第19話 「あー、面白れぇな、これ」


 俺の名はサタン。

 今日も元気にダンジョンキーパー活動に勤しんでいる。

 お気に入りの菓子パンを食べながら、週刊少年シャンプーという漫画雑誌を読み漁るといういつも通りの日常を送っていた。

 だが最近は、少しばかり特別なこともあった。

 それはこの俺が、菓子パンと週刊少年シャンプー以外に興味を持つものが増えたということだ。

 数少ない俺の暇潰しの種が増えたことは実に喜ばしい。


「……フジキ・タカヒトか」


 俺の新しい暇潰しの種となったのは、ある一人の新人冒険者だ。

 魔王とも呼ばれ、人間とは隔絶した力を持つこの俺のことをナチュラルに見下した男。

 ただの自信過剰野郎かとも思ったが、こいつはC級ダンジョンに潜り込み無傷で帰ってきた。

 しかもダンジョンマスターを倒した証拠に、コアクリスタルを持ちながらだ。

 まさに期待の大型ルーキーだ。 


「……あー、面白れぇな、あいつ」


 大型ルーキーって奴は嫌いじゃない。

 週刊少年シャンプーを愛読している俺はこういったまだ見ぬ原石に目を付けて、それが世に出た時に、あーそれ有名になる前から知ってたわ、と言うのが好きだった。

 早く誰かに自慢してぇな。

 こんな奴見つけたぞって自慢してぇ。


「チンッ」


 するとその時、人間がつくったエレベーターとかいう乗り物から見知った顔が一人やってきた。

 満面の笑みで俺の方に近づいてくるそいつを眺めながら、あーちょうどいいタイミングだなと思う。



「ヤッホー兄さん! 暇だから遊びに来たっテンガ!」

「……よお、相変わらず声がデケェな」



 腰にまで届きそうな黒髪を伸ばすそいつの名はハデス。

 俺の妹だ。

 毎度のように意味のわからない挨拶をして、全く無意味に俺の両頬を摘まむ。


「ねぇ! 兄さん! 私今超暇! なんか面白いことない!? ちなオ〇ニー以外で!」

「……引くほど下品だなお前は本当に。あんまり喋らん方がいいぞ」


 こんなんだからこいつは婚期が贈れるんだろうな。

 俺は顔もスタイルも悪くないのに、異界で中々伴侶探しが上手くいっていない妹の将来を憂う。


「まーた兄さんこのクソガキ向けカス漫画雑誌読んでる! 早く兄さんも青年誌に移行しようよ! 兄さんみたいな人のことロウガイっていうんだよ! やーいロウガイ!」

「……おい、返せって」


 ハデスは俺から週刊少年シャンプーを奪い、好き放題言いやがる。

 たしかにこの漫画雑誌の対象は人間の十代だが、そんなものは建前だろう。

 いい歳こいたオッサンや、何千年も生きた魔王が呼んでも問題はないはずだ。

 俺にもこれを読む権利はあるし、連載されてる漫画にアンケート投票をするのも許されている。


「こんなの読んで何が面白いの? オッパイには不自然に乳首ないし、行為の描写もないし、マジつまんない! ラブコメやファンタジー作品で妊娠の一つもしないとか変でしょ!」

「……変なのはお前の面白いの基準だ」

「ただし! DoLOVEるだけは許す! あれは下手な青年誌よりエロい!」

「……あー、それもうないぞ」

「はあ!? なにそれマジファック! マジファッキンガッデム宮殿なんですけど!」


 本当にこいつの頭はエロでいっぱいだな。

 このエネルギーを他のものに使えばいいのに。


「ノーエロスノーライフ! そんな簡単なことも理解できないなんて、本当隼英社にはガッカリだよ!」

「……そういえばお前って、まだ処じ――」

「あー! 兄さんセクハラだよー! それ以上はセクシャルハラスメントですぅー! 本当に怒るよー! それ以上を口にしたら時空魔法でどっかのオッサンの男根兄さんの口の中に転移させるからねぇー!?」

「……すまん」


 ふと気になったことを尋ねようとするが、それは凄まじい勢いで遮られる。

 それにしてもなんとも怖ろしい事を口にする妹だ。

 魔王の妹なだけはある。


「それで!? なんか面白いことないの兄さん!?」

「……あー、そうだな。この前、面白い人間を見つけたぞ」

「人間? わ! めっずらしい! 兄さんが菓子パンと漫画以外に興味持つなんて!」


 そしてやっと俺の先見の明を自慢する機会がやってきた。

 これで証人確保だ。


「……そいつは手ぶらでC級ダンジョンにやってきた新人冒険者なんだが、俺の事を心の底から舐めてた。そんでもって、実際に初めてのダンジョントライアルでコアクリスタルを手に入れて帰ってきたよ」

「へぇ! やるじゃん! でも、そいつただ人間にしては強くて調子乗ってるだけじゃないの!?」

「……いや、俺の感覚だと、あいつは人間の中でも底辺級にザコだった。それにも関わらず、圧倒的な自信とそれなりの結果を残したんだよ」

「マジで!? それって兄さんでも力を計り切れなかったってこと! へぇ! 面白い! ポコチンでかそう!」


 案の定ハデスも俺の話に興味を持ったようだ。

 なんだかんだ俺たち兄妹は趣味が似ているからな。

 まあ最後のナントカがでかそうとかいうのはよくわからないが。


「そいつの名前は!?」

「……フジキ・タカヒト」

「おー! 名前は特に面白くないね! でもいいじゃん! 私、しばらくはそいつの追っかけやろっかな! うん! やろう! そうする! ありがとね兄さん!」

「……あー、おう。それじゃ――」


 と思ったら瞬間、ハデスはもうすでに姿を消していた。

 突然やってきたと思ったら、またいきなりいなくなる奴だ。

 静けさの戻った空間で、俺は漫画に視線を落とす。

 名前だけ知って、顔もわからないくせにどうやって追っかけをするのか気になったが、すぐにそれもどうでもよくなる。


「……今度のラブコメ枠はこれかぁ。偽装恋愛モノね……設定的にあんまり長くは続けらなさそうだが、結構隠れた名作って感じで数巻は続きそうだな」


 今週から始まった新連載は、王道恋愛青春モノのようだ。

 絵は悪くないし、作者名を見れば、前回そこそこ面白かったのに運悪く打ち切りになってしまった奴だった。


 

「……あー、面白れぇな、これ」



 読んでみればやはり面白い。

 これは名作になるな。見る目のある俺はそう確信した。

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