第三部A面 空の繋がった日7

 繋がらないまま繋がる……。

 それはあの空の繋がりの否定だ。

 その光のネットワークには参加しないと言葉にして表明したんだ。

 繋がっている感染者たちはヒカルの言葉を聞いてどう思っただろう。

 彼らは他者といつもどこでも繋がろうとしている。

 ヒカルが口にしたのはそれに対する真っ向からの拒絶。

 もしこの声が届いているなら、少なからず動揺しているはずだ。

 空を見上げると、少しだけ空の光が揺らいでいた。

 たとえわずかであっても、ヒカルの声は届いているように思えた。

 感染者たちのネットワークが揺らいでいる。

 すると隣にいたアイヴィーが急に立ち上がった。

 そして屋上の手すりの方へと歩いて行く。

「アイヴィー?」

 その仕草がどこか妙だったので、俺も立ち上がるとアイヴィーの後を追った。

 アイヴィーは光の柱をバックに俺と真っ直ぐ向き合った。

「竹流……ありがとう」

「え?」

 次の瞬間、俺は目を疑った。

 あの日、冗談のつもりで言ったことが現実になっていた。


『声、映像、そして実体化……次は羽が生えるんじゃないか?』


 いまアイヴィーの背中から透き通る四枚の羽が生えていた。

 俺は額を抑えた。

「俺が言ったのは『鳥の羽』のつもりだったんだけどな……」

 アイヴィーから生えていたのはトンボのようなしなやかな羽だった。

 半透明なその羽は後ろの光の柱の輝きを受けてキラキラと輝いている。

「天使をイメージしてたんだ。でもこれはこれで妖精っぽいでしょ?」

「ああ……ティンカーベルみたいだ。案外似合ってる」

 なんだろう。漠然とした不安が胸の中で渦巻いていた。

 羽が生えただけで、アイヴィーが急に遠い存在になった気がした。

 始めから人間離れした存在だったけど、この『羽』だけは特別だった。

 羽とは飛ぶためもの。

 ここではないどこかへ向かって。

 それが連想させるモノは……『別れ』だった。

「どこかへ、行くのか?」

 ある種の確信を持ってそう尋ねると、アイヴィーはハニカミながら頷いた。

「ヒカルの言葉で“光”が揺らいでる。いまなら、なんとかできる気がする」

「なんとかって……」

「この羽は多分、運ぶためのもの。みんなとの思い出を」

 アイヴィーは悲しさなど感じさせない笑顔でそう言った。

 その笑顔が却って俺の胸を締め付けた。

「短い間だったけど、わたしにはみんなと過ごした日々の思い出が記憶されている」

「まだなにもしてないだろ。生後二ヶ月にも満たない赤ん坊のくせに」

「それでもみんなのお陰で“繋がり”について学ぶことができたよ」

 そしてアイヴィーは空を指さした。

「いまからわたしは学んだことを“あの子”に教えに行ってくる」

 いま行かせたら、多分もう二度と会えないような予感がした。

 手を伸ばそうとしたとき、俺のお腹の辺りに誰かの細い腕が回されていた。

 振り返るとヒカルが背中に顔をうずめるようにして抱き付いていた。

「なんとなく……なんだけどさ。止めちゃいけない気がするんだよ」

「ヒカル……だけど……」

「うん。わかってる。でも……ボクらは見送らなきゃいけないんだ」

 真後ろにいるため表情はよく見えなかった。

 だけどヒカルの声は涙を押し殺しているようだった。

 俺なんかよりもよっぽどアイヴィーとの付き合いは短いはずなのに、ヒカルはアイヴィーの思いを理解しているようだった。

 だったらもう……なにも言えないじゃないか。

「……わかった。でも、ちゃんと帰って来いよ」

「保障はできないんだけど……頑張ってみる」

「頑張るじゃなくて絶対だ」

 俺はアイヴィーの頭にポンと手を乗せた。

「俺たちは、ここで待ってるから」

「……えへへ。うん♪」

 最後に特大の笑顔を残して、アイヴィーは飛び立っていった。

 

 ―――そして数秒後、空の果てで光が砕けるのが見えた。

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