第三部A面 空の繋がった日4
夕暮れに染まる屋上にしばらく佇んでいた。
今日は特に夕焼けが綺麗だった。
空と海が赤く、島影のみ暗い景色を見ながらボー然と立ちつくしていた。
あまりにもいろんな感情やら言葉やらがごちゃごちゃになっている。
まともな思考ができなくなっていた。
もう……なにも考えたくはなかった。
もう帰ろうかと思ったとき、いきなり誰かが屋上へと駆け込んできた。
「よかった……まだいたね……」
息を切らせながら歩み寄ってきたのはヒカルだった。
『だって柄沢さんは、お前のことが好きなんだから!』
『お前は柄沢さんが好きなんじゃないのか!?』
耳の中で須藤の言葉が甦る。
俺は居たたまれなくなって屋上から出て行こうとした。
しかし、ヒカルは回り込んで俺の行く手を遮った。
遮られたのは初めてなので少々面食らってしまった。
ヒカルがキッと俺の目を睨んでいる。
「通せないよ。もう通せないんだ。話を聞いてくれるまでは」
「いまさら……話すことなんてない。どいてくれ」
無理にでも通ろうとしたが、やはりヒカルが身体で進路を塞いだ。
「嫌だよ。今日を逃したら、多分ボクらはもう二度と向かい合えなくなる」
「向かい合う気なんてないくせに。居場所はもうないんだから……」
「君の言う『居場所』ってなんだよ!」
ヒカルは俺のシャツを掴みながらそう叫んだ。
「ボクだって演劇部を自分の居場所だと考えていたよ。でも、それは演劇部という部だからでも、部室という場所だからでもない。ボクがいて、竹流がいて、須藤くんがいて、菜穂もいて、そして他のみんなもいる。それがボクの居場所なんだ。ボクの居場所は人の輪の中にあったんだよ。だから人の輪を失ったとき、ボクの居場所はなくなったんだと思った。人の輪を、ボクの居場所を取り戻したいと思ったんだよ!」
「勝手なことを言うな!」
俺も負けずに怒鳴り返した。
たしかにヒカルの言葉にも一理はある。だけど……。
「誰もがみんなお前みたいに割り切れるわけないだろ! 俺は演劇部を存続させて、感染者になった仲間たちに居場所があることを示し続けるべきだと思ったんだ!」
「でもそれじゃあ、声を届けられないよ!」
「声が届かなくても、存在し続けることにだって意味はあるはずだ!」
「そんなの消極的だよ。待ってるだけなんてボクは嫌だ!」
「誰かが待っていなきゃ、あまりにも淋しすぎるだろ!」
「どうしてそんなに頑ななんだよ!」
「お前が人のこと言えるのかよ!」
主張は平行線を辿った。もうこれ以上は無理なのかもしれない。
俺はヒカルの手を振り払うと、出口の方へと向かった。
「ちょっと待って! 話は終わってないよ!」
「言ったろ、いまさら話すことなんてもうない。……じゃあ」
「おっと、それはできねぇ相談だな」
気が付くと出口の所に4人の人影があった。
「この際やるなら徹底的にやってもらわないとな」
「そうですね。こうでもしないと二人とも素直にはなれなさそうですし」
建部光司郎と森本明日香。
その後ろには川村誠一と新谷夏樹の姿もあった。
「こういう手荒なことって嫌いなんだけどね。夏樹がどうしてもっていうから」
「だってヒカルちゃんのお願いだし。美月ちゃんのことで借りもあるじゃん」
「まぁそんなわけだ。悪いが決着がつくまでここにいてもらうぜ。どうしても出て行こうとすんなら俺と天野で押さえつけるけど、どうするよ竹流」
「……くっ……」
さすがにこの状況ではしばらくは言う通りにするしかないか。
そんなとき4人の間をぬってアイヴィーが顔を出した。
「間に合ったみたいだね。ヒカル」
「ありがとうアイヴィー。ご苦労様」
「アイヴィー……もしかしてお前が集めてきたのか?」
ヒカルとアイヴィーが知り合いだったということにも驚いたけど、なによりもまずこんなにもアイヴィーの姿を見ることができるヤツがいるということが驚きだった。
するとアイヴィーはエヘンと胸を張った。
「そうだよ。ヒカルに『人を集めて竹流を屋上から逃がさないで欲しい』って頼まれたからね。光司郎さんと明日香さんはすぐ了解してくれたし、ちょうど一緒にいた誠一さんと夏樹さんにも来てもらっちゃいました。えっへん」
「不思議な子だよね。初対面のはずなのにボクと夏樹のことを知ってるみたいだし……」
天野はそう言ったけど、それはきっと初対面じゃないからだ。
大方、姿がなかったころに二人の後を付いて回っていたのだろう。
それにしても……完全に逃げ道を封鎖された。
この場所にはIV(インナー・ボイス)に耳を傾ける者たちが勢揃いしている。
出来過ぎな舞台だ。俺はヒカルの方に向き直った。
「ここまでするか、ヒカル」
「こっちとしては必死なんだよ。ボクの声を君に届けるためなんだから」
「……わかった。話を聞くよ」
「ありがと。じゃあ一番大事なことから聞いてもらうね」
なにを言われようが俺はヒカルを許す気はない。
俺は自分の考えが間違っていないと信じている。
だから、ヒカルがどんな弁解をしようが打ち破れると思っていた。
よほど予想がないのことを言われないかぎり、俺の意志は揺らがな……
「竹流、好きだよ」
「…………は?」
「ボクは君が好き。大好きだよ」
…………予想外だった。
ヒカルが言い切った瞬間、外野から感嘆のような歓声が上がった。
対して俺は一瞬全ての思考が停止してしまった。
「いやちょっと待て! なんの脈絡があってそんな話になってるんだ!?」
「だって一番大事なことから聞いてもらうって言ったじゃん」
「いや、だからってなぁ……」
完全にヒカルのペースに嵌っていた。
そういえば……よくよく考えてみれば、いままでこいつ相手に自分のペースで話を進められたことなんて一度もなかったっけ。
しかし、またなんでこんな場面で……。
「言い合いしたって水掛け論になるだけだよ。そんなことよりボクにとっては竹流、君が好きだというこの気持ちが一番大事なんだよ。そのことにようやく気付いたんだ。あの日、竹流は支えたい相手はボクだけだって言ってくれたよね。ボクがそばにいて欲しい相手は竹流だけなんだよ。たとえ誰が敵に回っても君だけは味方でいてほしい。だから、君とまともに話せないこの状況が辛いんだ。これでも女の子だもん」
そう言って微笑むヒカルをまともに見れなかった。
鼓動が早くなる。あぁ……俺はやっぱりこいつのことが好きなんだ。
好きな相手に好きだと言われているのだから気持ちが高ぶらないわけがない。
だけど俺はなんとかそれを抑え込んだ。
「どうして……いまさらそんなことを……」
「竹流はもうボクのこと嫌いになっちゃった?」
「そうじゃない!……そうじゃないけど……許されないだろ」
俺の脳裏に一人の少女の顔が浮かんでいた。
それが罪悪感と共にのし掛かる。
「ヒカルの気持ちは嬉しい。だけど菜穂のことはどうする」
「菜穂……。そうだね。そっちもけじめをつけなくちゃいけない」
「けじめったって……もうあの子には声が届かないじゃないか」
「ううん、まだだよ。ボクらはまだしっかりと話し合うことができる」
そう言うとヒカルはスッと手を挙げて出口の方を指さした。
その指し示す方へと振り返るとそこには、
須藤冬矢に付き添われて七瀬菜穂が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます