第12話.これからのこと

 


「4ルラン!?」


 私の声があまりに大きかったからか。

 顔をちょっと顰めたキラが「ああ」と頷く。


 あの後、どうにかセオドア様には解放してもらったのだが……『明日はぜひ我が領地を案内したいです』なんて優雅に微笑まれたりして、私はずっと落ち着かない気分だった。


 貸し与えられた部屋でどうしたものかとゴロゴロしていると、そこにキラが訪ねてきて。

 いつの間にやらセオドア様の父君であるジャクソン様との交渉を済ませてきた彼から、たったいま報告を受けたところだった。


 目を落としそうなくらい見開いている私に、床にあぐらで座り込んだキラは僅かに口角を上げる。

 ちなみに私も、自分だけソファに座るのはどうかと思ってキラと向かい合って床に座っていた。

 ミルク色の絨毯が敷かれていて、お尻はまったく痛くならないし。伯爵家の財力ってすごい。


「大金貨でもらっても使い道に困るからな……まだ金貨で40枚もらっとく方がいいかと思うけど」

「そっ、そういう問題じゃないわキラ! ジャクソン様とどういう話をしてたの!?」

「一応言っとくけど、あっちはその倍以上は出すつもりだったんだよ」


(倍以上!?)


 つまり大金貨八枚以上。

 ……ちょっと私の想像では追いつかない領域だ。何せ手持ちには大銅貨と銅貨しかないのだ。


(でもそれくらい、感謝してくれているってことよね……?)


 ちなみに昨夜お夕食をいただいた後、私はジャクソン・マニラス伯爵の腰痛も治癒魔法で治している。

 今も外から馬の蹄の音と「ヒャッホーイ!」というジャクソン様のものらしき奇声が聞こえてくるので、本当に喜んでもらえたようだ。


(おそらく、瘴気の件も込めてってことなんだろうけど……)


 ジャクソン様もセオドア様も、私の治癒魔法が瘴気の浄化をもたらしたのだと気づいている様子だったし。


 だとしたら、それは本当に受け取って良い金銭なのか。

 聖女にとっては、瘴気の浄化は仕事だ。国民の平和を守るために聖女が居るからだ。


 そしてこの一帯に瘴気が噴き出したのは、私が大神殿を追放されたからだ。


(つまりセオドア様が怪我をしたのだって、元はといえば私や……アレックス殿下やメアリの所為なわけで……)


 うーん、と唸りながら考える。

 そんな私にキラが、少し上擦った声で訊いてきた。


「アンタ、何も教えてくれなかったけど……そもそも、どうして金を稼ぎたかったんだ?」

「ああ……そうよね、そろそろ隣国に渡るべきかしら」


 私がいろいろ考えながら神妙な顔で顎に手を当てると、キラはきょとんとした顔をした。


「隣国? 何で?」

「元婚約者に、この国を出てけって言われたからよ」

「は? 何でそいつに、そこまで言う権利があんの?」


(あの人が一応、第一王子だから……)


 王位継承権第一位、アレックス・スナジル殿下。

 彼との間にまともな思い出はひとつとして無いが、国から出ろと宣告された以上は従うべきなのだろう。


(もしかしたら追っ手がかかっているかもしれないし……)


 大神殿を出てもう十一日目だ。まだ私が王都の近くにいると知られたら危険かもしれない。

 私が一文無しと知っているなら、せめて船代くらい出してくれれば良かったのに……そうすれば私は、すぐにでも隣国に渡っていられたのに。


(……いえ、それはどうだろう)


 結局は、メアリがしっかりと務めを果たしているのか、聖国の防衛は大丈夫なのか心配で、いつまでも国に留まっていたかもしれない。


「ねぇ。もし私が国を出るとしたら、キラはついてきてくれる?」


 だから思わずそんな言葉が口を突いて出たのは、自分でも不安な気持ちがあったからかもしれない。

 キラは何か言おうとして口を開け、それから閉じて……また、小さく開いた。


「…………そうだな。アンタの治癒魔法は使えるから」

「本当? うれしい」

「打算で付き合うって言ってるのに、うれしいのか?」

「うれしいわよ。自分の治癒魔法がキラの役にも立ってるなんて」


 私が膝を抱えて機嫌良く笑うと、キラはふいっと顔を背ける。


 よくよく考えると不思議な話だ。

 怪我人を探して王都を歩き回って、道の外れでこの子と出会った。


 最初は獣のような瞳に見惚れて、放ってはおけなくて……怪我を治した、ただそれだけだったのに。

 一緒にお金を稼ごうとキラが言ってくれて、いまの私たちは、王都からも少し離れた豪華な客館の中、こうして呑気に向かい合っている。


(キラとの宿屋暮らしも、とっても楽しかったけどね)


「でも、まだしばらくはこの国に居ることにする」

「そっか。まぁ、金ヅルはまだまだたくさん居るしな」


(言い方!!)


 いろいろ余韻は台無しだったが、キラが一緒に居てくれて良かったと思った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る