

「本当ですか!」


 とにかく立ち直りが早いのがセオドア様の長所だ。


(あのお言葉ってやっぱり本気……だったのかしら?)


 しかし、セオドア様はこんなに若くて格好良くて、将来有望な方なのだ。

 今は一応の恩人である私のことが、それこそ天使のように神々しく見えているだけなのだろう。


(我に返ったら、きっと、ご自身の言葉を後悔されるわ)


 そう思うと……ふいに、胸のあたりがずきりと痛んだ気がした。


「それで? どうしたの?」


 その意味を考える前に、キラに急かされる。

 私は頷くとその場に立ち上がった。今はそれどころではないのだ。


 一斉に注目が私へと集まる。

 深呼吸して、私は彼らを見回しながらこう言った。



「実は私――イヴリンなんです!」



 広い食堂内に、私の声が反響する。

 そして――私をじっと見つめ、蕩けそうな笑みを浮かべたセオドア様が頷いた。


「はい。存じ上げていますよ、イヴリン様」


(ごめんなさい。今のは私の言い方が悪いですね!)


 言い直そうとすると、その前にセオドア様は「そうだ!」と勢いよく立ち上がり、壁際に控える使用人たちに言った。


「せっかくだし、ひとりずつイヴリン様に自己紹介してくれるか?」


 並んでいた三人の使用人が一斉にきれいなお辞儀をする。


「イヴリンです」

「イヴリンです」

「イヴリンです」


 ジャクソン様が何故か満足げに拍手をする。

 それにつられてか、夫人やカイン君も顔を綻ばせて拍手をしてくれたし、他の使用人の人たちも喜ばしげにその光景を見つめている。


 しばし食堂には和やかな空気が流れた。


「……いえ違うんです! 私も皆さんもイヴリンなんですけど、私が聖女なんです!」


 というか、何かおかしかった気がする。


(最初のお二人はまだ成人してないように見えるけど……最後のイヴリンさんは、私より年上に見えるような)


 そう。三人並んでいるイヴリンの内の最後のひとりは、腰の曲がったお婆さんに見えるのだ。

 まぁでも、そもそもそんなに珍しいという名前というわけでもない。この方の場合は偶然、同じ名前だっただけだろうか。


 そんな私の視線の意味に気がついたのか、キラが説明してくれた。


「国全体でイヴリンを名乗りたい人が多すぎて、国民の間で大規模な署名活動があってさ……老若男女問わず、役所に書類を提出すればイヴリンって名前にだけは改名が許されてるんだよ」


 お婆さんは「ふぁんなんじゃ」と頬を赤くした。


(もう何なのこの国ー!?)


 頭を抱えていると、


「あの、天使のおねえさん……」


 それまで黙っていたカイン君が、おずおずと私に話しかけてきて。


「実は、王都中がすごい騒ぎになっていて……ボクは噂で聞いただけなんですけど。偽者の聖女様が、王都に現れたそうなんです」

「偽者の聖女……?」

「『あたしが聖女よ』って叫びながら噴水の中を走り回って、騎士に捕らえられても大暴れしてたって」


(メアリだわ!)


 私にはすぐに分かった。

 どんなに仲が悪くても、私たちは姉妹なのである。そんなアホみたいな真似をしでかすのは、メアリ以外には考えられない。


「それでクラスの子が言うには、騎士たちは本物の聖女様を探してるらしくて」


 彼のその発言に、私はコクコクと頷く。

 この流れなら、きっと彼は信じてくれるはずだ。


「そうなの。私がその、本物の聖女なのよカイン君!」

「えっ。天使のおねえさんは天使なんですよね?」

「…………えっ」

「……違うん、ですか……?」


 私の顔中を大量の冷や汗が流れていく。

 そして私は、カイン君の純粋な瞳を……裏切れなかった。


「…………そうです。天使のおねえさんは天使なんです」

「なぁんだ、そうですよね!」


 ほっとした様子のカイン君。

 私たちのやり取りを見守っていたセオドア様は思案顔をしている。


「偽者のことも気になるが、しかし本物の聖女様はどうされたのか……カインの言う通りだとしたら、大神殿から居なくなったということになりますね」


 ジャクソン様も首を傾げた。


「あの責任感のある方が、役目を放棄して自ら姿を消すとは思えんな」

「明日、領民に聞き込みに行ってみます。何かの間違いで聖女様がセムに辿り着いている、なんてこともあるかもしれませんから」

「ははは。さすがにそんな馬鹿なことはないだろう。目の前に居れば絶対に気がつくさ」

「そうですよね。聖女様はきっとすごいオーラをお持ちですから」

「一目でいいから会ってみたいものだなぁ」


 はっはっは、とか笑っているイケメン親子に向かって、オーラの無い私は声なき声で必死に叫ぶ。

 と言うのも、カイン君に聞き咎められるわけにはいかなかったので。



(だから、私! ここに居る私が聖女なんですけどもー!)



 隣の席では、キラが呆れたように肩を竦めていた。



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