第6話.作戦を授かって
……どうしてこうなったのかはよく分からないけど。
私は現在、金色の美しい瞳をした少年――キラの指示により、物陰に潜んでいる。
時刻は夕刻。キラによれば、もうすぐ私が見つめる道をターゲットたちが通りかかるそうなのだ。
本当に何が何だかよく分からないが、キラはお金を稼ぎたい私に協力してくれるらしい。
私としてはもちろん非常に大助かりなので、一も二もなく「お願いします!」と頭を下げたんだけど、そんな私にキラは意外な言葉を投げかけてきたのだ。
「治癒魔法のターゲットは初等学校の生徒だ」
「学校……!」
(そ、それってもしかして!)
「私も学校に通えるってこと!?」
「そんなわけないだろ」
ですよね……もう二十八歳だし……。
でも私にとって学校生活は憧れだ。
というのも五歳のときに聖女としての素質を見出されて、それからずっと大神殿で暮らしてきた私には学生生活なんてモノに縁は無かったから。
同じ年頃の少年少女と肩を並べて過ごして勉強するなんて、何だか楽しそうだと思う。
聖女教育を受けるとき、当然ながら私は一人きりだったから。
(大神殿はおじいさんとおじさんと、ちょっとのお兄さんだらけだったし……)
数時間前に追い出されたのについセンチメンタルな気持ちになってしまう。
「で、具体的な作戦だが、まず初等学校に通う年頃のガキは周りとケンカしたり転んだりして、常日頃から傷を作ってる。つまりターゲットとして狙うにはうってつけだ」
(あなたも子供なのに……)
出会ったときから思っていたが、キラの喋り方というか物言いは、妙に大人びている感じがする。
それにキラだって、初等学校――ではないかもしれないが、まだまだ学校に通う年頃なんじゃないかと思う。
余計なお世話なんだろうけど。
「ちなみにアンタ、一日に何回くらい治癒魔法は使えるんだ?」
「数えたことはないけど、たぶんいつまでも使えると思うわ」
キラはびっくりするくらい深い溜め息を吐いた。
「嘘を言ってる……ってわけじゃ、ないんだよな?」
「嘘? 何で?」
きょとんとすると、ますます深く息を吐いて。
「まぁいいや、信じる。それで奴らにはそれなりに金があるんだ。そこでひとり治すにあたって、そうだな……対価として5リーンを要求する」
「5リーンも!? そんなの詐欺で捕まっちゃうわ!」
「捕まらない。むしろ安すぎるくらいだ」
(そう……なの……!?)
何だか今日一日だけで私の世間へのイメージはだいぶ変わってしまった気がする。
愕然とする私を放置し、キラは話を続ける。
「……で、だ。次はあの宙に浮く赤黒い球みたいなヤツ、出すのやめて」
「どうして?」
「怪しいし、なんか気持ち悪かったし」
私は悲しみのあまり泣き崩れた。子供って素直すぎる。
「で、でもどんなに抑えても黄金色の粒の方は出ちゃうんだけど……」
「そっちはむしろ積極的に出してほしい。より話題性が強まるだろうし」
(話題性?)
意味はよく分からなかったが、つまり出せば出すほど良いということだろうか。
「分かったわ。出来る限りバンバン出します!」
ぐっと拳を握る私に、その意気だと言うようにキラが頷く。
「高位貴族の子弟は学校の行き帰りも馬車に乗るんだけどな。この道を徒歩で通りかかるのは下級貴族か、学校に通える程度には裕福な家出身の平民だけだから、そいつらに……出来ればひとりで歩いてるヤツに声を掛けてもらう」
「キラ、詳しいのね」
「……別に、そんなことないけど」
「いいえ。小さいのにびっくりするくらい物知り!」
何故かムッとするキラ。褒めたつもりなのに……。
「じゃあまずは――」
(『まずは一回、試しに誰かに話しかけてみて』って言われてるけど……)
私が見張っている道は、広い通りに出るために初等学校の登下校に必ず使われるらしい。
私の後ろにはこっそりとキラも控えている。何かしら異常事態があればサポートしてくれるそうで頼もしい。
そうしてしばらく無言のまま、息を潜めて待っていると。
(来た!)
私はさっそく物陰から飛び出した。
ひとりで歩いてきたのは、茶髪の……十歳くらいに見える男の子だ。
目つきが悪く、右目の上にガーゼを貼っている。やんちゃな盛りという感じだ。
「こ、こんにちは!」
「……?」
(訝しげな目で見られてる!)
しかしここで怯んではいけない。
私は用意していた言葉を言い放った。
「あ、あのね。良かったら私があなたの痛いところを触るわ!」
「……えっ!?」
「一所懸命に触って癒すわ! それはもうしつこいくらい! その代わり、お金をちょうだ――」
後ろからずるずる引きずられた。私は路地裏へと引き戻された。
「バカかアンタっ!!」
林檎のように真っ赤な顔をしたキラが私を怒鳴りつける。
(えー!?)
「……私なりに一所懸命考えたのに。何が悪かったの?」
教えて、という思いを込めて見つめると、キラはさらに真っ赤っかになってしまう。
「……分かった、オレが悪かった! 台詞は……オレが考えるから」
「う、うん。ありがとう?」
「……だからもう、ああいうのを男に言うのはやめて」
「ああいうの?」
何を言ったか思い出そうとすると、「いいから!」とまた怒られてしまった。
「ともかく禁止ってこと!」
「は、はい」
あまりの迫力に、私が必死に頷くとようやくキラの溜飲は下がったようだった。
「じゃあ次行くぞ」という監督役の言葉に、私は「はい!」と勢いよく返事をした。
だって、せっかくキラがこうして親身になってくれているのだ。
(次こそ成功させないと!)
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