第17話.ポンコツ探偵さんですか?

 


 のどかな畑の風景を回った後、私たちは木陰でお昼休憩を取ることになった。


 セオドア様は馬を繋いだ後、てきぱきと敷物を敷いて昼食の場の準備を整えてくれた。

 手を引かれるままに、敷物の上に座る。そのまま自然と隣に彼の気配が降り立って――私はどきりとした。


(な、何をさっきからドキドキしているのかしら。乗馬中の方がよっぽど近かったのに)


 不整脈だろうか。屋敷に戻ったら自分にも治癒魔法を掛けた方がいいかもしれない。


「イヴリン様、冷えませんか?」

「だ、大丈夫です。むしろポカポカしています」

「そうですか」


 セオドア様が微笑む。何だかその優しい微笑みも、私を落ち着かない気分にさせた。


(うう、今はごはんのことを考えましょう!)


 私は気を取り直して、預かっていた籠の中身を取り出す。

 マニラス家にはお抱えの料理人が居て、私とキラは毎食ごとに舌鼓を打っていたのだが、今日のためにと彼はお弁当まで作ってくれていたのだ。


 丸まった布の中には、それはもう美味しそうなお昼ごはんの姿があった。

 ハムやチーズ、レタスやトマトがたっぷりと挟まったサンドイッチ。

 水筒には温かなオニオンスープも入っている。本当に至れり尽くせりだ。


「ルトさんの料理は本当に美味しいですね」


 もぐもぐと頬張ってからうっとりと呟くと、セオドア様が軽く目を見開いていた。


「イヴリン様は我が家の使用人の名前をご存知なんですか?」

「ええ……皆さん、すごく気さくにお話してくださりますもの」


 ルトさんは厨房の料理人だ。髭を蓄えたダンディーな男性で、セオドア様が生まれる前からマニラス家に仕えているらしい。


「主にセオドア様とカイン様の幼い頃のお話とか、たくさん聞けました」


 生ハムの間に挟まったオリーブの実を、ぽろりとセオドア様が落とした。


「お――ぼ、僕の話ですか!?」

「はい。えっと……いけなかったですか?」


 心配になって問うと、セオドア様は焦ったような表情をしていた。


「そういうわけではないですが――どんな話ですか?」

「えっと、小さい頃に家出したセオドア様を、ジャクソン様が靴を履くのも忘れて探し回ったお話とか……雷が苦手なカイン君のために『雷を倒してきてやる!』と言って嵐の中を実剣を手に走り回ったジャクソン様のお話とか……」


(……あれ? これ、ほとんどジャクソン様の話なんじゃ……?)


 気がつくと同時、セオドア様もどこかほっとしたように息を吐いている。


「良かった。ほとんど父の話ですね」

「そうですね。だから、セオドア様のお話ももっと聞きたいです」


 私がそう言うと、彼はポカンとして。


「僕の話を?」

「ええ。……でもそれより、セオドア様こそ私に訊きたいことがあるかもしれませんが」


 セオドア様が眉を寄せる。私は覚悟を決めていた。


(おそらく、セオドア様とジャクソン様は、既に私の正体に気がついている……)


 それをこの三日間、何も言わずにいてくれたのは私への気遣いだろう。


 王都に居たとき、なぜか私が追放されたということや、メアリが新たな聖女に就任したという噂の類はまったく聞かなかった。

 国民への発表は遅らせようという判断があったのかもしれないが、セオドア様たちは陛下の忠臣なのだ。

 大神殿を追放された私をそうとは知らず匿っていれば、罰せられる可能性だってある。


(これ以上、この方々の好意に甘えるわけにはいかない)


 無言で残りのサンドイッチを食べ終わると、セオドア様が立ち上がる。


「そうですね……では、ひとつだけ」


 見上げる私を、セオドア様が真剣な顔で振り返った。



「あなたは、聖女イヴリン様の――次代の聖女様なのではありませんか?」



 頷こうとして。

 何かがおかしくて、私は沈黙した。


(…………いえ、違いますね!)


 違った。後半部分がぜんぜん違う。

 しかし黙り込んだ私に何を思ったのか、「やはり」というような顔で何度もセオドア様が頷いている。


「最初はもしかして、当代の聖女様かとも思ったんですよ。しかし当代の聖女様は二十八歳……対するあなたは、失礼ですがどんなに多く見積もっても十八歳くらいの少女にしか見えません」


(少なく見積もりすぎでは!?)


 私は穴だらけ推理に仰天した。

 しかし絶句する私にセオドア様は「やはり!」の顔のまま続ける。


「当代の聖女様は人気がありますから、イヴリンという名前は決して珍しくはありません。このセムでも五十六人の住民がイヴリンですから」


(多すぎる!)


「先ほどすれ違った中にも七人のイヴリンが居ましたからね。それに我が屋敷でも三人のイヴリンを雇っています」


(そんなに!?)


 私の影響で同じ名前の人が多いとはキラから聞いていたけど、そんな歩けばイヴリンに当たる状態だったとは。


「そしてあなたはキラという少年と共に王都の路地裏に隠れていたと言います。駆け落……いえ、きっとイヴリン様とキラ君はご姉弟なのでしょう。そうに違いありません。似てないけどきっとそうだ」


(何故、自分に言い聞かせるように……)


 困惑し続ける私に、セオドア様はハッキリとした口調で言い放つ。



「つまりイヴリン様――あなたは聖女の役目を継ぐのがいやで、大神殿から逃げてきたのではありませんか!?」



(何もかも違いますー!!)


 名探偵――ならぬ迷探偵っぷりを披露しつつ、セオドア様が私の目の前に跪く。


「なれば、どうか――僕にあなたを守らせてください、イヴリン様」

「…………!」

「あなたがお許しくださるならば、僕はあなたの盾となり剣となりましょう。大神殿を敵に回したとて恐ろしくはありません」


 見惚れてしまうほど美しい、凛とした表情で言うセオドア様。

 私はそんな彼を見つめて……うん、と決めた。


(セオドア様たちには、ちゃんと説明しよう)


 よく知りもしない私のために、これほどまでに親身になってくれる人なのだ。

 これ以上、事情を伏せておくというのは礼儀に反することだろう。


 キラにも、セオドア様にも、ジャクソン様やカイン君にも――私が何者なのか説明するべきだ。

 どんな反応が返ってくるかは分からない。でも、そうすることが必要だと思うから。


(でもまずは、とりあえず間違いを正しておかないと)


「……セオドア様」

「はい、イヴリン様!」

「大変言いにくいのですが……セオドア様の推理は、一から百まで外れています」


 ハッキリとそこは断言しておくと。


「………………ッッッ!」


 セオドア様は寝込んでしまうのではないかというくらい、ショッキングな顔をしていたのだった。



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