第14話.パチモン聖女のお披露目会

 


 それから十日後の朝。

 メイドによって着替えさせられ、濃い化粧をしたメアリは鏡の前で笑っていた。


 手持ちのドレスの中から選んだ、なるべく白くてシンプルなドレスを針子に仕立て直させたのだ。

 イヴリンが着ていたような法衣とはデザインはもちろん異なる。だがメアリのように美しい女性が着ると、それはもう優美な聖女の姿に見えるのだから不思議だ。


 片手には父の使っている物を白塗りした杖を持てば、聖女以外の何物にも見えない。


(まったく、針子の仕事が遅いせいでこんなに時間がかかっちゃったけど……)


 だがそのおかげでよく休めたし、聖女としてのパフォーマンスの練習も出来た。まぁ良しとしておこう。


 仕立てさせた白い服を受け取った使用人たちも着替え、それっぽいショールを羽織らせたりしている。


「それじゃ行ってくるわね、パパ、ママ」

「行ってらっしゃい、メアリ」

「頑張ってきてね」


 ふたりに送り出され、メアリは意気揚々と馬車に乗り込んだ。





 王都の中心部へと辿り着いたメアリは、四人の使用人の男たちを連れてさっそく広場へと進み出た。

 何事かと言う顔でこちらを見る人も居るが、まだ注目は薄い。


 見れば噴水の縁に座り、煤けた格好の吟遊詩人が何か演奏をしているようだ。

 周りにもそれなりの人だかりができている。


 ちょうどいいわ、とメアリは笑ったが……吟遊詩人の歌声はメアリの耳にも入り込んできた。



「おお、スナジル聖国の護り手、豊穣の聖女イヴリン……彼女の祈りは、絶え間なき闇をも払い……世界を照らす希望となりて……」



(よりにもよって、イヴリンの歌?)


「あれを退かして」


 メアリが低く命じると、使用人たちが吟遊詩人を慌てて取り囲む。

 その間に――メアリは吟遊詩人の位置を乗っ取るように、噴水を背にして広場を見回した。


「静粛に。静粛にしてください」


 呼びかけるが、妨害された観客たちは迷惑そうな顔つきをしている。

 メアリは舌打ちをして、杖で地面を叩いた。


「静粛に!」


 ガツッ! と石畳が鳴ると、少なくは無い注目の目線がこちらに集まった。

 次第に、近くの屋台で客を呼び込む声も静かになっていき……自分が生み出した沈黙に満足し、メアリはこほんと咳払いをする。


「皆さま、初めまして。あたしの名前はメアリ――サフカ家のメアリです」


 その場で一礼をする。

 それからメアリは、こちらを点のような目で見つめる人々に高らかに言い放った。



「突然のことで驚かれるでしょうが……あたしは、新しい聖女に選ばれました!」



(……ふふ、驚いてるわね)


 無理もない。何も知らされていない彼らにとっては寝耳に水なのだ。

 憲兵たちも、この場の騒ぎを見つめながら動きを止めている。メアリはそれを良いことに続けた。


「本日は皆さまに、あたしの聖女としての力をご覧に入れようかと思います。これは滅多に無い光栄なことなので、目に刻みつけてください。――では、瘴気を払う祈りの儀を始めます」


 そう宣言し、神官に扮した使用人に杖を預けた後、石畳の上に膝をつく。

 両手を組み、目を閉じると……急速に、広場は静かになっていった。

 メアリのことを、この場に居る誰もが見つめている空気を感じる。


(……フフ、良い感じね。みんなあたしに見惚れてるのかしら?)


 思わず、にやにやと笑ってしまいそうになる口元を両手で隠す。

 母女神への祈りに真摯に取り組むメアリの姿は、さぞ神々しく彼らの目に映っているのだろう。


 ――それから、体感では数分が経過して。


 メアリはもったいぶって、ゆっくりと立ち上がる。

 イヴリンを真似して、ふらつく演技でも入れてやろうかと思うが……それでは頼りない聖女と思われるかもしれない。


 それはごめんだったので、時間をかけながらも立ち上がると。


 ……広場の周囲はざわつくばかりで。

 ヒソヒソと、彼らが隣人と小声で何かを話す姿には、まるで新たな聖女への尊敬の念は感じられなかった。


(何か、感じ悪いわね)


「……皆さま、いかがでしたか?」


 それでもメアリはにこやかに、笑顔で周りを見回してみせる。

 そんなメアリの耳に、吟遊詩人の演奏を後列で聞いていた男の声が飛び込んできた。



「あの顔……サフカ家に建てられたイヴリン様の像にそっくりじゃないか?」



 メアリは少し焦りかけたが、そんな必要はないのだと気づいて鷹揚に頷いた。


「……と、当然です。あたしは先代聖女であるイヴリンの妹なんですよ」

「でも、イヴリン様のお母様は、イヴリン様をお産みになってすぐ亡くなられたんじゃなかった?」

「そうよね……その後すぐ、聖爵は別の方とご結婚されたって」

「そもそも先代夫人がいた頃から、その人は妾だったとかって噂で」


 ざわめきは広がっていき。

 今やメアリを見る目には敬意どころか強い疑念だけがあった。


 何度メアリが呼びかけても、先ほどと同じように杖で地面を殴りつけても……誰も、口を開くのをやめない。


「見ろよあの杖。先っぽの色がはがれてきてる!」


 挙げ句の果てには子供に指さされ、そんなことを言われ。

 とうとうメアリは顔を怒りのあまり真っ赤に染めた。



「――何なのよっ、あんたたちは!」



 逆上したメアリを、人々は珍妙な動物でも見るような目で眺めた。


「あたしが新しい聖女だって言ってるでしょ!? それなのにさっきから文句ばっかり!!」


 さすがにまずいと使用人たちが止めようとする手も払いのけ、さらにメアリは言い放った。


「イヴリンはねぇっ、もう居ないのよ! アレックス様に愛想を尽かされて、力も弱まって、それで大神殿を追い出されたんだから!」


 一瞬の沈黙を経て。


 人々の間に――波のような、大きなどよめきが広がっていく。

 思いがけない反応の良さに、メアリは口角を吊り上げた。


(どうよ、言ってやったわ! これでイヴリンが聖女として失格だって、全員分かって――)


 しかし、メアリの思惑は大きく外れた。

 追放されたイヴリンの話題はすぐに止んだ。そして人々は、まるで親の敵を見るかのような目でメアリを鋭く睨みつけたのだ。


 迫力に押され、思わずメアリは後ろに引く。


「な、何よ……何であたしを睨んでっ――」


 そうして後退ったせいで。

 噴水の縁に引っ掛かり、ふわっと身体が浮いた。

 あっ、と気づいたときには時既に遅く――メアリは頭から噴水の中に落下していた。


 大きな音を立てて冷たい水の中へと落ちる。

 大した深さはないので、すぐに脱出するものの、


「ゴボっ! ゴホッッ……!」


 鼻から水を吸ってしまったのか、激しく咳き込むメアリ。

 きれいに結った髪の毛はめちゃくちゃに絡まり、化粧は剥がれ出している。


「あそこだ! 聖女を騙る大罪人を引っ捕らえよ!」

「!!」


 しかも最悪なことに、そんな声まできこえてきて。


「違うわ! あ、あたしが本物の聖女なんだから!」


 喚きながら噴水から脱出しようとするメアリだが、水に濡れたドレスが重くて自由に動くことができない。

 そこを騎士の手に突き飛ばされ、両手を無理やり背中に回され……それでもメアリは叫び続けた。



「あたしが本物の聖女よーッ!」



 その様子を、こぼれ落ちそうなほど目を大きく見開いたアレックスが遠くから見つめているとも知らず――メアリは、第二王子イグナが率いる騎士団に捕らえられたのだった。



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