第10話 「あー、こりゃ十週打ち切りだな」

 



 俺の名はサタン。

 近頃は人間どもに“門番ゲートキーパー”なんて呼ばれ方をしているが、昔は死神や魔王なんて風に呼ばれていた時代もあった。

 そんな俺は今日も異界であるダンジョンとこの世界との境目を見張っている。

 退屈な仕事だが、この世界の主な住人である人間は基本的にどうしようもなく弱っちい生き物なので仕方がない。

 今から数百年前になぜかダンジョンに繋がる地点が世界中に出現してからというものの、俺はこうやって分一日中問題が起きないか見張っているというわけだ。

 たまに馬鹿みたいに強い怪物(あくまで人間基準だが)がダンジョンから人間の世界に迷い込もうとする場合があって、そういう時には俺が対処するってわけだ。

 かなり退屈な仕事だが、人間は俺にとって消えては困る存在なので本気で仕方がない。


「……あー、うまいな」


 人間を生かしておく理由は二つある。

 まず一つ目はこれ、“菓子パン”と呼ばれるこのアホみたいに美味な食べ物だ。

 毎月のように新たなバリエーションを生み出すこの魔法の食べ物は、いくら食べても飽きが来ない。 

 というよりは飽きが来る頃には新しい菓子パンが発明されているので、問題がないというわけだ。

 あー、菓子パンうめぇ。

 これだから人間には絶滅してもらっちゃ困る。


「……あー、面白れぇなこれ」


 そしてもう一つの理由は“漫画”とかいうバカみたいに面白い読み物だ。

 これまた多種多様な漫画がこの人間界には溢れていて、読んでも読んでも読み終わらない。

 特にお気に入りなのが今丁度読んでるこの週刊少年シャンプーとかいう漫画雑誌だ。

 連載されている漫画の新陳代謝が異様に高く、いつ漫画が打ち切られるかというスリルも楽しめる。

 これは伸びるな、と自分で思った漫画が長期間連載になるとまるで自分が育て上げたかのような気分になって愉快だった。

 あー、今回の新連載は当たりだな。

 主人公とヒロインが手を離せないとか斬新過ぎんだろ。

 これは看板漫画になるぞ。



「チンッ」



 すると俺がいつもように人間の娯楽にうつつを抜かしていると、浮浪者みたいな面をした男と気弱な少年の二人組がやってきた。

 この世界には冒険者とかいうダンジョン探索を仕事にする輩がいる。

 こいつら冒険者はだいたい、人間の中では逸脱した力を持った超人か、頭の悪いボンクラのどちらかだった。

 菓子パンと漫画の無料提供を条件に俺は門番をやっている。

 いつも通り仕事をこなすことにするとしよう。


「……あーい、いらしゃいませぇ……ご用件は何でしょーか、と」

「あの、ダンジョンを探してるんすけど」

「……あー、はいはい。ギルドカードをお願いしまーす、と」


 軽薄そうな男の方がまずは話しかけてきた。

 だが口調は驚くべきことになんと嘲るような気配を漂わせている。

 なんだこいつ。

 俺がサタンという、世界を指二本分くらいで消滅させられる存在だという事実は公式には発表されていなが、冒険者の中では共通認識になっているはずだ。

 それなのにこの舐め切った態度。

 俺の精神は超越しているので怒りは感じないが、純粋に疑問だった。

 これまで俺と対面する人間は誰だって、敬意、または畏怖を示していた。

 中には別の感情を見せる奴もいたが、こいつのように見下しを含んだ無関心を見せる奴は初めてだ。


「す、すいません。こ、ここここれが僕のです。おおおおおおお願いします」

「あー、はい。おっけーでーす、と」


 斧を背中に担いだ少年があからさまに怯えた様子でギルドカードを渡してくる。

 名はマドカ・ウィステリア。

 ヘルドッグの子供のようにプルプルとする彼のような態度は珍しくない。

 もし死者が出た場合にその冒険者の名前を報告する義務がある俺は、名前を記憶するとカードを返した。

 ギルドカードのポイントから察するに彼の方は新人冒険者らしい。

 それにも関わらずこのCランクダンジョンに挑むとは、隣りの男が実力者なのだろうか。


「……あー、もう一人のお兄さんは?」

「……ほらよ」

「あーい、あい、と」


 促せば尊大な態度で男はギルドカードを渡す。

 そして俺は少しばかり驚いた。

 名はフジキ・タカヒト。

 なんとこいつも新人冒険者だ。

 しかもよく見ればこいつは武器すら持ってない。

 馬鹿か? 自殺志願者か?

 俺はこの痩せ型の男が何を考えているのかさっぱりわからなかった。


「あー、認証完了でーす、と。どうぞお入りくださーい、と」


 俺は超越的存在なので、ある程度相手の心を読み取ることができる。

 しかしこのフジキ・タカヒトとかいう男は、心の底から俺を見下し、さらに余裕を持ち、一切自分の命が危機に瀕する怯懦を抱いていない。

 どっからどう見てもタダの雑魚にしか見えないが、この俺ですら計り切れていないというのか?

 とりあえず菓子パンを一口食べる。

 あー、うめぇ。

 特にこの青いホイップクリームがいい。


「ほら、行くぞ」


 そして怯えを深くするマドカ少年を引き攣れ、フジキ・タカヒトはそのままダンジョンの中へと入って行った。

 嘘偽りのない自信。

 見栄ではない明確な余裕。

 このダンジョンからあいつらが生きて帰ってきたら、久しぶりに個人の人間に注目してやってもいいかもしれないな。 

 俺はシャンプーに意識を引き戻した。

 もう一つの新連載に目を向ける。

 内容は、なんだかしらんが身体がゴムになった奴が主人公の海賊冒険ものらしい。


「あー、こりゃ十週打ち切りだな」


 見る目のある俺は、そう確信した。



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