第三部B面 空の繋がった日5
見上げた空を網目状に走る無数の青白い『光の線』。
さながら光る蜘蛛の巣か、人のニューロンの解説図のようだ。
交差し、直結して空に覆い被さった網のようになっている。
そして見れば街の中心から何か『光の柱』の様なモノが昇っていた。
隣町の方角にも何本か同じモノが立っているのが見えた。
どうやらこの光の線は光の柱を繋いでいるようだった。
それだけじゃない。地面を歩く人々の頭から、
なにか『光の糸』の様なモノが出ていてそれが光の柱の方へと伸びている。
「私たちからは……出てないですよね?」
「そうだね。って、たしかあの用務員さんは感染者だったはずだ」
「糸が出てる。もしかして糸が出てるのは感染者だけなんでしょうか……」
「多分、そうだろうな。あの感染者の頭から出ている光の糸が集約してあの光の柱をつくって、その光の柱を空の光の線が結んでいるって感じだ」
菜穂と須藤くんは比較的と冷静に事態を分析していました。
「まるで長野県の御柱祭に使われる御柱みたいです」
「こんな状況で……お前って結構肝が据わってるんだなぁ」
案外のんきなことを言う明日香に建部くんが呆れていた。
「ごめん誠一、なんかあたし気持ち悪くなってきた……えっぷ……」
「うわぁ! 夏樹ってば大丈夫?」
非現実的な光景に“えずく”夏樹ちゃんとそれを介抱する川村くん。
すると下のほうから喧噪が聞こえて来た。
屋上の縁から見下ろせば、みんな空を見上げている。
どうやらアレはみんなに見えているものらしい。
「結構な騒ぎになってるな。この町だけじゃないみたいだ」
菜穂ちゃんから借りたスマホでネットニュースを見ていた須藤くんが言った。
SNDが流行中のいま、ネットに情報を求めるのは怖い。
だけど、いまはそんなことも言っていられないか。
どうやらこの発光現象は日本のみならず、世界中で起こっているようだ。
「まるで……人と人が繋がっているみたい……」
「!?」
アイヴィーがそう言ったとき、竹流は屋上の手すりに拳を打ち付けた。
ガシン! と大きな音がして場の空気が静まりかえる。
みんなの注目が竹流に集まる。
「もしかして……SNDってのはそういうことなのか……?」
面を上げた竹流は怒りの形相でその光を睨んでいた。
「ちょ、ちょっと竹流? 一体どうしたの?」
「SND……ソシャネ病ってのは、人とコミュニケーションがとれなくなる病気なんかじゃなかったんだ。よく考えればケータイで四六時中メールしてるようなヤツが感染してるんだ。繋がりを不必要だと考えるわけがない」
それは……たしかにそのとおりだと思った。
「アイツらから伸びている光が空で繋がってる。アイツらは現実で会っている間だけのコミュニケーションよりも、ネットワークを通じて常時リンクしていることを選んでたんだよ。つまり感染者たちは“いつでもどこでも誰かとでも繋がっていた”んだ。そしてそれを可能にしているのが、あの光のネットワークなんだ」
そう言って竹流は空を走る光の線を指さした。
人から出ている『光の糸』。
その糸が集合して作り上げる『光の柱』。
そして空を網目状に覆うように走り、その柱を結ぶ『光の線』。
言われてみればネット回線のようにも見えた。
インターネットを目に見える形にしたら、こんな感じなんじゃないだろうか。
人と人とが直接リンクしている状態。
「じゃあなにか? 感染者たちは本当にダイレクトに繋がってるってことか?」
須藤くんがそう尋ねると今度は明日香がかわりに答えた。
「多分そうなのでしょう。ある意味究極の相互理解ですね。昔、マスコミュニケーションの発達は人間の身体の拡張であるとか言った人がいましたけど、これは意識を世界レベルにまで拡張しています。人の意識の統一……どんな指導者も、思想も、宗教も成し遂げられなかったことがこんな形で実現するなんて……」
「いや、感心したように言うけど、それって自分たちの世界に閉じこもってるだけだろ? ……あっ、だから他者とコミュニケーションをとらなくなるのか」
建部くんが納得したというようにポンと手を叩いた。
なるほど、ああやって常時誰かと繋がっているからこそ、繋がることができない非感染者とのコミュニケーションをとらなくなるというわけか。
感染者同士のように完全にはわかり合えないから。
「たしかに、これはある意味では理想かもしれませんね。人が一つの意識で結ばれているなら戦争とかも起こらないでしょうし、犯罪も減るかもしれません」
「実際ソシャネ病の流行後は犯罪発生件素が減ってるもんね……」
菜穂と川村君が明日香に同意した。
理性派この状況にも一応評価できる部分はあるらしい。
対して感性派の夏樹ちゃんと建部くんは反発した。
「だけどこんなの気持ち悪いよ。みんなが同じことを考えてたら個性も何もない」
「あぁ。みんなそれぞれが自分の歌を歌う。だから音楽は楽しいんじゃないか」
「絵だってそうだよ。あたしは竹流のやさしい筆遣いが好きだけど、あたし自身の荒々しい筆遣いも嫌いじゃない。だってそれが“自分らしさ”なんだもん」
「明日香だって言ってたじゃないか。大事なのは伝えることじゃない」
「体現すること……ですね。わかっています。私もこんな世界は嫌です」
明日香がそう言うと菜穂や川村君も頷いた。
やっぱりみんなこんな世界は嫌なんだ。
だけど……この状況をどうやったら打開できるのだろうか。
「繋がりを取り戻す……ってのは違うよね。繋がっちゃってるわけだし。いままで繋がりを取り戻すためにって頑張ってきたけど、ボクがやってきたことって……」
「こんなのが“繋がり”であってたまるか!」
ボクが弱気なことを言うと、竹流はそう吐き捨てた。
「人と人を直接繋いで、それで繋がっているなんて言ったって俺は認めない。こんなのは他人を信じてないだけだ。直接繋がってないと不安で、疑わしくて、信じられないから、いつでも繋がろうとしてるんだろう。そんなのは繋がりじゃない。本当の繋がりってのは断ち切られてなお、相手を信じることができるような絆のことだ。ケンカしたって、絶交したって、それでもその相手を信じることができる。それが繋がりなんじゃないのかよ! そんなに他人が信用できないのか!」
最後の方はほとんど眼下の人々に訴えかけるようだった。
ここからいくら叫んだってみんなには届くはずもないのに。
それでも竹流は声を届けようとしている。
『声を届ける手段を持たず、胸の中の思いを持て余してるあなたを見つけたんです』
不意に珠恵会長の言葉を思い出した。
ラジオを始める前のボクってこんな感じだったんだろうか。
届かない声を必死に届けようとしていて……。
『だからこの子の声を届けるための場所を提供したかった』
「!」
……そうか。そうだよ。
声を届けるための場所ならもうあるじゃないか。
ボクは叫ぶ竹流の肩に手を置いた。
「竹流……ここで叫んだってみんなには届かないよ」
「わかってるさ! ……だけど言わなきゃ腹の虫が収まらない」
「わかってる。だから声を届けようよ。できるだけ多くの人に」
ボクは精一杯の笑顔を浮かべながら、竹流に向かって手を差し伸べた。
「竹流、『戦いの準備はできている』よ」
「戦いの準備?」
竹流は怪訝な表情を浮かべながら聞き返した。
みんなも似たような表情を浮かべている。
しかし明日香だけはボクの言わんとしていることを理解してくれた。
「そっか……『GOO♪ラジオらす!』ですね」
「は? どうしてそういうことになるんだ?」
「『戦いの準備はできている』はグラジオラスの花言葉なんです」
「あるでしょ。不特定多数の人たちに私たちの声を届ける方法。ほら、前に私の歌が流れちゃって問題になったことがあったじゃん」
そこまで聞いて、ようやく竹流にもボクの考えが理解できたようだった。
「まさかお前、緊急ボタンを押すつもりか?」
「この事態は十分緊急でしょ。押しても誰も文句は言わないよ」
「それはそうだけど……緊急ボタンで声が届けられる範囲はせいぜいこの町くらいだ。あの空の光を見る限り、日本中……もしかしたら世界中の感染者が繋がってるのかもしれない。この街だけに向かって放送したところで届くのか?」
「それはわからない。だけどこのまま何もしないなんてヤダよ。ダメで元々やってみなくちゃ。それにモノは考えようだよ。世界中の人間が繋がってるならこの街にしか響かない声だって聞こえるかもしれないじゃない。やってみようよ」
竹流は考え込んでいるようだったけど、しばらくしたらボクの手を取った。
「……そうだな。いっちょやってみるか」
「竹流の物わかりのいいところ、大好きだよ」
「なっ……お前、そういうことをサラリと言えるようになったよな……」
「そう言う君は相変わらず免疫がないみたいだね。ボクらさっきラブラブだって確認したでしょ?」
照れくさそうな竹流を肘で小突いてみる。
「ほっとけ。つーか、ラブラブってなんだ?」
「両思いってことだよ。みなまで言わせないでよバカ」
「こんな状況でそんなこと言ってるお前の方がバカっぽいぞ……」
「あの、お二人さん。夫婦漫才は全部片付いてからにしてくれないか?」
須藤くんにそう突っ込まれてしまった。
竹流は顔を真っ赤にしていた。
なんだか頬が熱いから、ボクもきっと似たような顔をしているだろう。
そんな中で明日香がポンと手を打った。
「どうせだから屋上で放送しましょうよ。天野くん、可能ですか?」
明日香に尋ねられて、竹流は思案顔になった。
「公開放送か。マイクを引っ張ってくればなんとか……だけど薄暗いからなぁ」
空に光があるとはいえ、照明のない屋上は薄暗かった。
「それは俺に任せろ。元照明チーフの実力を見せてやる」
須藤くんが胸を張ってそう応えた。
他のみんなもそれぞれ動き始めた。
「あたしたちは生徒会長に話を通してくるね。行こ、誠一」
「うん。あと学校側にも説明しないとダメだよね……生徒会長と相談しよう」
そう言って川村君と夏樹ちゃんは出て行った。
「俺は軽音楽部のメンツを呼んでくる。まだ校内にいるはずだ」
「あ、光司郎くん。一応楽器を持ってきてもらえますか?」
「だとすると人数が欲しいな。茅野のドラムが厄介だ。明日香も来てくれるか?」
「わかりました。ヒカルちゃん、こちらの方はお任せします」
そう言って明日香と建部くんも出て行った。
屋上に残されたのは奇しくも元演劇部メンツ(+アイヴィー)だった。
「結局いつものメンバーが残っちまったな。これが縁ってヤツなのかな?」
そう努めて明るく言ったのは須藤くんだった。
空気が重くならないように気を遣ってくれているのだろう。
そんな中で竹流は菜穂の傍に歩み寄った。
そして竹流は「ごめん……」と言いながら深々と頭を下げた。
菜穂は目を伏せると上を向いた。
しばらくそのまま瞑目した後で、菜穂はゆっくりと前を向いた。
その瞳に涙の色は見えなかった。
「面を上げて下さい。私には頭を下げてもらう資格なんてないです。むしろ私のほうが、なんど竹流くんに謝っても足りないような酷いことをしてきましたから。本当に……いままで、ごめんなさい」
今度は菜穂が竹流に深々と頭を下げた。
「だけど……俺は……」
そんな菜穂に言葉を続けようとする竹流。
しかし頭を上げた菜穂はその口を指でそっと塞いだ。
「わかっています。竹流くんの答えはしっかりいただきました。思いが届かなかったのは残念ですし、もっと上手に振る舞えていればと悔やむ気持ちもあります。ですがそれも受け止めようと思います」
そう言って菜穂は須藤くんに向かって微笑みかけた。
須藤くんはさっきの自分の発言を思い出したのか、照れ笑いをしていた。
竹流は小さく笑みを浮かべるとボクのほうを見た。
「もう一度……ここから始めるか」
「そうだよ。部はなくなっても、ボクらの居場所はここにある」
ボクがいて、竹流がいて、須藤くんがいて、菜穂がいる。
竹流も「そうだな」と頷いた。
「よしヒカル、リスタートの号令はお前が掛けろ。俺は影から支えてやる」
「そんじゃあ俺は元照明チーフとして目に見える形で支えますか」
「私にもお手伝いさせてください」
「アイヴィーもいるよ。演劇部じゃないけどね♪」
ここにはみんなの笑顔がある。
だからこそ、ここがボクらの居場所なんだ。
「うん、それじゃあみんな……」
大きく息を吸い込んで、ボクはみんなに号令を掛けた。
「ニューヨークへ行きたいかぁ!」
「「「 なんで/だよ/ですか!? 」」」
空気を軽くしようとボケてみたところ総ツッコミされた。
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