第2話 「はい、俺は冒険者になります」



「んだよ……今日はやけに外国人が多いな? 今年はオリンピックでもあったか?」


 どっかにドカンと三億くらい落ちていないかと街を徘徊していると、俺は何やら周囲の様子がいつも違うことに気づいた。

 バス停で無味乾燥な顔を浮かべるサラリーマン。

 スマホをポチポチと必死で打ち込むOLだか女子大生だか判別不能のメス。

 ドヤ顔で安っぽいロードバイクに乗ってるクソガキ。

 一見普段と何も変わらないように思える。

 しかし、明らかにおかしな点がある。


 それは人種だ。


 頭の悪そうなブロンド頭に、瞳の色は緑だの青だのやりたい放題。

 鼻筋が無駄に高く、農耕民族とは思えない彫りの深い顔立ち。

 

 なんだこいつら。


 まるで知らない世界に迷い込んでしまったかのような居心地の悪さを感じながら、俺はそそくさと道を急ぐ。

 俺が俗世から離れ高尚な精神世界に旅立っている間に、ずいぶんと我が母国は落ちぶれてしまったらしい。

 ある一つの国家の凋落を嘆きながら、俺はどうしようもない社会に溜め息を吹きかけた。



「ねぇ、今朝のニュース見た? ジョゴルビッチ全ベイオープン優勝だって」


「本当に? 凄い。これで四大大会何勝目よ。今年こそグランドスラムしちゃうかもね」


「えー、それはさすがにないでしょ。全フツはナツァルが譲らないって」


 

 やがて信号待ちをしていると、二人の金髪碧眼女の会話が聞こえてくる。

 つかこいつら日本語うめぇな。

 話の内容はさっぱりわからないが、顔つきと身体つきがマジサイコーだったのでガン見をかましている。

 それにしても本当にいいケツしてんなぁ。

 あんな触ってくださいといわんばかりのケツしといて、実際に触ったらタイーホだもんな。

 いやー世知辛いっすねマジで。

 

「……喉渇いたな」


 俺はふいに朝からまだ何も口にしていないことに気づき、腹を鳴らし始める。

 こういう時の選択肢は一択だ。


 マクナル行ってひたすら水を飲む。


 いつものルーティンの一部をこなすべく、あの自己主張の激しいMの字を探す。

 しばたく散髪をしていないせいで亀頭みたいになった髪を掻き毟りながら、俺は辺りを見回した。


 お、あったあった。


 お目当てのファストフード店はすぐに見つかり、俺は大股で足を運んで行った。

 そういえば前に一度ここでバイトしたこともあったっけな。

 たしか女性用の制服が変更になってクソダサくなったのが理由で止めたんだった。

 なぜこの店は余計な変更ばかりするんだろう。

 不思議でしょうがない。



「いらっしゃいませ~!」



 そして俺はなんの躊躇いもなく店の自動ドアをくぐったのだが、店内に足を一歩踏み入れた瞬間思わず動きを止めてしまった。

 前、後ろ、横をゆっくりと見渡す。

 

 ふざけんなよハゲドナルド。


 どうやら俺がちょっと目を離した隙に、またこの店は余計なことをしでかしたらしい。

 もうここに俺の知っている憩いの場は存在していなかったのだ。

 壁の塗装はレトロ感でも出したいのか全面茶色になっていて、この落ち着いた雰囲気が逆に俺をそわそわさせる。

 

 そんでもってなにより腹が立つのは、信じられないほどカウンターが遠いことだ。


 てか遠い。

 マジで遠い。

 むしろ部屋の最奥に店員らしき女性の姿が見える。

 この改装考えた奴ガチで頭がヒャッホイしてるとか考えられない。


 あとなんか知らんがメチャクチャ客層が悪い。


 別にビビってるとかではないが、一切視線を正面以外に向けられないほどガラの悪い奴らがテーブル席に座り談笑してやがる。

 中にはマジもんの鎧を着こんだイッチャゲアスってるヤベェ奴もいる。

 ドコノホーテで買ってきたんだよ。 

 触らぬ神にとりま色々なし。

 俺はあまりの新陳代謝の良さに吹き出してきた額の汗を手で拭きながら、カウンターまで早歩きで向かった。



「ようこそいらっしゃいました。まずはギルドカードをお見せください」



 やっとのことでカウンターに辿り着いたのだが、開口一番女店員はわけのわからない台詞を吐いてきやがる。


 ギルドカード?

 なんだそりゃ?


 まさか最底辺ジャンクフード店の分際で会員制にしたのか?

 正気ではない。

 俺は様々な要因からなる苛立ちをこの末端のバイトであろう女にぶつけようとする――、



「おい、なにがギルド――」



 ――が、そこで女店員の顔を睨みつけたその瞬間、俺は全ての憤怒を忘却の彼方に置き去り、この世には神が本当に存在したことを知る。


 二重でパッチリとした大きな黒目。

 柔らかそうな桃色の唇。

 艶やかな銀色の髪。

 パーツ、配置、輪郭、その全てが調和され完璧に整った顔立ち。


 やばい。

 この店員超可愛い。

 


「どうなさいました?」


「いえ、なんでもありませんよ、お嬢さん」


「そ、そうですか。それではギルドカードをお見せ頂けますか?」


「申し訳ありません。俺はそのギルドカードとやらを持っていないのです」


「ということはギルドカード作成、つまりは冒険者になられるということでよろしいのでしょうか?」


「はい、俺は冒険者になります」



 俺は冒険者になることにした。



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