第三部B面 空の繋がった日7

 それからボクらは一生懸命『GOO♪ラジオらす!』の放送を続けた。

 ゲストコーナーではアイヴィーに出てもらって、竹流の悪口に花を咲かせた。

 竹流はご機嫌斜めだったけど、『無愛想』とか『鈍感』とかは本当のことなのでなにも言い返せないようだった。

 お便りコーナーでは屋上にいるみんながその場で書いた、FAX代わりの投稿ルーズリーフなんかを読み上げたりした。

 そんなわけでボクらはできるだけ楽しげに放送を続けた。

 こんな状況にもかかわらず、屋上にはみんなの笑い声が響いている。

 楽しい声が聞こえてくれば人は自然と耳を傾ける。

 そう信じているからだ。

 しかし、瞬く間に時間は過ぎ、すでに放送開始から二時間近く経っていた。

 スポットライトの外は空の光によって薄明るく染められた闇に充ちていた。

「もうそろそろ……終わりにするか」

 軽音部が本日三曲目になる演奏をしているとき竹流がそう切り出した。

 隣の菜穂が息を呑むのがわかった。

 空には一向に変化がない、この状況での終了宣言。

「ちょっと待ってよ、それって諦めるってこと?」

「みんなも疲れてるんだ。長く続ければ良いってモノでもないだろ」

 ……竹流の言うとおりだった。

 普通に一日の授業を受け終わったあと、放課後から機材のセッティングから始めて、すでに二時間も放送しているのだからもうそろそろ疲労困憊だ。

 喋ってるボクらや機械を操作している竹流たちはもちろんのこと。

 聴衆だってだれてくるだろう。

「これから最後のフリートークにする。ヒカルの思うがままに喋ってくれていい。ヒカルの本心からの言葉なら、耳を塞いでいるヤツらにも届くような気がする」

 竹流はそう言ってくれたけど、ボクは不安で一杯だった。

 もしそれでダメだったら……もう世界は一生このままなんじゃないだろうか。

「どうしよう……ダメだったら……」

 ボクが弱音を口にすると、竹流はフンと鼻で笑った。

「一回で諦めるのか? ヒカルらしくもない」

「竹流?」

「今日がダメでも、俺が何度だって企画してやる」

 そして竹流はボクの頭にポンと手を乗せた。

「ずっとそうしてきたんだろ。いつか声を届くと信じてラジオを放送してきたんじゃないか。これからは俺も、ヒカルの声が届くその日までとことん付き合ってやる。だから……怖れるな。ヒカルらしく不敵に笑ってろ」

「うん……えへへ」

 やっぱり竹流はサイコーだ。

 そばにいてくれるだけでこんなに力がもらえるんだから。

 軽音部の演奏が終わった。

 マイクボリュームが上げられ、合図を振られる。


『軽音部のみんな、ありがとう。あと早くバンド名決めてね』

『いつまでも軽音部じゃ締まりがないですもんね……』

『さて、最後にボクからみなさんにお話しがあります。で、いいかな?』

『はい。ヒカルさんの真っ直ぐな気持ちをぶつけて下さい』

『そんな大したことは言えないけどね』


 言いながら竹流の方を見ると、竹流は静かに頷いた。

 ボクも頷き返す。

 大したことは言えないけど、それでもボクの精一杯の気持ちを込めて。

 ボクはゆっくりとマイクに向かって言葉を紡いでいった。


『えっと……みなさん……って、なんか変な感じだね。

 こういう真面目なテンションは慣れてないや。

 えー、みんな、ボクの声、聞こえてますか?

 ボクの声は届いていますか?

 なにから話せばいいのかまだ迷ってるんだけど、一つずつ話していこうと思います。

 えっと……空でリンクしているみんなはさ。

 大切な人といつもどこでも繋がっていたいと思ったんだよね。

 うん、そのことが悪いことだとは言わないよ。

 ボクだってそう思うときはあるもん。

 ……だけどさ、ほんの少しだけ……。

 ほんの少しだけでいいから相手のことを信じては上げられないかな? 

 いつも繋がっていなくたって本当に心が通い合っているのなら、

 その人はあなたの気持ちに応えてくれるはずだよ。

 心が通い合っていれば、スマホで居場所を確認しなくても、

 その人はきっと待ち合わせの場所に来てくれる。

 遠く離れていても信じ合える。

 たとえケンカしていたってあなたの危機には駆けつけてくれる。

 そういう自然な結びつきこそが繋がりなんじゃないのかな。

 こうやってさ、人と人を直接結びつけている光景はやっぱり変だよ。

 こうまでしないとみんなは人が信じられないの?

 いつもどこでも繋がっていて、それであなたは満足なの?

 繋がってしまったら、あなたと相手の区別も付かなくなるんだよ?

 未体験が未体験じゃなくなっちゃう。

 そんなのなにが楽しいの?』


 ここでボクは少し間をおいた。

 支離滅裂にならないように言葉を選んでいく。


『やっぱりさ、人にはいろんな見方があって、モノの感じ方があるんだよ。

 みんなバラバラだからこそ、上手くバランスが取れるんじゃないかな?

 だからこそ面白いんじゃないかな?

 ボクらはそれぞれバラバラな個性を持っていて、バラバラな方向を向いている。

 だから時には衝突することだってある。

 相手のことが信じられなくなるときもある。

 そりゃあ誰しも暗い感情は抱えているから、そういうのがわからないのは不安だよ。

 だけどそういう暗いものを克服するところに光があるんじゃないかな?

 敵意や害意があってもそれを押さえ込むことに理性がある。

 相手を自分のものにしたいという欲望があっても、そうしないことに誠実さがある。

 怖れや不安があっても、それでも誰かのために前に踏み出すことに勇気がある。

 人はどうあがいても不完全な生き物だけどさ。

 それでも互いの欠点を補おうとして、互いの長所を活かし合おうとして、歪であろうとも結びつくことができたなら、それはきっとなによりも大きな力になる。

 今日の放送だってそうだよ。

 みんな自分にできることを精一杯頑張った。

 ボクは今日の日を一生忘れない。

 大好きな仲間たちとこの放送を創り上げられたことを誇りに思う!』


 竹流が、菜穂が、須藤くんが、他のみんなが一斉に頷いた。

 そしてボクは空に向かって高らかに宣言した。


『ボクたちは、繋がらないまま、繋がっていく道を選ぶ!』

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