黄泉の穴

@hayataruu

第一話

まずはともあれ、タツヒコを探すことにした。

私とケンジと、「ウタテ」と名乗った少女と一緒に。



過疎化が進んだ田舎の中学一年生にとって、夏休みというのは少々長く感じる。買い物に出かけるにも大型ショッピングセンターには車で一時間半。スマホは買ってもらえず、パソコンもない。かといって家で何もせずにごろごろしていれば、家の仕事でも手伝えと親からテレビのリモコンを取り上げられる。

勉強するフリにも飽きてきた昼下がり、同じ境遇のケンジとタツヒコに校舎の真裏でばったり会った。

雑木林に面して一日中影になっていて、山の向こうは一面の海。爽やかな潮風も吹いてくるので涼むのにちょうど良い場所なのだ。


「かくれんぼしようぜ」とケンジが言った。


中学一年生というのはつい一年前までばりばりの小学生だったわけで、活力みなぎるサルのような男子二人にとってかくれんぼというのは今最も熱いアクティビティというわけだ。私はあまり乗り気ではなかったのだが、そんなサルの一人であるケンジがいきなり「いーち、にーい」とカウントを始めたので、思わず走り出してしまった。

タツヒコが消えたのはその最中だった。少々意地の悪いケンジが「ろーく、しーち」と言いながら走り出したようで、物陰から覗くと雑木林に分け入るケンジの姿が見えた。雑木林には戦時中につくられたと噂される防空壕ぼうくうごうのような小さな穴があり、タツヒコはそこに隠れたのだとすぐに分かった。


息を呑んで身を潜めていると、知らない子の手を引いたケンジが雑木林から姿を現した。それを見て私は駆け寄った。


「誰、その子?タツヒコは?」

「分かんねー。穴に入ってくのが見えたから覗いてみたら、中にこの子がいた」


前髪を眉の上で切りそろえた真っ黒なストレートボブ。男物か女物かも分からないような赤いはかまを身に着けていた。「こんにちは」と控えめに挨拶をする声は風鈴のような美しさで、それで女の子だと判断することにした。同い年くらいだろうか。中性的で整った顔の少女は、名前を「ウタテ」と名乗った。


不思議な少女だった。

こんな田舎に引っ越してくる酔狂な家族はいないので、半径五キロくらいならすべての子供のフルネームは覚えている。なのにウタテという名前は聞いたことがなかった。彼女は時折「うふふ」と笑う程度で、ほかはほとんど喋らなかった。苗字は何なのか、どこから来たのか、年齢は、家族は。名前以外の質問には無言を貫き、なぜかケンジが「まあ、いいじゃん」と私を制してくるのだった。


私はタツヒコの名を呼んだ。ケンジがウタテに妙に肩入れをしていて居心地が悪かったのだ。

せみの声に耳を澄ますが、私の呼びかけに返事はなかった。


それから雑木林を中心に手分けしてタツヒコを探しているが、彼は一向に見つからない。念のため穴の中も覗いてみたが、大人三人うずくまって入ればもう入口から身体がはみ出てしまうくらいのスペースしかなく、どこかにつながる抜け道があるとも思えない。



随分長いこと探し回ったと思う。物騒な予感が脳裏にちらつき始めた頃、ふと、妙案を思いついた。タツヒコが穴に入った直後、入れ替わりにウタテが現れたということは、同じことを繰り返せばタツヒコが現れるのではないか。

突拍子もない提案にケンジは怪訝けげんな表情を見せていたが、ウタテは拒否するでもなく、私に手を引かれて大人しく穴の中に入った。



「何も起こらないね」


中を覗き込みながら私は言った。穴の中でうずくまったウタテが、真っ黒な瞳をこちらに向けている。

見ていてはいけないのかと目を閉じてみたり、目を離してみたりしてみたが何も変化はなく、最後に試すことにしたのがかくれんぼの再現だった。


「いーち、にーい、さーん」


目を離して、ケンジと一緒に数を数えた。


「しーい、ごーお、ろーく」


そこまで数えた時、背後から「うふふ」と短い笑い声が聞こえた。私はなぜかぞくりとしたものを感じたのだが、ケンジは特段変わった様子はない。


「しーち、はーち、きゅーう、じゅーう」


数え終わるのと同時に、背後から「うおっ」と驚嘆きょうたんするような声が聞こえた。穴の中には尻もちを突いた格好のタツヒコがいた。



「いやー、すさまじかった。まじで。感動したよ」

「だから、何がどう凄まじかったのよ」


タツヒコは興奮していた。目を輝かせながら、身振り手振りを加えながら、必死で興奮を共有しようとしていた。


「つまりな、素晴らしかった、そうだ、素晴らしかったんだよ」


額に汗をにじませながら一生懸命に何かを語ろうとしていたが、形容詞ばかりでまったく何も伝わらない。

タツヒコの興奮は夕暮れ時まで続き、私は困惑しながらもそれに適当に相槌を返していた。そんな二人を他所に、ケンジは穴の方ばかり見て一人そわそわしていた。


「なあ、ウタテどこ行っちゃったんだろう。」

「元いた所に戻ったんじゃない?」

「かくれんぼで瞬間移動したのかな、ウタテ」



翌日の朝、気になった私は学校に来ていた。校舎の裏手に回ると、案の定、ケンジとウタテが楽しそうにお喋りをしている。私は真っ直ぐに二人の方へと歩み寄った。


「タツヒコは?」

「また穴ン中に入ってもらった」

「何してんの!何が起きてるのかも分かんないのに!」

「大丈夫だって。タツヒコ、嬉しそうだったし」

「そんな、でも……」


ケンジと話している最中、ウタテはずっと私の顔を見ていた。ケンジに見せるようなほほ笑みではなく、生気のないマネキンのような表情だった。



もどかしい気持ちで正午を待った。


「ねえ、そろそろお昼だよ。ご飯食べないと」

「いいよ。腹減ってないし」


学校の敷地には町内放送用のスピーカーが一基設置されている。それは校舎の真横にあり、時報のほか、大雨や役場からの連絡などでひとたび鳴り始めれば教室にいても授業の妨げになるほどの騒音だった。


はち切れんばかりの音で、それが鳴った。正午だ。私は耳をふさいだ。


「ほら!タツヒコだってお昼ご飯食べないといけないし!」


大声でわめくと、ケンジは渋々、ウタテの手を引いて立ち上がった。



穴の中にいたタツヒコの様子は、昨日とは明らかに違った。

首をすくめて肩を抱き込んで、歯をガチガチと鳴らし、青ざめたまま目を泳がせる姿。何かにおびえているようだった。


「ど、どうしたの?大丈夫?」


タツヒコの腕にはびっしりと鳥肌が立っている。


「やや、やばい。やばかった、やばかった……」


腰の抜けた様子のタツヒコを穴から出そうと、私は必死に彼の腕を引っ張り続けた。ケンジは手伝う素振りも見せない。

結局、タツヒコはうようにして穴の中から出てきた。体中泥だらけになり、外に出てからも震えが止まらないようだったので、そのまま私は彼を家まで送り届けた。



翌朝。私はまた学校に来ていた。

校舎の陰から覗くと、またケンジとウタテが楽しそうにお喋りをしている。かっとなった私は2人の方に駆け寄った。


「ケンジ!またやったの!?」


私の怒声に反応したのはウタテだった。すうっと首を回し、マネキンのような顔が私を見た。背筋に鳥肌が立つのを覚えた私は、ケンジの肩を揺さぶった。


「ケンジ!」


ケンジはこちらを見ようともせず、ウタテの方に向かって一方的に話をしている。少し聞いただけでも分かる、支離滅裂しりめつれつな内容だった。ウタテが返事をしているかのように、一心不乱に話をしていた。

私は何も言わずにウタテの腕を掴んだ。強引に立たせて、穴の方に向かった。


ウタテを穴の中に押し込んでいると、彼女はまた「うふふ」と短く笑った。


「いーち、にーい、さーん……」


木々の隙間からケンジが見える。さっきと同じで、狂ったようにおしゃべりをしている。私の頭の中で何かの警告音が鳴っていた。


「きゅーう、じゅーう」


後半は早口になりながらもどうにか十まで数えて、すぐに穴の中に飛び込んだ。


「タツヒコ!タツヒコ!」


うつろな目をしていた。顔は青白く、腕は壊れた人形のようにだらりと地面に垂れ下がっている。手首に指を置いた。地面よりも冷たく、本当に人形になってしまったかのようだった。

穴から這い出て、木にすがりつきながらケンジの元へと向かった。


「ケンジ、ケンジ……。タツヒコが、死んでる……」


そう言うとケンジはおしゃべりを止め、首をすうっと回して私を見た。

そして突然――。


「いーち!にーい!さーん!」


心臓が止まるようだった。

私の目をじっと捉えながら、体育の授業でも聞いたことがないような、とてつもなく大きな声で数を数え始めたのだ。


「しーい!ごーお!」


のどはすぐに潰れ、もうしゃがれ声になっている。私はケンジに思い切り平手を食らわせた。するとケンジの声はぴたりと止まり、また私の目をじっと見つめてきた。



私はケンジの手を引き、近くの家に駆け込んだ。事情を説明して救急車を呼び、大人達、学校の先生、警察、色んな人に話をした。かくれんぼのこと、ウタテという少女のこと、包み隠さず全部話した。だけど誰も、私の話を信じる人はいなかった。


タツヒコは心臓発作で亡くなっていた。事件性はなく、突然死。不運な出来事として処理された。

ケンジは翌日にはまた元の通りに戻っており、タツヒコの葬儀では親友を失ったと言ってひどく落ち込んでいた。ウタテのことを覚えているのかどうか、怖くて確かめることはできなかった。


穴はまだ残っている。私の訴えでか、コンクリートブロックで入口を塞がれてしまったが、何か道具を使えば簡単に中に入ることができるようで、私はとても不安に思っている。



夏休みの最終日。

貯めてしまった宿題を片付けようと自室にこもっていると、夜中に部屋の窓からコツンと音がした。私はカーテンを開けた。窓の外にケンジが立っている。口が動いた。


「か、く、れ、ん、ぼ、し、よ、う、ぜ」



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