第3話.二十三年ぶりの再会ですが

 


 私の生家――サフカ家は、代々聖女を輩出してきた家系と言われている。


 その功績を買われ、元々は平民出の家だったところを国王から名誉ある"聖爵せいしゃく"の爵位を賜り、王都に大きな屋敷を構えて悠々自適に暮らしてきた。

 だがここ数十年は、強い魔力を持ってはいても聖女に抜擢されるほどの人材はサフカ家には生まれなかった。


(高祖母も聖女だったそうだけど、そこからかなり間が空いていることになる)


 もしかして、はそのせいなんだろうか――と、そんなことを私は考えていた。

 目の前の銅像を見上げて、呆然と。


 煉瓦造りの屋敷。

 確かに幼い頃、過ごしたはずの屋敷の庭には……まったく見覚えのない巨大な銅像が鎮座していた。


 主婦の言葉に従って、無事にサフカ家の屋敷が見えてきたときは本当にほっとしたのだ。

 でも次第に、何やら不審な物があるのに気がついて……それが女性を象った銅像らしいと理解して。


(何だろう、この像は……)


 それは両手を組んで地面に膝をついたポーズの銅像だった。

 優雅に微笑む女性の表情は、気品さえ漂わせている。


 そして、その像の前には石碑があった。

 私は石碑刻まれた文字に目線を落とす。


 "スナジル聖国 第十七代聖女 イヴリン・サフカ"……。


(もしかしなくてもこれって、私なの?)


 でも私というより、その彫刻は妹のメアリによく似ている。

 ちなみに私とメアリは姉妹だけどあまり似ていない。つまり銅像と私はまったく似ていない。



 ――『聖女様の実家をけなしたいわけじゃないけど――あの家も守銭奴っていうかねぇ。そういう人たちから高い見物料をふんだくってるらしいよ』



(あの言葉の意味……)


 今さらだけど、何となく分かった気がする。

 つまり父と母は、私の聖女としての立場をうまく利用して私腹を肥やしているということなのか。


「……イヴリン!?」



 しばらく庭の前に突っ立っていたせいか。


 驚いて振り向くと、私の後ろには使用人を引き連れた髭を生やした男性が立っている。

 私はゆっくりと目を見開いた。


 間違いない。

 記憶の底にあるよりは当然老けてしまったが……この人は私の実の父親だ。

 そして同時に、私の胸に期待が満ちていく。


 父に会ったのは二十三年ぶりだというのに。


(一目で、私だと気がついてくれた!)


「……あの」


 お父様、と震える唇で呼びかけようとして。


「何故この家に帰ってきた。どういうつもりだ?!」


 ――私は言葉に詰まった。


 父の目は決して、再会した愛おしい娘を見るものではなかった。

 細められたその瞳には、私への嫌悪だけがまざまざと浮かんでいる。


「神殿にやった時点で、お前はもう死んだも同然なんだ。それを今さら何の用だ? 神殿を追い出されて、行く当てもなくノコノコとやって来おって」

「……ご存知、だったんですね」

「ご存知も何も、私の可愛い娘のメアリが第一王子によって聖女の才を見出されたんだ。こんなにめでたいことを私が知らないはずないだろう!」


 胸を張って堂々と言う父の背後に、私はぼぅっと目線をやる。

 すると屋敷の中からこちらを見ていた女性が、煩わしげにカーテンを閉めて……。


 その瞬間、はっきりと。

 私の中に確かに残っていたはずの、"家族"への思いというのが――千切れたような気がした。



「もう二度と――この家には戻りません。さようなら」



 私はそう告げると。

 静かに頭を下げ、来た道を再び戻る。

 もうこれ以上、一分一秒でも長く、この家の近くに居たくはなかった。


(馬鹿みたい)


 二十年以上も放っておかれた時点で、本当は分かっていたはずなのに。

 どうしてあんな人たちに、まだ何かを期待していたのだろう。

 会いたかった、元気だったか、心配していた――そんな心ある言葉を掛けてもらえるはずだと、夢見ていたんだろう。


(本当に、馬鹿だわ)


 また泣いて、目が腫れたら堪らなかったから。

 ばしん! と思いっきり頬を叩く。


 ……ものすごく痛い。本当にけっこう痛い。

 でも、そのおかげで涙の気配はすっかり引っ込んだ。


(つまらないことで――いちいち、へこたれてる場合じゃ、無い)


 今の私が置かれている状況は絶体絶命だ。

 ……何故ならば。



(私、無一文なんだもの!!)



 ……そう。私にはお金がない。

 着の身着のまま出てきてしまったし、頼れる人はもう完全に居なくなったし、他に知り合いらしい知り合いは居ない。


(おそらく、宿に泊まるにもお金が要るんだと思う)


 神殿に置いてある物語には、よく勇者と姫君が街の宿に泊まる場面なんかが描いてあった。

 春先で温かい陽気ではあるが、だからと言って路地裏とかで丸まって眠るとかは……警備兵の多いという王都でも、推奨されない行為だろう。


 そして今夜の宿の他にもうひとつ、私には切実たる悩みがある。

 …………なんてことを考えていたらタイミング悪く、あるいはタイミング良く、きゅるるる、と情けない音が鳴った。


「お腹空いた……」


(朝食のスープ、おかわりすれば良かった……)



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