第15話 「あ、僕これ死んだ」
僕ことマドカ・ウィステリアは、初めて出会うダンジョンマスター級モンスターの迫力に完全に圧倒されていた。
体長数十メートルの凄まじい巨躯に、ギョロリと僕を覗き込むように見つめる真っ暗な眼空。
無理だこれ。
こんなの人間が勝てるわけないよ。
僕はいつ失禁してもおかしくない状態だった。
「やべぇ、こいつ動いてんじゃん。ウケる」
そんな僕が恐怖に身動きを取れなくしている中、タカヒトサマは一切の躊躇いもなく、すたすたと“虚骸竜スケルトンドラゴン”の方へ近寄っていく。
なんて人だ。
こんな怪物を目の前にしてもなお、この人は気おくれ一つしないというのか。
もはや僕なんかとはレベルが違い過ぎる。
きっと今回の戦いに僕の出番はないだろう。
「ヴオオオッッッ!!!!!」
「タカヒトサマぁっ!? ま、まずいですっ! ブレスが来ますよぉっ!?
するとその時、虚骸竜スケルトンドラゴンが不穏な予備動作をするのがわかった。
間違いない。
あれは一息で骨まで溶かしてしまうという凶悪な攻撃、ブレスだ。
この怪物は少しばかり有名で、ある程度は実家の祖父から話を聞いている。
『フォッフォッフォッ! 虚骸竜スケルトンドラゴンはのう! 主にブレスと強靭な骨の身体を駆使した打撃攻撃を使って襲い掛かってくるのじゃ! マドカ! ブレスだけは直接受けてはならんぞ! 普通の人間なら一撃でお陀仏じゃ! まあもっとも我が一族最強の才を誇るマドカは例外かもしれんがのう!』
基本的に僕の両親や祖父母は超絶親馬鹿なので、僕に対する過大評価がとんでもないことになっている。
だけどそんな僕の家族がブレスは食らうなと言っていたんだ。
さすがに底辺とは一線を画すタカヒトサマでも、直撃はまずいはず。
「ったく本当にお前はうるせぇな。餓鬼じゃあるめぇし、恐竜の骨格標本くらいで興奮してんじゃねぇよ。むしろ俺という存在に感銘を受けろ」
しかしなんとタカヒトサマはあろうことか、僕の忠告を無視してそのままスケルトンドラゴンの方へ近づいていく。
ダンジョンマスターの座に就く凶悪なモンスターを骨格標本扱いしてる。
まさか油断しているのか?
タカヒトサマほどの人が、そんな間抜けなことをするわけがないと思うけど、でもあの人結構自信家な雰囲気あるし……、
「タカヒトサマ危ない!」
「あん?」
そしてとうとう青い炎のブレスが放出され、タカヒトサマはまともにそれを喰らってしまう。
なんてこった。
あの人まるで避けようとしなかったぞ!?
ちょっと大丈夫なのこれ!?
これさすがにタカヒトサマ死んだんじゃない!?
ここであの人が死んだらそれイコール僕の死なんだけど!?
「んだよこのクソ恐竜。どうでもいいところに金使いやがって。おしおきだ」
「えぇ!? うそっ!? なんでタカヒトサマさん無事なんですか?」
しかしなんということだろう。
タカヒトサマはまるでノーダメージで、煩わしそうに目元を擦るだけだ。
ガードすらしていなかったはずなのに、なぜブレスを喰らって無傷で済んでるんだ?
もしかして化け物染みた肉体の強さ?
いや、さすがにスケルトンドラゴンのブレスをまともに受けて掠り傷すらないって人間やめてるぞ。
「はっ! まさか! 今のは虚骸竜スケルトンドラゴンの
でも僕はその理由がすぐにわかった。
タカヒトサマは最初からわかっていたんだ。
あのブレスが本物ではないと。
『フォッフォッフォッ! マドカよくきくのじゃ! 虚骸竜スケルトンドラゴンはのう!
そうだ。
さっきのブレスはフェイント。
タカヒトサマはそのことを常人離れした観察眼で見抜き、一気に懐に潜り込む好機と判断したに違いない。
なんて凄い人だ。
本当に格が違う。
いけ!
タカヒトサマ!
そのままダンジョンマスターをやっつけちゃってください!
「……き、き、キモイキモイキモイイイイっっっ!!!!??? おいマドカ早くこっち来てコレなんとかしろおおお!?!?」
「うへぇ!? ぼ、僕ですかぁっ!?」
しかしなぜかタカヒトサマは虚骸竜スケルトンドラゴンの目をいきなり潰したかと思うとしゃがみ込み、何の役にも立たない僕のことを呼び出す。
いったいどうしたというんだろう。
僕に何をしろと?
「ヴオオオッッッ!!!」
「ち、近づけませんよタカヒトサマぁ!?」
「うるせぇ早く来いっってんだよ!」
片方の目を潰された痛みと怒りで、虚骸竜スケルトンドラゴンは大暴れしている。
至近距離にいるタカヒトサマは身体を屈め、なんとか振り回される強靭な尾をやり過ごしているが、少し離れた場所にいる僕があの状態にまで持ち込むの不可能だ。
辿り着く前にペチャンコにされる。
そんなことタカヒトサマもわかっているはずなのに、なんで僕のことを呼ぶんだ?
イジメか?
イジメなのか?
「ヴオオオ!」
「うわぁ!? またブレスですよタカヒトサマ!」
「だからごちゃごちゃ言ってねぇで早く来いってんだよ。クソ恐竜の骨にビビってんじゃねぇ! 全部ただの映像だっつんだよ!」
再びブレスの予備動作。
だけどタカヒトサマはこれもフェイント、幻影火焔だという。
ならこれが僕もあの怪物の近くに潜り込むチャンスだ。
めちゃくちゃ行きたくないけど、仕方ない。
敬愛する冒険者の大先輩が呼んでるんだから、僕はそれに応えないと。
本当に本気で死ぬほど行きたくないけど、これはもう選択の余地はないんだ。
まあ実際のところはこんなに行きたくない場所はこれまでの人生で一度もなかったんだけど、覚悟を決めよう。
「本当ですか!? 信じますよ!」
僕は振動のし過ぎで液状化してしまいそうな足を必死で動かし、透き通るように青い炎の波に自ら突っ込んでいく。
ああ怖い怖い怖い。
怖すぎる。
でも大丈夫だ。
これは偽物。
ただの幻覚だ。
何も怖れることはない――、
「――って熱いぃぃっっっ!?!?!?」
うそでしょ全身炙られるような感覚するんですけどめちゃ熱いんですけどこれ完全完璧本物のブレスなんですけどぉぉぉっっっ!?!?
僕は想定外の痛みにハルバードを派手にぶん投げてしまう。
それはブレスの向こう側に飛んでいった。
もう拾うことはできないかもしれない。
でもきっとそれは僕には関係のないことだ。
「あ、僕これ死んだ」
なぜなら僕はブレスをまともにくらってしまったからだ。
それは当然死ぬということ。
あまりのショックに意識が遠くなり、そのおかげで痛みも段々なくなっていく。
……あのクソタカヒトサマの野郎。絶対恨んで化けて出てやる。
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