第18話 「あの人は、そういう人なんです」



 僕ことマドカ・ウィステリアは冒険者ギルド南千住にやってきて、Cランクダンジョン“虚骸の迷宮”踏破を受付嬢のサクラさんに伝えているところだ。

 先に着いていたタカヒトサマはC級コアクリスタルだけを置いて、またもや僕より先にギルドから出て行ってしまった。

 さすがの余裕だ。

 僕もいつかタカヒトサマみたいになれるかな。


「……あ、それじゃあこれ、迷宮内で集めてきた普通のクリスタルです」

「はい。確かにお預かりしました」


 迷宮内にいた比較的弱いモンスターたちから手に入れたクリスタルも僕はしっかりと換金する。

 でもこういうお金ってやっぱり、後でタカヒトサマに渡さないとだよね。

 割り勘でいいのかな?

 さすがにまずいか。

 七対三くらいかな。


「ウィステリア様、このコアクリスタルの提出によって生じるギルドポイントはどうなさいますか? 伺った説明ですと、貴仁様とウィステリア様のお二人での討伐とのことでしたが、貴仁様はもうすでにお帰りになってしまったので、このままだとウィステリア様お一人にしかギルドポイントを記録できません」

「え? そうなんですか?」

「はい。報酬の方でしたら、お客様の方で後ほど取り分けをしていただくことが可能ですが、ギルドポイントに関してはギルド内でしか取り扱うことができないので」

「な、なるほど。うわぁ……どうしよう」


 ギルドポイントを僕だけで独り占め。

 それはどう考えてもよくないことだ。

 特にダンジョンマスター戦に関して言えば、僕は気絶していただけでほとんど何もしていない。

 でもタカヒトサマは先に帰ってしまった。

 これはいったいどういうことだろう。

 まさか。

 僕に全ての手柄を譲るということなのか?

 ダンジョンデビューを果たした僕への、粋なお祝いというやつか?

 僕はタカヒトサマからの無言の優しさを感じ、思わず感涙してしまう。


「あ、あの、ウィステリア様? 大丈夫ですか? 今、何か拭くものを……」

「ぐ、ぐずっ……! す、すいません。なんでもないので、心配要りません。ギルドポイントの方は、僕一人分でよろしくお願いします!」

「そうですか? ……わかりました。それではしばしお待ちを」


 もうこのポイントだけで、最低一年は更新が持つだろう。

 でもいつまでもタカヒトサマに頼ってばかりじゃいけない。

 今度からは僕も一人でダンジョンに潜って、早くタカヒトサマに追いつこう。

 次、二人でダンジョンに潜るときは、僕もあの人の隣りで戦うんだ。


「それにしてもウィステリア様は期待のルーキーですね。まさかいきなりC級ダンジョンを踏破してしまうなんて」

「あ、いや……実は、違うんですよ、サクラさん」

「え? 違うといいますと?」

「たしかC級ダンジョンのモンスターは僕も何体か倒しましたけど、それも全部タカヒトサマの助言のおかげですし、そして本当は虚骸竜スケルトンドラゴンもタカヒトサマが一人で倒したんです」

「それは本当ですか? 貴仁様はウィステリア様が一人で倒したとおっしゃっていましたが?」

「ああ、やっぱりでしたか。たぶん、僕に手柄を譲りたかったんですよ。あの人は、そういう人なんです」


 どうやら案の定、タカヒトサマは自分の功績を何一つ誇らないまま去って行ってしまったようだ。

 サクラさんも桜花のように美しい顔に驚愕を張り付け、言葉を失っている。


「本当に? 本当にウィステリア様が虚骸竜スケルトンドラゴンを倒したのではないのですか!?」

「うぇっ!? ほ、本当ですって!?」


 しかしサクラさんはなぜか全然信じてくれない。

 顔を真っ赤にして僕に詰め寄ってくる。

 少しどぎまぎしてしまう。

 まさかこの人もこんな表情をするなんて驚きだ。

 可憐でどこか儚い雰囲気のサクラさんが、こんなに感情を露わにするなんて。

 やっぱりタカヒトサマと何か……はっ! ま、まさかっ!?


「……そうですか。わかりました。ではギルドポイントの記録が終わりましたので、ギルドカードをお返しします。クリスタルの報酬の方は、ウィステリア様の口座に振り込みでよろしいでしょうか?」

「あ、はい。口座振り込みで大丈夫です。ありがとうございました。それじゃあ、僕はこれで」


 受付嬢のサクラさんからギルドカードを返してもらった僕は、そそくさと冒険者ギルド南千住を後にする。

 サクラさんは何か思いつめたような、さらに言えばどこか怒りを我慢しているような表情をしていた。

 これはきっと僕の予想が正しい。


 サクラさんとタカヒトサマは恋人関係か、それに近い関係なんだ。


 だから無茶をしてたった一人でダンジョンマスターに挑んだタカヒトサマに怒っていて、しかも僕に全部の手柄を譲ったタカヒトサマに呆れているというわけだ。



「……あーあ、タカヒトサマあとで絶対怒られるぞ。もしかして急いで帰ったのもそれが理由かな?」



 タカヒトサマとサクラさん。なんとなくお似合いに思えた。

 あのタカヒトサマがあれ程の実力を持ってなお、ギルド南千住なんていう新人冒険者用のマンションに住んでいるのは、これが理由かもしれない。

 いいなぁ、僕も早くあんな可愛くて心優しい彼女が欲しいよ。



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