第8話 「マジ調子こいててすいませんでした」

 


「どうでしたタカヒトサマさん? 地図は貰えましたか?」

「ああ、貰ってきたぞ。これでいいんだろ?」

 

 マクナルモドキから出た俺は、外で待たせていたマドカと合流する。

 小柄な体にハルバードが不自然に背負われているが、どうも周囲の誰もこいつに注目する様子も、警察に通報する気配もなかった。

 よくわからんが、俺の知らないうちにハルバードはリュックサックくらいの市民権を得たらしい。

 物騒な世の中だ。

 アメリカの陰謀が聡明な俺には透けて見えるぜ。


「それでどこのダンジョンに行くことにしたんですか?」

「自分で確かめろ。ほらよ」

「……こ、これはっ! タカヒトサマさん! これCランクダンジョンじゃないですかっ!?」

「そこが一番稼げるんだ。なんか文句あんの?」

「い、いや、タカヒトサマさんが大丈夫なのはわかるんですけど、僕はこれちょっとまずいんじゃ……?」

「ゴチャゴチャうるせぇな。お前がダンジョンに行きたいっつったんだろ」


 ダンジョンなる場所までの道筋が記された地図を手渡すと、マドカは顔を見る見るうちに青ざめさせ、歯をガタガタと震わせ始めた。

 なんだこいつ?

 風邪でも引いてんのか?

 まあ俺には風邪薬を買ってやる金銭的余裕なんてないから、治したきゃ自分でどうにかしてくれや。


「ほらさっさと行くぞ。地図返せ」

「はいぃ……」


 ハルバード担いでおいてなに情けねぇ声出してんだこいつは。

 ガチで意味わかんねぇ奴だぜ。

 本当異常者って怖い。

 思考回路マジ意味不だもんな。


「それにしてもあの受付の女の子、完全に俺に惚れてたなぁ……そろそろ下の名前をちゃん付けで呼んでも許されそうだぜ」

「あの、Cランクダンジョンに挑むことをタカヒトサマさんは受付の人に止められなかったんですよね?」

「は? 当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだよ。むしろ最高の笑顔で送り出されたっつーの」

「ではその時、一緒に僕も同行することを伝えましたか? もちろん、伝えてますよね?」

「舐めんな。デートの時間に他の男の名前出す奴がいるかよ」

「うわぁ! やっぱり言ってないんですねぇ! タカヒトサマぁっ! お願いしますよっ!? 僕のこと絶対にお願いしますよぉっ!?」

「ひぃっ!? なんだよいきなり?」


 突然マドカは中性的な顔を涙目にして俺に抱き付いてくる。

 なんだこいつそっち系か?

 背中にハルバード担いだショタホモとか属性盛り過ぎだろ。

 欲張りさんか。


「大丈夫なんですよね! 本当に大丈夫なんですよねぇ!?」

「いやだからなにがだよ」


 あまりに鬼気迫るマドカに、俺は軽く腰が引ける。

 ガチでヤベェ奴だこれ。

 こんな情緒不安定野郎に凶器売りつけた無能店主どこだよ出てこい。


「ま、まあ落ち着けよ。ここは大都会東京だぜ? そんな危ないことにはならねぇって」

「ここが桃郷トウキョウだから怯えてるんじゃないですか! ああ! 僕はタカヒトサマさんとは違うんですよ!」

「お、おう」


 なんかこいつ初対面の時に比べてすげぇ押し強くなってね?

 まだ会ってから数時間だぞ?

 ちょっと待って?

 もう襟掴まれるレベルまで来てるんですけど?



「あん? テメェ? どこ見て歩いてんだよオイっ!」



 その時、ドンッ、という衝撃と共にチンケなモブっぽい声が前方から聞こえた。

 慌てて声がした方向に顔を向けてみれば、龍が如きイカツイ顔をした怖いお兄さんが思いっ切り睨みをきかせていた。

 最悪だよ。 

 ここは南千住だぞ。

 足立区なのは北千住の方だっつの。

 出現ポイント間違えてんじゃねぇ。


「タカヒトサマさん! 貴方が凄い人なのはわかっています! でも僕のことも考えてくださいよ!」

「あ、あのマドカ君? ちょっとその、ほら、あれだよ。今はね? 俺より先に頭を垂れる相手がいるっていうかね?」

「オイっ! 無視してんじゃねぇぞゴラァ!」


 あ、今のでちょっとチビった。

 勘弁してくれよ。

 たしかに俺はマジ神スーパーな逸材だけどこういう荒事は苦手なんだ。

 ほら博愛主義って奴ね。

 ラブアンドピースが座右の銘なわけよ。

 別にビビってるとかそういうんじゃないけど、ある系統の顔で睨まれると尿管が緩くなる体質なんだ。

 そしてそこにいるのがまさにそのタイプの顔ってこと。

 要するになにが言いたいかっていうと、今すぐお家帰りたい。


「ちょっとタカヒトサマさん!? 僕の話聞いてるんですか!?」

「う、うん聞いてる聞いてる。凄い聞いてる。たぶんそっちが思ってる以上に聞いてる。でもどっちかっていうと話を聞いて欲しいのは君の方ね。ほら、視線とか顔とか、そういうのをね、俺じゃなくてね、前に向けて欲しいみたいなね」

「舐めてんじゃねぇぞテメェらっ!」


 ほら、すでに手振りかぶってるし。

 俺は全然舐めてない。

 もうね、こんなに舐めてないの初めて。

 なのにまとめてキレられるというこの事態。

 マジファッキューゴッド。

 今度から賽銭箱には黄ばんだオナティッシュ投げるわ。



「今は僕が話してるんです! 邪魔しないでくださいっ!」

「ぶひぃげぇ!?」



 と思ったら、いきなりマドカが軽く宙に飛び上がり、華麗な回し蹴りを絡んできた男の顔面に叩き込んだ。

 は?

 え?

 なにこれ?

 歯が折れたのか、地面にカルシウムっぽい塊が転がる。

 竜が如きモブは派手に倒れると、そのまま動かなくなった。

 


「それでタカヒトサマさん、ダンジョンの件ですが……」

「マジ調子こいててすいませんでした。もし行き先に要望があるなら今すぐ聞きます」

「え? そんないきなり畏まらないでくださいよ!?」



 あ、またちょっとチビったっぽい。

 最近尿管が本当に緩くて困る。

 きっと歳のせいだな。

 うん。

 そうに違いない。



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