第二部B面 ギターとお化けとお抹茶5
あの日から一週間が経った土曜日。
時刻は十八時十八分。
私はアイヴィーちゃんと一緒に駅前広場に向かっていました。
日は落ちましたが今日は良い日和だったのでまだ十分暖かい宵の口。
土曜日ということもあり、いつも以上に駅前広場には人がいることでしょう。
私は差し入れのお弁当が入ったバスケットを持っています。
隣を歩くアイヴィーちゃんは飲み物を抱えていました。
「とっても楽しみだね。明日香さん」
アイヴィーちゃんの心はすでに逸っているようでした。
もちろん私もです。
「ところでアイヴィーちゃん。あのとき、どうして急に光司郎くんはアイヴィーちゃんの姿が見えるようになったのかな。それまで見えてなかったのに」
「多分だけど……光司郎さんが自分自身と真っ直ぐ向き合ったからじゃないかな。自分の心に嘘を付いたり、自分自身から目を背けている人はわたしが見えないみたい。光司郎さんはあの瞬間、自分を顧みたからわたしが見えるようになったんだよ」
「じゃあ私は最初から自分と向き合ってたってこと?」
「自問自答をする人や、自分の思いに忠実な人もわたしが見えるみたいだよ」
そう言えばアイヴィーちゃんと初めてあったとき、私は光司郎くんのことをどう思ってるんだろう、光司郎くんとどうなりたいんだろう、とか考えていたましたね。
自分自身の気持ちが良くわからなかったからなんですけど。
結果として自分自身と向き合っていたようです。
だから最初からアイヴィーちゃんを見ることができたのでしょうか。
「明日香さんの中の答えは出たの?」
「どうなりたいかですか? ……さあどうでしょう」
アイヴィーちゃんには誤魔化しましたが、答えはすでに出ていました。
だけど言葉にすると色褪せそうで、私は体現することに決めていました。
もっとも鈍感そうな光司郎くんが気付くかどうか。
それが新しい問題なんですけどね。
そんなことを考えているうちに駅前広場に到着しました。
目的の人達を捜すと駅の左側にある周辺地図の載った看板前にいました。
空きスペースで、光司郎くんと淳さんがなにやら真剣に打ち合わせをしています。
その隣で改造されている様子のキャリーケース(おそらくドラムの代わり)の後ろに座っている女の子と、その子の髪を弄って遊んでいる水無さんの姿がありました。
あの女の子がお手紙を下さった茅野さんでしょうか。
光司郎くんは私たちに気付くと手を挙げました。
「よぉ明日香、それにアイヴィーも。来てくれたんだ」
「おー……ってアイヴィーってなに?」
どうやら淳さんにはアイヴィーちゃんは見えないようです。
辺りをキョロキョロ見渡していました。
そんな淳さんの様子に私と光司郎くんは顔を見合わせて笑いました。
「結構人がいるみたいですね。あ、これ差し入れです」
私は持ってきた差し入れを手渡しました。
「サンキュー。何人かは足を止めてくれているよ。ほら」
そう言って光司郎くんが指し示した先には親子? 姉妹?
若い女性とアイヴィーちゃんくらいの女の子の組み合わせがいました。
買い物帰りと見えて二人ともビニール袋を抱えながら、演奏が始まるのを今や遅しと待っているようでした。
「あ、あの子」
その女の子のことを見てアイヴィーちゃんは目をパチクリさせていました。
「そうか……退院できたんだね……」
「知ってる子なの?」
「うん。こっちが一方的に知ってるって感じなんだけど」
そう言ってアイヴィーちゃんは嬉しそうに笑っていました。
あの子との間になにかあったのでしょうか?
「ところで光司郎くん。いつも集まる人達というのはもう来てますか?」
「ん……まだみたいだな。いつも演奏し始めたらどこからか現れる感じだし。それにしても正直まだ信じられないんだよなぁ。本当に人間じゃないのか?」
「そう……みたいです。少なくとも私には見えませんでしたから」
私がそう言うと光司郎くんはどうしたもんかと頭を掻きました。
演奏していた相手が人外のモノだったのだから仕方ないでしょう。
私たちにはそういったモノに対してどうすればいいとかの知識はありませんし、なにもしないで放っておくのもなんだか後味が悪いです。
「幽霊だったらどうしますか? 身体にお経でも書きますか?」
「耳なし芳一にでもなれってのかよ」
詳しい。意外と古文の成績良いんですよね、彼。
「あ、もちろん耳にもちゃんと書いてくださいね。千切られちゃいますから」
「怖いことをサラリと言うな。書かないっての。相手は平家の落ち武者じゃない」
そう言って光司郎くんは苦笑しました。
「それに俺は芳一みたいに中途半端でやめたりはしたくない」
「そうですね……うん、そのほうが良いと思います」
「あのぉ~お二人さん?」
「「 うわっ! 」」
二人で笑いあっていると横からにゅっと淳さんが顔を出した。
「そこで二人の世界を作ってないでさ。早く演奏しようよ」
「お、おう……そうだな。それじゃ、ぼちぼち始めようか」
光司郎くんは後ろの水無さんと茅野さんに合図を送った。
「私はOKよ。いつでも始められるわ」
「私も……すでに準備はできています」
そんな二人に光司郎くんは満足そうに頷き、ギターを肩に架けました。
これから光司郎くん達の演奏が始まります。と、その前に、
「あの、光司郎くん」
私は光司郎くんを呼び止めました。
光司郎くんが反応するよりも早く近くに駆け寄ります。
跳び上がるようにして光司郎くんの右頬に自分の唇を押し当てました。
「なぁっ!」
「「「 うわ~お! 」」」
光司郎くんの驚く声と淳君と水無さんアイヴィーちゃんの三者三様の歓声。
茅野さんは黙ったまま目をパチクリとさせていました。
「見た、ミヅキちゃん。ほっぺにチューだよ、チュー!」
なぜか後ろの方で見ていた若い女の人がと言ってはしゃぎ、
「ハルキさんってば興奮しすぎです」
一緒にいる女の子にたしなめられていました。
親子というわけではなさそうですが、どちらが年上かわかりませんね。
驚きのあまり右頬を抑えたまま呆然と立ちつくす光司郎くん。
私は照れながらも精一杯の笑顔を浮かべました。
「私の気持ちを体現してみました。どうですか?」
光司郎くんは困惑したように視線を泳がせながら、
「あぁ……うん……サイコーかも……」
いつもの仏頂面が崩れて、間の抜けた顔をしていました。
すると周囲のニヤニヤした視線に気付いたのか、いきなり声を張り上げました。
「お、おめぇら、浮ついてねぇで気合い入れてけよ!」
「いまのキミにだけは言われたくないよ」
淳さんは苦笑しながらベースを肩に架けました。
その向こうでは水無さんが私にグッと親指を立てながら笑っていました。
私も親指を立てて返事をしながら、隣にいるアイヴィーちゃんに言いました。
「光司郎くんの思い。届くといいね」
「きっと届くよ。いまのあの人なら」
私たちはこれから始まる演奏に胸をときめかせていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます