第13話.パチモン聖女の企み
――話はイヴリンが大神殿を追放された、その翌日にまで遡る。
「あーもうっ、信じらんない!」
メアリはサフカ家の屋敷の前で地団駄を踏んでいた。
ここまで馬車で送り届けてきた神官たちは、最後までメアリを馬鹿にするような目を向けるばかりで……思い出すだけで、それが苛々を余計に加速させる。
(何なの! 何であたしが偽者呼ばわりされなくちゃいけないのよ!?)
昨日のことだ。
イヴリンを大神殿から追い出すことに成功して、これからは夢見るほど美形の第一王子・アレックスと、毎日楽しく王宮で贅沢三昧できるとメアリは思っていた。
そもそも数年前からメアリはそんな風にアレックスと過ごしてきたのだったが、アレックスの側近だとか言う奴らはそんなアレックスにいつも苦言を呈していた。
メアリにも、「姉君に恥ずかしくないのか」とか「姉君はご立派な方なのに」など訳の分からないことを言うばかりで。
その度アレックスに報告してやったのだが、そんな煩わしい言葉は毎日、それこそ止まない雨のようにメアリに降り注いだ。
だから鬱陶しいイヴリンを追放できて――メアリは「ざまぁみろ」と叫び出したいほどの心地だった。
どうせなら冬の季節に追放してやれば良かった、とさえ思う。そうすればきっと、あの呑気な女は一夜も過ごせず凍死でもしていたはずなのに。
メアリの生家であるサフカ家は、聖爵という特別な爵位を賜ってはいるが、他の貴族と比べれば実権に乏しい。自由に王宮や大神殿に出入りできるわけでもないし、公式に発言権も無いのだ。
つまりアレックスの妻になるために、メアリには聖女の地位が必要だった。
アレックスもそれを理解して、メアリに協力してくれた。彼も年増の聖女より、年若く可憐な乙女と結ばれたかったのだ。
(そうよ……全部、途中までは目論み通りだったのよ)
今日も予定通り、アレックスが神官や弟たちを呼び立てていて。
新たな聖女だと発表されたメアリは神官たちに言いつけ、【聖女の間】だとかいうところに行ったのだ。
よく分からないが、聖女の毎日の役目というのが、膝をついて両手を組んだポーズで居眠りすることらしい。
簡単だ。そんなことなら子供にだって出来るだろう。
そう思ったメアリは大理石の冷たい床に膝をついて、一分ほど耐えてやったのだ。
『祈りの儀……だっけ? はい、もう成功したから』
そう言い残してさっさとアレックスの元に戻ろうとすると、神官のひとりに呼び止められた。
『本気で言っていますか?』
『本気に決まってるでしょ。どういう意味?』
『魔力の波長が一切感じ取れませんでした。もう一度やり直してください』
『何でよ。嫌よ』
『……あなたは、イヴリン様に代わって聖女になると言いましたよね?』
呆れたような目を向けられて。
メアリは舌打ちと共に、再び祈りのポーズを取った。
そして次は三分ほど経ってから『終わったわ』と宣言したが、また首を横に振られる。何度やってもその繰り返しだった。
明らかな嫌がらせだ。アレックスにそれを言いつけようとしたのに、しかしそこでも理不尽なことが起こった。
(挙げ句の果てには、アレックス様まであたしに帰れと言った!)
「メアリ!? そんなところでどうしたんだ」
「パパ!」
玄関に立っている人の姿を前にして、思わずメアリは彼に抱きついた。
しばらく抱き合ってから、「ほら、早く家に入りなさい」と導かれ、メアリは父と共に家の中に入る。
「パパ! ねぇ聞いてよ――」
「それでメアリ。どうして家に帰ってきたんだ? 今日から聖女として大神殿に住み込むんじゃ……」
ギク! とメアリは肩を強張らせる。
「え、えっとそれは……」
困って視線を巡らすと、二階の踊り場に着飾った母の姿があった。
「ママ!」
「あら、お帰りなさいメアリ」
メアリとそっくりの美貌の母が微笑む。
「今日はどうだった――なんて、聞く必要はないかしら。あの女の娘に出来ることが、わたくしの娘に出来ないはずないものね」
ますますメアリは冷や汗を掻く。
今日の出来事をすべて、素直に話したら……父はともかく母は、恐ろしいほどの激昂をメアリに浴びせるだろう。
(何か適当な嘘を……)
「……実はその、お姉様が……神官たちに、あたしに聖女の才能が無いって嘘を吹き込んでて、今日はそのせいで大変で」
「何ですって!?」
小声のメアリに被せるように。
母は叫ぶように言うと、父と目線を交わす。
父は頷き、低い声で呟いた。
「実は昨日、屋敷にもイヴリンが訪ねてきたんだ……」
「えっ」
それは初耳だった。
ではイヴリンは、アレックスとメアリによって追放された直後に実家の伝手を辿ろうとしたのか。
(ほんとに馬鹿っぽいわ。アンタの居場所なんてあるわけじゃない!)
現在の状況も忘れてメアリは笑い出しそうになった。
「銅像を憎々しげに見ていてな。あれはもはや聖女というよりただの悪魔だ」
「ええ、あなたの仰る通りよ。あの娘、わたくしのことまで睨んできて驚いたわ」
身を寄せ合う両親に、メアリは同情するように眉を寄せる。
「まさかそんなことがあったなんて……。パパもママも大変だったわね」
「何を言うんだ。お前の方がひどい目に遭ったんだろう?」
「でもメアリ、どういうこと? 確か昨日は、人払いしてそのままイヴリンを大神殿から追い出したんじゃなかった? それなのにイヴリンが神官たちに嘘を吐いたって……」
(あ……)
さっそく嘘が発覚しそうになり、慌ててメアリは両手を振る。
「ま、前からなの。あの女ったら、ずっとあたしの悪口を神官たちに吹き込んでたみたいなの」
「まぁ、本当に意地の悪い女ね……! いっそ嫉妬の魔女と呼ぶのが相応しいわ。追放より火刑が相応しかったんじゃない?」
メアリはほっと胸をなで下ろす。どうやら信じてもらえたようだ。
「それでね、神官たちに認めてもらえないなら、国民に認めてもらえばいいと思うの」
「うん? メアリ、それはどういうことだ?」
「あたしのすごさをアピールして、イヴリンじゃなくあたしこそが聖女に相応しいって気づいてもらうのよ!」
怒りに近い感情をメアリに向けていた神官たち。
蔑むような表情で見てきた第二王子や第三王子。
こちらをろくに見ようともせず、メアリを家に帰すようにと言ったアレックス。
――そうだ、王族や大神殿の人々が認めないと言うのならば。
そう、メアリが聖女だと
「だからあたし、聖女として瘴気を払うところを国民に実演しようと思うの!」
(簡単よ。だって、のろまそうなイヴリンにだって二十年以上も出来たんだもの)
今日は神官たちに意地悪をされて、まるでメアリに何の力も無いような物言いをされたが。
そんなはずは無いのだ。メアリには治癒魔法が使えるし、代々サフカ家に生まれた少女というのは聖女の才に恵まれているものなのだから。
メアリの思いつきに、父は手を打った。
「それは素晴らしいな。神官たちを引き連れるメアリの姿は、さぞ神々しいことだろう」
もはやパレードを開きたいくらいだな、などと言い出した父に大慌てでメアリは言う。
「し、神官たちは――手伝ってくれないのよ。それもお姉様が言いつけたらしくて」
父は頭を抱えてしまったが、その隣から母がすかさず口を出す。
「使用人たちに、神官の演技をさせましょう」
「えっ?」
「大丈夫よ。法衣に似た服装を作って、それを着せればいい。どうせバレないわ」
(ママ、すごい!)
名案を思いついた母親にメアリはすっかり感動した。
「パパ、針子に早く伝えに行って!」
「わ、わかった」
今日の出来事は、ただの悪夢のようなものだった――未来の自分は、きっとそんな風に笑い飛ばすことができるだろう。
メアリは笑いながら、心の底から思う。
(あたしこそが、本物の聖女よ!)
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