第4話.稼がなくてはなりません

 


 ひとまず、生きていくためにお金を稼がなくてはならない。


 それは分かりきっていたけど――私はそこで「はて」と首を傾げた。


(お金って、どうすれば稼げるの?)


 私が聖女になったことで、実家には多額の報賞金が支払われている。

 それに私を客寄せに、父と母が観光客や国民から安くは無いお金をむしり取っていたらしい。


 だけど私自身には生まれてこの方、自分でお金を稼いだ経験がない。


(私に出来ることといえば、聖女としての祈りの儀……)


 だけどそれは駄目だ。

 今後はメアリがこの国の聖女になるのだとアレックス殿下が言った。

 私にはもう、聖女としてこの国のために祈ることは許されないし……そもそも祈りの儀の対価は、瘴気を払って魔物を遠ざけることによって生み出される自国の平和だ。金銭に換えられるものではない。


(それ以外だと、治癒魔法くらいしか無いかも。私の取り柄)


 ……普段あんまり使う機会がないけど。

 いや、でもこれはけっこう良い線を突いているかも?


 治癒魔法は使える人がかなり限られる魔法らしいので、それなりに需要があると思う。

 それに私は力が弱まろうとだ。

 そんじょそこらの治癒魔法使いには負けない。……はず。


(うん、これだ!)


 そうと決まれば話は早い。

 私はさっそく王都の中を、地形を把握する意味も含めて歩き出した。


 そして一時間ほど意気揚々と歩き続けて――気がついた。


 怪我人なんて、通りを歩いたくらいではまったく見つからないということに。


(というか怪我人なんて、居ないに限るんだけど……!)


 むしろ誰も怪我も病気もせず幸せに、健やかであってほしい。

 と心の底から思うんだけど、そんなことを考える合間にも私のお腹はキュルルルと鳴っている。

 世界が平和であるが故に私は飢え死にそうだ。どうしよう。


「……痛っ」

「!」


 そんなアホっぽいことを考える私の耳に、その声は一際大きく聞こえた。

 考える前に、声がした方へと走り出す。


 大通りの雰囲気とは異なり、すっかり寂れている路地裏――。

 そこをひょっこりと覗き込むと、ひとりの少年の背中が見えた。


(……片足を、引き摺っている?)


「あの、大丈夫……?」


 近づきながら、驚かせないようなるべく穏やかに声を掛ける。

 するとビクッ! と肩を震わせて、少年が振り返った。


 心を許さない獣のような――金色の瞳が、ギロリと私を睨みつける。


(きれいな目……)


 なんて見惚れている間に、少年が強い警戒心も露わに口を開いた。


「……何だよ、アンタ」

「私? 私は、イヴリンだけど」

「…………ハァ」


 名乗っただけで溜め息を吐かれてしまったので、私はぱちくりと瞬きをする。


「本当に街中、その名前だらけだよな。恥ずかしげもなく聖女だかにあやかる親ばかり……」


(そうなの!?)


 いつの間に王都はイヴリンだらけになっていたらしい。


 何だか大神殿を出てきてから初耳の情報だらけだ。

 もうちょっと詳しく話を聞きたい気もしたが、それどころではなかったので、私は少年にもう少しだけ近づいた。

 勇気を出して訊いてみる。



「急に話しかけて、びっくりさせてごめんなさい。私は治癒魔法が使えるんだけど、あなたの足に使ってもいい?」



 しばらく返事はなかった。

 やがて――私が落ち着かずにそわそわ指を組み始めた頃、ぼそっと少年が呟く。


「……冗談のつもりでも性質が悪いよ」

「え?」

「治癒魔法っていうのは、とびきり珍しくて……その使い手はいつだって、金持ちか貴族しか相手にしない」


 それから少年は、ニヤリと陰鬱そうに嗤う。


「それとも、こんなナリをしたガキから何か奪いたい物でもあるの?」


 私はその言葉に、改めて彼を見つめる。

 薄闇の中ではあるが、少年の格好はかなり汚れている。

 ぼろ切れというか、土と埃を被った布のような服をまとっていて……。


 それに年頃のはずが、痩せこけたその身体は……見ているだけで胸が軋む。


(ここから少し歩いた先にある王宮は、あれほど煌びやかなのに)


 そして私は、今から――そんな子に、とんでもない言葉を伝えようとしているのだ。


 それでも私は覚悟を決めた。

 なぜなら私自身、とてつもなく逼迫した状況にあるからだ。


「で……できれば、足を治す報酬としてお金をもらいたいわ」


 ――やっぱり、というように少年の目が冷たく細められる。

 めげそうになりながらも、私はぺこぺこと頭を下げた。


「い、1リーンでも充分なので、お願い。私、いまとてもお金に困っているの!」

「……はっ?」


(おっ……怒ってる!?)


 私は慌てて言い直す。


「1リーンはやっぱり高すぎたかしら!? それなら1ランでももちろん構わないわ!」

「ちょ、ちょっと待って……待ってくれ。理解が追いつかないから」

「ら、ランより小さなお金の単位はあったかしら!?」

「無いよ! そんなものは無い!!」


 その子の声はものすごく大きかった。私は「ごめんなさーい!」と思わず謝る。


「アンタ、さてはひどい世間知らずだな!?」


(そんなこと無いわよね? え……私、世間知らずなの?)


 ならばと私は、私よりずっと物知りらしい少年に気になっていたことを訊いてみる。


「そ、それなら君は……宿屋に泊まるにはどれくらいお金が必要なのか、知ってたりするの?」

「宿屋?……場所にもよるけど、王都でいちばん安いとこなら、一晩で1ルーン……つまり10リーンくらいかな」


(そうなのね!)


 これは良いことを聞けた。


「つまり、治癒魔法を十回使えば、今夜の宿屋が確保できるということね!」


 ようやく希望が見えてきた。

 そんな風にはしゃぐ私だったが――そんな私を見て、少年がほんの小さな声で言った。


「……一応言っておくと、10リーンだと食事はつかない」

「……えっ」

「朝夕の食事つきなら、30リーンは必要だ」


 私はその場にくずおれた。


「母女神よ、申し訳ございません……一瞬であろうと「一日で三十人も怪我人見つかるかなぁ」などと不埒な考えを起こしたわたくしを、どうかお許しください……っ!」


 ああ、豊穣の母女神、麗しき母女神――とシクシク泣き出した私を、ぎょっとした顔で少年が見遣る。


「こんなところで倒れ込むなよ! きれいなのに汚れるだろ!」

「うう、ありがとう……優しいのね」


 涙ぐみつつ微笑みかけると、なぜか少年の顔は真っ赤になった。


「ち――違うからな。きれいなのは服でアンタのことじゃない!」

「!!」


(そんな勘違い、してなかったのに!?)


 何だかより一層落ち込んでしまった。



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