第15話.デートというのは何ですか

 


「今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お互いに、深々と頭を下げる。


 マニラス家の屋敷に滞在し始めて、三日目の朝。

 今日は全快したセオドア様自ら、私に伯爵家の領地を案内してくれるのだと言う。


 王都の隣町のセムは、そのすべてがマニラス家の領地なんだとか。

 王都にこれほど近い場所に領地を与えられているということは、マニラス家はよっぽど国王陛下から信頼を寄せられているのだろう。


「本日もお美しいですね、イヴリン様。いつまでも見つめていたいくらいだ」

「せ、セオドア様こそ……とても格好良いです」


 さらりと褒め言葉を言ってくれる彼に、ぎこちなく返事をする。


 今日も手持ちの服が一着しかない私のことを、伯爵家のメイドたちがおめかしさせてくれている。

 長い髪は三つ編みに結ってもらい、昨日よりかは動きやすい空色のロングワンピースという格好だ。レースだらけのドレスじゃなくて良かった。


 だが何よりも――目の前のセオドア様が格好良すぎる。


 昨日まではほとんどベッドに横たわる姿しか見ていなかったが、着飾った姿は格別だ。

 太陽の下で見ると、もともと整いすぎている容貌も麗しさを増していて、先ほどから直視するにも苦労していた。


「それでは、そろそろ出発しましょうか」


 セムはかなり広いからと、セオドア様は愛馬だという白馬を連れてきていた。

 馬に乗った経験のない私は躊躇った。どこにどう足を引っかけ、何をすればいいのか。


(セオドア様の仕草を密かにガン見したのに、まったく覚えられなかった……)


 しかし戸惑う私の手を逞しい腕で取ると、セオドア様は慣れた様子でひょいっと引き上げてくれる。


「あ、ありがとうございます」

「いいえ。でも、やはりあなたが天使というのは本当なのでしょうね」

「え?」

「羽のように軽かったから」


(間違いなくお世辞!)


 だというのに私はドキドキした。耳元で囁いた声音があまりに甘かったから。


「では、歩きますね」

「は、はい」


 セオドア様が腹を軽く蹴ると、かっぽかっぽ、と凜々しい白馬が歩み始める。

 土が平らにされ、よく整備された道をのんびりと進むが……のどかな緑色の風景を見つつ、私の心音は騒がしかった。


 というのも――ぴったりと、私の背中と彼の胸板が密着していて。

 しかも私の腰を、彼の逞しい片手が支えてくれているからだ。


(落ち着かない……!)


 ちなみに本日は本当にふたりきりだ。


 と言うのも幼いのに賢く、歯に衣着せぬ物言いをするキラをジャクソン様はかなり気に入ったらしい。

 今日は二人でチェスをするそうだ。ボードゲームの一種だそうで、キラも珍しく楽しみにしていた様子だった。

 私としては年頃が近いだろうカイン君とも仲良くしてほしいけど、カイン君は今日は学校に行っている。


「風が気持ち良いですね……」

「そうですね。日当たりも良くてウトウトしてしまいそうです」

「あら。本当ですか?」


 子供っぽいところがあるのだな、と微笑ましく思うと、セオドア様は「そうなんです」と頷く。


「イヴリン様とのデートがとても楽しみで、昨晩はなかなか寝つけず――」


 言いかけた途中。


「…………ッ!」


 失言に気づいた! というようにセオドア様は口元を覆ったらしかった。

 背後から、恐る恐るとした問いかけがする。


「……今の、聞こえましたか?」

「はい。私とのデートがとても楽しみで、昨晩はなかなか寝つけなかったと」

「この距離ですからすべて聞こえますよね……」


(もしかして、聞こえない振りをした方が良かった?)


 あまりの落ち込みように何だか申し訳なくなってくる。

 だが、私には気になることがあった。


「セオドア様。あの、デートというのは何ですか?」

「……えっ?」

「私、ちょっぴり世間知らずらしく……初めて聞く言葉だったものですから」


(客人に領地を案内することを、デートと呼ぶとか?)


 そう思った私だったが、セオドア様は咳払いしつつ教えてくれた。


「デートというのは……その、親しい男女がふたりきりで出かける行為のことを言います」


(親しい男女がふたりきりで出かける行為!?)


 私は非常に強い衝撃を受けた。

 だって、


「私たち、まだ知り合って二日なのに!?」

「……そうですね……」

「昨日、数十分間お話しただけなのに!?」

「はい……。イヴリン様の仰る通りで……」


(あれ? 何故かセオドア様が辛そうに唇を噛み締めている?)


「ごめんなさいセオドア様。私、感動してしまって」

「感動、ですか?」

「ええ。だって私、お友達が出来たのはセオドア様で二人目ですから」


 自慢じゃないけど、今まで私にはまったく友達が居なかった。


 大神殿の神官たちはみんな親切だったけど、それは私が聖女という立場の人間だったからだ。

 やはり彼らとの間には距離があって……必要最低限の会話しか交わしてこなかったのだから、友人と呼べるような間柄の人は誰も居なかった。


「本当に嬉しいんです。セオドア様が私のことを親しいと思ってくださっていて」


 そんな思いで、私は表情を綻ばせたのだが。



「――ちなみにその、一人目のご友人というのは男性ですか?」



 どこかその声音には、鋭さのようなものがあって。

 ん? と視線を巡らせてみると、すぐ近くにセオドア様の整った顔があって――触れそうなほどの距離に驚き、私は慌てて顔の向きを戻す。


(び、びっくりした……)


 あんなにも真剣な表情を向けられているなんて、思いもしなかった。

 でもこのまま黙っていたら無視したことになってしまう。うるさい心臓を服の上から押さえつつ、こくりと頷く。


「ええ、そうですね」

「……そうですか……」

「キラは、私にとって初めてのお友達です」

「――なるほど! あの少年ですね!」


 なぜかセオドア様の声が急に元気になった。よく分からないけど良かった。


「……あ! でもそれなら、私にとってデートは十五回目くらいですね」


 セオドア様の身体がふらりと傾いだので、私は大慌てで彼の身体を支えた。


「あ、危ないですセオドア様! 落馬してしまいます!」

「す……すみません、このまま捨て置いていただければ……」

「何を仰っているんですか!?」


 どうにか助け起こすと、セオドア様はすっかり蒼白な顔色をしていた。

 もしかして体調が悪いのだろうか。おろおろと心配していると、セオドア様が小さな声で何か言っている。


「……詮索ばかりで恐縮ですが、その、デートというのはどなたと……」

「キラとは毎日のように王都でお出かけしていたんです」

「なるほどあの少年と……! それは良かった!」


(何だか忙しい方だわ……)


 でもめまぐるしく表情の変わるセオドア様は、見ていて何だか楽しかった。



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