第12話 「やっぱりタカヒトサマさんに会えて本当に良かったです!」



 僕の名前はマドカ・ウィステリア。

 世界有数の冒険者都市桃郷にやってきた僕は、今人生初めてのダンジョントライアルに挑戦している。

 その挑んでいるダンジョンの名はCランクダンジョン“虚骸の迷宮”だ。


 わかってる。

 わかってるから、僕にそんな残念な子を見るような憐みの目を向けないでくれ。


 ついさっき冒険者になったばかりの僕がいきなりCランクダンジョンに挑むなんて、愚かを越えて自殺行為としか思えない。

 だから当然こんな馬鹿げた行為をしているのは僕の意志じゃない。

 この胃がストレスで捻じ切れそうな状況になってしまった全ての原因は、僕の隣りを迷いなくズンズンと歩いて行く一人の男にあった。


「つか暗くね? 馬鹿じゃね? ほとんどなんも見えねぇんだけど」


 そう、この僕の隣りで軽快にジョークを飛ばす黒髪の男こそが問題の人物だった。

 彼の名はタカヒトサマ。

 無名だが凄腕の冒険者だ。

 でも少しばかり、他人、というより自分より実力が下の者に対しての配慮が欠ける人だった。

 僕が彼にダンジョントライアルを頼むと、なぜかいきなりここに連れてこられた。

 

 正直言って頭がおかしいか、僕を死なせたいかのどちらかだと思う。


 蝋燭台の炎に揺らめく入り口を抜けると、そこは中々見通しの悪い薄暗がりで、道が幾重にも入り組んでいるまさに迷宮。

 そこを流石というべきかタカヒトサマは躊躇なく進んでいく。

 しかもこの人は武器も持たず、僕のようにモンスターにいちいち怯えることもない。

 たしかにCランクダンジョンなんて気にしないほどの実力があるんだろう。

 だけどそれはあくまで彼だけの話であって、僕は違う。

 Eランクダンジョンですら手に余る僕がこんなところに来て、生きて帰れるとは到底思えなかった。


「……はぁ」

「急に溜め息を吐いてどうしました?」


 これまで一応僕の緊張を解くためか、恋人がどうのこうのと、ダンジョントライアルには相応しくない軽口をしていたタカヒトサマが突然息を吐く。

 僕はその理由がわからず、顔を覗き込んでみると、そこにははっきりとした落胆の色が浮かんでいた。

 いったいどうしたのだろう。

 

「わからない? わからない、か」

「え?」


 すると今度はそんな僕に対してもがっかりした声を出す。

 その時、嫌な予感と共に、明確な気配を通路の先から感じた。

 

「……はっ! まさか!?」


 案の定だ。

 嫌な予感は的中し、闇の奥で鈍色の鎧を着こんだゴブリンが真っ赤に充血した瞳を光らせていた。

 生まれて初めてのモンスターエンカウント。

 しかも三体もいる。

 身体が震え、恐慌状態の僕は縋るようにタカヒトサマの背後に回る。

 きっと僕に対してがっかりした声を向けたのは、このモンスターたちの気配に気づけなかったからだろう。

 でもそれはさすがに期待のし過ぎだ。

 新人冒険者の僕にそこまで求められても困る。


「すまん。なんか俺やる気なくしたから帰るわ」

「ちょっ!?」

「あとはお前一人でやっといて」


 だがここでタカヒトサマはとんでもないことを言い出す。

 そしてあろうことかモンスターに無防備な背中を向けて、元来た道を引き返し始めた。

 

 いったい何を考えているのか。

 わざわざ僕をモンスターの餌にするためにここまで来たというのか。

 

 鎧ゴブリンたちは危険な涎を垂れ流しながら、自慢の爪と牙を尖らせている。

 この鎧ゴブリンは動きが素早く、斬撃系の攻撃に耐性を持つという、ハルバード使いの僕にとってすこぶる相性が悪い相手だ。

 このままだとまず何の抵抗もできずに嬲り殺しにされてしまう。

 僕は涙やら何かのの汁やらで顔をぐしょぐしょにしながらタカヒトサマにしがみついた。


「無理無理無理無理です!」

「おい。しがみつくなよ。ハルバードじゃどうせ当たんねぇから、とりあえず踏み潰せ」

「踏み潰す!? 正気ですか!?」

「お前女かよ。キンタマついてんだろ。男見せろ」


 しかしタカヒトサマは心底面倒そうな表情をするだけで、一切僕を守るそぶりは見せてくれない。

 掴んだ腕は無理矢理振りほどかれた。

 なんて人だ。

 酷い人だ。

 人間のクズだ。

 僕を見捨てるつもりなんだ。

 これが冒険者の世界だというのか。

 もしかしたらタカヒトサマはどうせ才能のない僕にさっさと引導を渡すために、わざとCランクダンジョンに連れ来たのかもしれない。

 最悪だ。

 背後から頭をかち割ってやりたい。

 でも僕は弱っちいので無理だ。


「うわぁぁぁ!!! もうやけくそだぁぁぁ!!!」


 ついに襲い掛かってきた鎧ゴブリンを見て、僕は覚悟を決めた、というよりは半狂乱状態で突っ込んでいった。

 この期に及んで、タカヒトサマはまだ背中を向けたままだ。

 よほどの自信があるらしい。

 それか本気で僕一人でこいつらに勝てると思っているかだ。

 まあそれはないか。


「ギョガガッ!」

「お願いします死んで滅んで再起不能になってくださいっ!」


 不細工な奇声をあげる三体の鎧ゴブリンに向かって僕は駆ける。

 反射的に背中のハルバードを抜こうとするが、そこで脳裏にある言葉が電撃のように走った。


『ハルバードじゃどうせ当たんねぇから、とりあえず踏み潰せ』


 どうせ死ぬなら、僕の実力のせいではなく、タカヒトサマのアドバイスのせいにしよう。

 そんな鬱屈した考えと共に、僕はハルバードを抜く手を引っ込め、鎧ゴブリンの懐に飛び込み踵落としを繰り出す。

 僕なんかの蹴りでCランクダンジョンのモンスターを倒せるとは思えないけど、仕方ない。


「――ギョエッ」


 だが僕の予想とは裏腹に、僕の渾身の踵落としは見事に鎧ゴブリンの脳天を破壊し、一撃でこの醜いモンスターを屠ってみせた。

  

 え? 嘘でしょ?


 何かの間違いかと思って、降りかかる攻撃を小刻みなステップで躱すと、残りの二体にも同じように踵落としをお見舞いする。

 すると結果もまた同様で、あっという間に鎧ゴブリン三体は全て頭部を潰され息絶えてしまった。


「……あれ? 勝てた?」


 僕は信じられない気持ちで、鎧ゴブリンの死骸を見つめる。

 たった一人でモンスターを倒せてしまった。

 しかもわりと余裕で。

 これが実家のグンマァーで鍛えたおかげか、それともハルバードではなく打撃攻撃で攻めろといったタカヒトサマのアドバイスのおかげか、そのどちらのおかげなのかを考えると答えは明白だ。


 凄い!

 タカヒトサマの言う通りにしたら本当に勝てた!


 きっとあの人は最初から僕の実力を正確に見抜いていて、このランクのダンジョンでも適切に対処すればモンスターに勝てると初めからわかっていて僕をここに連れてきたに違いない。

 なんてこった。

 僕は彼を勘違いしていた。

 てっきりどうしようもない人間のクズかと思っていたけど、それは間違いだった。

 

「タカヒトサマ! 勝てました! 僕一人で勝てました! ありがとうございます!」

「お、おう。それはよかったな。……あ、ごめん、それ以上近づかないでくんね?」


 僕は嬉しさのあまりタカヒトサマに抱き付こうとするが、彼はそれを身をよじって拒否した。

 モンスターのこともあえて僕に気づかせるよう仕向けたし、けっこう多くを語らない照れ屋な人なのかもしれない。

 これほど凄い人でも、けっこう可愛いところがあるんだと分かり面白かった。 


「僕、やっぱりタカヒトサマさんに会えて本当に良かったです!」

「なんかすっげぇハイだなお前。虫の二、三匹殺したくらいで浮かれすぎだろ」


 タカヒトサマはあの鎧ゴブリンを虫扱いだ。

 さすがとしか言いようがない。

 ついさっき落胆した溜め息を吐いていたのは、あまりに弱いモンスターが出てきたのが理由だったのかもしれない。

 なんて人だ。

 やっぱり冒険者って凄い。


「行くぞ」

「はい!」


 そしてタカヒトサマは退屈そうな顔でまた道を進んでいく。

 鎧ゴブリンが落としたクリスタルには目も当てない。

 あの程度のクリスタルなら僕にくれるということだろう。

 流石だ。

 僕はタカヒトサマの粋な初陣祝いだと思い、ありがたく全部頂いておいた。


「あれ?」


 しかしさっきまで帰ると言っていたタカヒトサマは、これまで来た道とは違う方向へ進んでいく。

 その道についていくと、どこかこれまでと雰囲気が違うような気がした。


 ああ、わかった。

 きっとここはボス部屋に続く道だ。


 やる気をなくしたので帰るといいながら、ダンジョンの主に会いに行くタカヒトサマは最高にクールだと思った。



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