第5話 「はい! 僕もバイトとかそういうのは絶対にしないつもりでここに来ました!」
僕の名前はマドカ・ウィステリア。
世界有数の冒険者都市であるここ“
田舎に住む両親の反対を押し切ってまで僕はここに来たんだ。
必ずビッグになってやるぞ。
「えーと、ここであってるよね……?」
そして今日から僕が住むことになるマンションに着いた僕は、おそるおそる鍵を差し込む。
部屋の番号は649号室。
ここで合ってるはずだ。
「あ、あいた」
実は部屋を間違えていたり、そもそも何かしら契約のミスがあったりと、様々な心配をしていたが、どうもそれは杞憂に終わったみたいだ。
よかった。
これで一安心。
僕は胸をほっと撫で下ろしながら、部屋の中に入る。
「お邪魔します……」
そっと中に入るが、人気はなく僕の言葉に返事は戻ってこなかった。
僕が今日から住むここ、ギルド南千住は、冒険者ギルドが運営するマンションだ。
このマンションは冒険者なら家賃がタダになるということで、冒険者から人気が高いところなんだ。
でもここに住む人の九割九分は一年以内に引っ越しをすることになるともっぱらの噂だ。
理由は簡単。
九割九分の人が途中で冒険者を止めてしまうから。
冒険者という職業は、この世界で最も簡単になれるが、最も金を稼ぐのが難しい職業だといわれている。
基本的に冒険者はダンジョンという場所でクリスタル集めをすることで生活資金を稼ぐのだけど、低級のダンジョンでは一日フルに潜っても百円くらいしか稼げないらしい。
日給百円。
当然これだけでは生きていけない。
なのでほとんどの冒険者はアルバイトなどをしてなんとか食い扶持を繋ぎ、その間に冒険者としての実力を蓄えなければならない。
しかし高ランクのダンジョンはそれこそ人外がウヨウヨしているので、生半可な実力ではクリスタルを集められない。
さらに冒険者として一年経つと、更新料金を求められるのだが、これがまたかなりの金額を要求されるらしい。
冒険者として結果を残していると免除されるので問題はないのだけど、これを払えないとギルドカードを没収され、しかも二度と冒険者にはなれないようブラックリスト入りするとのことなのだ。
なんとも怖ろしい。
僕は本当にこの街に来て正解だったのだろうか。
田舎でそれなりに修行はしたし、貯金は一応ある。
それでもやっぱり、僕の不安は募るばかりだった。
「ん?」
するとリビングでお腹を痛くしていた僕に、玄関口から何かしらの音が聞こえてきた。
ガチャリと続いて聞こえる鍵の開く音。
そういえば事前にこの部屋はルームシェアだと言われていた。
きっと僕の同居人がやってきたのだ。
「……は?」
「……あ、ど、どうもこんにちは」
そしてすぐに、廊下から男が顔を出し唖然とした表情をする。
この人が僕の同居人か。
黒い髪に黒い瞳で背丈は中ぐらい。
どこか影のある雰囲気のその男は、僕のことを聞かされていないのか、疑うような視線を向けている。
「誰だお前」
「え? あ、ぼ、僕はマドカっていいます」
「マドカ?」
「は、はい」
男は僕の名前を訊ねてくる。
やっぱり僕のことを知らされていなかったみたいだ。
まず間違いなく彼も冒険者だろう。
仲良くなれるといいけど。
「え、えーと、今日からよろしくお願いします」
「は? なにが?」
「へ? あの、だから、僕も、今日からここに住まわせていただくので……」
「は? お前もここに住むの?」
「えと、はい、そうです」
僕がそう言うと男は心底意外そうな顔をする。
そんなに僕は冒険者っぽく見えないのだろうか。
なんとなく自分が情けない気持ちになった。
「……お前もさあ、空気読めよ。何しにここに来たの? 本気でここに住む気?」
「え?」
なぜか男はいきなり不機嫌になる。
その目はまるで僕を責めているかのようで、明らかに友好的な態度ではない。
冷や水を浴びせられたような気持ち。
きっとこの人は僕のどこか浮ついた心を見抜いたのだ。
暗に言っているのだ。
僕には無理だと。
大人しく田舎に帰れと。
僕はまだ冒険者としての覚悟が足りていなかったのかもしれない。
「あ、あの、僕も甘い認識だってのはわかってるんですけど、それでも夢を諦め切れなくて……」
「夢ねぇ……」
男は心底見下した表情をする。
夢なんて言葉を使う僕はやっぱり甘いのだろうか。
どんどん僕は落ち込んできた。
「ちなみに、あの、あなたは……」
「タカヒトサマと呼べ」
「す、すいません。その、タカヒトサマさんはここに住んでどれくらいになるんですか?」
「ざっと三年だな」
「三年!?」
僕はそこで驚愕に飛び上がる。
このマンションに三年も住んでられるなんて。
タカヒトサマさんの名前は聞いたことないし、顔も見覚えはないが、かなりの実力者だといえるだろう。
「バイトとかしてるんですか?」
「してないな。今は一切」
「そうなんですかっ!?」
「なんか文句あんの?」
「いえ! ただ、その、凄いなって思って!」
信じられない。
なんとタカヒトサマさんは冒険者として三年も生き残ってるだけじゃなく、バイトまでしていないという。
凄い。
凄すぎる。
このルーキーが多く住むギルド南千住では相当な有望株だ。
冒険者としての仕事だけですでに食べてられるなんて、僕とは次元が違う。
「そ、尊敬します! 僕もタカヒトサマさんみたいになりたいです!」
「は? なに? お前もバイトとかしたくないタイプの人?」
「はい! 僕もバイトとかそういうのは絶対にしないつもりでここに来ました!」
「……マジで?」
「僕は本気です!」
タカヒトサマさんの表情が段々と変わっていく。
正直なところ、僕は最初はバイトとかしないとマズイかなと思っていたけど、やっぱりそういうのが中途半端なんだ。
甘い考えは捨てる。
この人は本気だ。
本気で冒険者として生きる覚悟がこの人にはあるんだ。
僕も彼のようになりたい。
ならなくては。
「……俺はお前を誤解していたようだ。今日からよろしくな、マドカ」
「はい! よろしくお願いしますタカヒトサマさん!」
本気の思いが伝わったのか、タカヒトサマさんは僕を認めてくれたようだ。
なんだか嬉しい。
そして彼は渋い笑みを浮かべがら、奥の部屋と消えていった。
「僕は幸運だ」
同居人がこれほど頼りになる人だなんて、僕はとても恵まれている。
よし。
僕も頑張るぞ。
必ずビッグな冒険者になってやる。
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