第16話 「わ、わかったよ! 殴ればいいんだろ殴れば!? 絶対やり返すなよ! 絶対だからな!」




 これはマジでヤベェ。

 俺は目の前で元の原型をとどめないレベルでぐちゃぐちゃになった恐竜の骨格標本を見つめながら、さすがにマズイことになったこと自覚していた。

 たしかに狂人マドカにすべての責任があることが間違いないが、この世界は俺に比べてガチでビビる次元で頭が悪く程度が低い。

 連帯責任。

 そんな知能が残念すぎる奴がつくったとしか思えない単語がある限り、火の粉が俺にかかってくる可能性がゼロというわけにもいかない。

 クソウゼェことになったぞ。

 今のうちにダッシュで逃げるか? 


「……っておいおい、マジかよ。こいついつの間に……」


 全力逃走をしようとマドカの方を見てみると、そこにいたのは俺の想像を遥かに超えた奇人だった。

 つかヤベェ。

 ガチで関わっちゃいけねぇ奴だコレ。


「なんで全裸になってんだこいつ」


 なぜかそこでは全身真っ裸になって床に寝そべるマドカの姿があった。

 キモ。

 てかキモイ通り越して怖いんですけど。

 生意気にも皮を取っ払った変態の証を惜しげもなくぶら下げて、白目を剥いて仰向けに倒れこんでいる。

 え。

 なにこれ。

 寒気がしてきた。

 こんなのが俺の同居人?

 嘘だろマジかよ勘弁してくれよ。

 禁断症状出ちゃってるじゃねぇか。


「……タカヒトサマぁ」

「ひぃっ!?」


 変態が寝言のようにむにゃむにゃと喚いている。

 一瞬俺の名前を口したような気がするが、きっと気のせいだ。

 そうに違いない。

 このどう考えても頭がオカC奴が俺の知り合いのわけがねぇ。

 さっさと帰ろう。

 俺は何も見なかった。

 何も知らないんだから。


「……ん?」


 そそくさと広間の奥にある非常出口っぽいところに行こうとするが、そのとき俺の高機能物欲センサーがあるものを察知した。

 損害賠償間違いなしの大崩壊を起こした骨格標本のなれの果て。

 その中心部で美しく輝く一つの物体。


 ダイヤモンド。


 マジかよ半端ねぇ。

 アレ絶対ダイヤだろ? 

 ヤバくね?

 なんでこんなところに?


「……」


 俺はとりあえずそれを拾っておく。

 まあこれの所有権が誰にあるかとか、そういうのはどうでもいいだろう。

 落ちてるものは拾う。

 そんなことは心優しき大和の民ならば当然のことだ。

 光り輝く金になるものは誰のものであろうと質屋に売り飛ばす。

 そんなことは几帳面な大日本の男なら当たり前のことだ。



「うわぁっ!? し、死ぬ死ぬ死ぬうわぁっ!?!? ……ってあれ? 僕、生きてる?」



 突然背後から奇妙な叫び声が聞こえ、俺は思わず飛び上がりそうになる。

 こんな奇妙奇天烈イカレタことをする奴は一人しかいない。

 振り返ってみれば、やっぱり残念ながらあの変態が目を覚ましてしまったようだ。

 あんな危険人物、一生目を覚まさない方が世のためなのによ。


「あれ? 虚骸竜スケルトンドラゴンが倒されてる? ……まさか、タカヒトサマさんがやったんですか!?」

「ふざけんなよお前? これやったのお前だからね? 全部。百パーセントお前の責任だからね?」

「僕が? ……またまたタカヒトサマさんは。僕にそんなことできるわけないじゃないですか」

「お前……」


 おい。

 こいつマジか。

 全力で俺に責任をなすりつけようとしてきやがる。

 なんて性格の腐った野郎だ。

 ニコニコと狂気に満ちた笑みで俺を見つめる奴はいまだ全裸だ。

 その全裸で笑顔で責任転嫁を行うガチサイコ感がマジ半端ない。


「いいか? 落ち着いて、冷静に俺の話を聞くんだぞ? マドカ君、これは、君が、ハルバードを投げて、壊した。俺は、一切、合切、微塵も、関与してない。おわかり? どぅーゆぅーあんだすたん?」

「……はっ! まさか僕にすべての手柄を譲ろうとしているんですか!? だ、だめですよ! 虚偽の報告は重大なルール違反です! ダンジョンマスターを倒したのはタカヒトサマさんです! 真実を伝えないと!」

「んー君はいったい何を言ってるのかな?」


 だめだこいつ早くなんとかしないと。

 全然話が通じてない。

 意味不明なマイルールを全力で押し付けてくる。

 何が真実を伝えないとだ。

 ありのままを晒してるのはてめぇの下半身だけだろうが。


「……でも、タカヒトサマさんの気持ちは嬉しいです。僕のことをそこまで考えていてくれたなんて。……ごめんなさい! タカヒトサマさん! 僕を殴ってください! 僕はさっきタカヒトサマさんを大嘘つきのクソタカヒトサマだと思いました! きっとさっきのブレスも少し痛かったですけど、あれで幻影火焔ミラージュブレスだったんですね!? 本物だったら僕は死んでるはずですから!」

「お、おう。まったくよくわからんが、お前が俺のことを舐めくさってることだけは理解したよ」


 まさかのクソ呼ばわり。

 その部分だけ正確に聞き取った俺は、このイカレポンチンポとの会話を諦める。

 もうだめだ。

 逃げるしかねぇ。


「さあ! 早く僕を殴ってください!」

「いや殴らないからね? 全然意味わからないから」

「だめです! 殴ってください! そうじゃないと僕の気が収まりません!」


 頭の壊れたショタが俺に殴れと迫ってくる。

 しかもただの頭の壊れたショタじゃない。

 全裸で頭の壊れたショタだ。

 これはいよいよ追い詰められてきた。

 俺の方まで気が狂いそうだ。


「さあ早く!」

「わ、わかったよ! 殴ればいいんだろ殴れば!? 絶対やり返すなよ! 絶対だからな!」

「はい! もちろんです!」

「おらぁ!」


 仕方がないので俺は迫りくる属性盛りすぎな変態をぶん殴る。

 

「って痛ぇ!?」

「……ふざけないでください。なんですかそのヘッポコパンチは!? もっと本気で殴ってくださいよ!」


 なにこいつ超かてぇんだけど。

 ガチ目にぶん殴ってみたが、まるで鋼鉄を殴ったような感触。

 むしろ俺の方がダメージでかい。

 マジ帰りてぇ。 


「ほら! もう一度!」

「クソがぁ食らいやがれ! やっぱ痛ぇっ!?」

「タカヒトサマぁ! ちゃんと僕を殴ってください!」


 何かの間違いかと思いもう一度殴ってみるが、やっぱかたい。

 ありえないくらいかたい。

 なにこれ?

 新手の拷問?


「ほら! タカヒトサマ! もっと! もっと本気で僕を殴ってください!」


 もうやだ本当に勘弁してくれ。

 お願いだから誰かこの自分を殴れと連呼する全裸の変態鋼鉄気狂いショタどうにかしてください。

  


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