第7話.大成功しちゃいました

 


 結果からまず言うと。

 キラが私に授けた作戦は――びっくりするくらいに大成功を収めた。


「すごい、すごいわキラ! 今日だけで101リーンも稼げちゃったわー!」


 舞い踊るくらいに喜ぶ私に対し、キラはクールだったが……口端がちょっと吊り上がっているので、この結果に満足しているらしい。

 キラを含めて二十一人――私は彼らに治癒魔法を使い、目標を達成することができていた。



「いいか。大事なのはミステリアスさだ。相手を労わりつつ、自分の世界観に引き込むんだ!」



 そんな敏腕監督からの指示の下。

 私はまず、通りがかるひとりきりの生徒が居ると……路地からそうっと出て、物憂げに声を掛けた。


「あなた、とっても痛くて苦しそう……それなのに、懸命に毎日、頑張っているのね」


 ポイントは、瞳にうるうると光る涙を浮かべていること。……らしい。

 キラの言う通りに静かに泣きながら見つめると、男の子も女の子も夢見るように――ぽぅっと頬を赤くする。


「お、お姉さん……誰?」

「私? 私はね――神が地上に遣わした癒しの天使よ。だってとっても美しいでしょう?」


 我ながら頭のおかしい台詞だが、そう言うとなぜか「確かに……!」とみんな納得した。

 純粋な子供たちを騙しているようで忍びなかったが――これも今晩の宿と食事のためだと言い聞かせ、えいやっと治癒魔法を使う。


 そう。

 これもキラの推測通りだが、初等学校に通うような幼い子は、少なからず身体のどこかしらに怪我をしていた。

 私の治癒魔法は怪我だけでなく、虫歯や風邪、それに視力低下なんかの症状にも有効なので……不審に思って逃げた子以外は、ほぼ全員に治癒魔法を掛けるのに成功したのだ。


(これも確か、歴代の聖女で私だけらしいけど……)


 本当は解析魔法と組み合わせた方が、より効果は出るのだが……学校自体には元気に通っている子たちなので、そう大した傷のある子は居ない。

 というわけで黄金の光の粒をバシバシ飛ばしながら魔法を使うと、子供たちは奇跡を目にしたように感激してくれた。




 ……そんなわけで。

 ほんの二時間くらいで101リーンも稼げた私は幸せでいっぱいだった。


 そしてそろそろ、またお腹の虫が元気になってきそうだ。

 夕刻の鐘が鳴り、辺りも暗くなってきた。人通りも無くなってきたので、今日はこれくらいでお開きだろう。


「キラ、お家はあるの?」

「……そんなもの無いよ。この身なりを見れば分かるだろ?」


 念のため確認すると、彼からは掠れた返事が返ってきて。

 私は笑顔で言った。


「私も家は無いの。ねぇキラ、一緒に宿に泊まるでしょ?」

「……それ、アンタが稼いだ金だろ」

「キラの指示があったから手に入ったお金よ。だから半分以上、あなたのおかげ」


 私がそう言うと、まだキラは躊躇っている様子だったが……やがて、小さく頷いた。


「でも、こんな汚い格好をした子供、王都の宿屋は受け入れないと思うけど」


 それなら、と私は両手を叩く。


「じゃあ今から服を買いに行きましょう! だっていっぱい稼いだもの!」


 そう微笑むと。

 キラは目を見開いて……それから、フッと笑みを漏らした。


「明日は、こんなものじゃないと思うけど」


(なんだかキラが、悪い笑みを浮かべているわ!)


 と思ったけど、口には出さなかった。……だってとっても楽しそうだったから。




 ◇◇◇




 その翌日の夕方。


「お姉さん、すごい! クラスの子が言ってた通りだった!」

「良かったわ。これですっかり元気ね?」

「うん! もう痛くないよ、ありがとう! あ、これお金ね!」


 ばいばーい、と女の子と笑顔で手を振り合う。

 報酬の5リーンを受け取った私は、キラが待つ路地裏へとスキップしながら戻った。


 そう高い服は買えなかったが、破れても汚れてもいない服を着ているキラ。

 それに屋根のあるベッドで寝て食事もしっかり取ったおかげか、昨日よりずっと血色が良さそうに見える。


 ……所持金の関係で部屋は一つにしたが、ベッドは違う。

 私はどちらでも良かったのだが、キラが「寝台が一つならオレは床で寝る」と譲らなかったので、ベッドは二つある部屋を取ったのだった。


「やったわキラ! また大成功よ!」

「よし、これで今日は165リーンだな」


 ハイタッチしたいくらいの気持ちだったのに、キラは参謀のようなキリッとした顔つきで5リーンを淡々と回収する。


 これで私が治した生徒の数は三十三人。

 昨日を合わせれば五十四人だから、金額としては合計266リーンということになる。

 順調すぎて怖いくらいに順調である。しかもまだ今日は路地裏に潜み始めて一時間も経っていないし。


「お腹がいっぱいだから、今日は何人だって治せそう!」

「昨日だって、ぜんぜん魔力切れしてなかっただろ?」

「ふふん、気持ちの問題よ。今日なら王都中の人だって治せちゃうわ」


 調子に乗る私に、キラが口端を緩めかけて……慌てたように口元を覆う。


「でも本当にすごいわ、キラ。こんなに上手くいくなんて」


 私が目を輝かせると、キラは咳払いをして。


「気づいたか? 今日、ひとりで歩いてる生徒がやたら多かっただろ?」

「……言われてみれば確かに」


 それに何やら、きょろきょろと周囲を見ている子も多かった気がする。

 キラはそれから、種明かしの口調で告げた。


「子供はが好きなんだ」

「秘密?」

「そ。大抵の場合、親や教師には内緒にするけど……生徒には広めるから、時間が経てば経つほどもっと儲けられる寸法だ」

「どうして生徒には話すの?」

「自分が見つけたトクベツな宝物を自慢したいから」


 ニッとキラが悪戯っぽく笑う。


「ひとりで登下校してる子供は、例外もあるが友達が少ない。通学路に出没するきれいな女に怪我を治してもらった、ひとりで歩いてると話しかけてもらえるんだぜ……なんて情報を提供すれば、会話のきっかけが増えるだろ? そしてその女に会った、怪我を治してもらったって事実に価値がつき始めればこっちのもんだ。向こうからアンタを探しに来るよ」

「トクベツな宝物……きれいな女……!」


(そんな風に思ってくれてたの!)


 私はキラを抱きしめたくてにじり寄った。

 だが、ウゲッとした顔をされた彼に寸前で躱された。……悲しい。


「危機を救ってくれた女ってのは、誰の目にも天使のように見えたりするだろ? オレが言いたいのはそういうこと!」

「そうね。私はキラの足を治したものね」

「オレの話じゃないっ!」


 キラは顔を赤くしてぷんすかと怒り出してしまった。

「ごめんなさい」と私がニコニコしながら謝ると、まだ疑わしげながらキラが続ける。


「でも、まだまだこんなものじゃないぜ」

「どういうこと?」

「これは、大物を釣るための投資のようなものだから」



(釣る?…………魚釣りの話!?)



 私がお腹を鳴らすと、何だかキラは残念な生き物を見るような目でこっちを見ていた……。



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