第二部A面 ギターとお化けとお抹茶3
俺は商店街の人混みの中を駅に向かって歩いていた。
歩きながらも思い出すのは、あのときの明日香の真っ直ぐな眼差しだった。
あの時、あいつは俺を責めていたのだろうか?
責められる憶えは……ないこともないか。逃げたも同然だからな。
そうやって歩いていると、いつも元気な魚屋のおっさんが声を掛けてきた。
「おいボウズ、活きの良いのが入ってるぜ。見てかねぇか?」
「俺は寮暮らしなんだぜ。まぁ寮母さんに言っとくよ」
「おう、浦町のか。よろしく言っといてくれ」
俺は片手を上げて返事をした。
忠海の浦町高校と言えば関西では名の知れた芸術学校だ。
そのため地方からの受験者も多数存在する。
そんな生徒のために学校側は学生寮を用意していて、俺はそこで厄介になっている。
実は数年前まではこの街に住んでいたのだが、親父の転勤の関係で九州へ引っ越していたのだ。この小さな港町は数年やそこらで様変わりなどしない。
勝手知ったる街なののに、扱いとしては異邦人になるのは妙な気分だ。
やがて忠海駅前に辿り着く。
海辺の小さな駅。いわゆるローカル線だ。
都会に比べれば車両の編成数も本数も少ない電車。
瀬戸内の風景を目当てにやってきた観光客も、この駅の南に隣接している港からすぐ『ウサギと毒ガスの島』である『大久野島』に行ってしまう。
そして『大久野島』から帰って来れば、すぐに駅から別の町に行ってしまうだろう。ここらへんで宿泊施設を検索しても、『大久野島』内のホテルが真っ先に出るし。
俺は駅前広場の一角に荷物を置くと、ギターを取り出して肩に架けた。
今日はここで弾こう。
SNDの蔓延以降は路上利用に対する規制が緩くなり、この街では特定の場所(駅前広場や公園の広場)などは許可無く路上ライブをやることができる。
もっとも路上ライブをするヤツもめっきりいなくなったからなのだがな。
チューニングのために弦を爪弾きながら周囲の様子を確認する。
下校していく生徒が前を通り過ぎ、駅へと入っていく。
……ここも学校と変わらない。
誰もこちらに興味を持つこともなくただ通り過ぎている。
だったらてめぇらの耳が腐るまで、俺は歌い続けてやろうじゃねぇか。
たとえ一人でも……そう誰に聞かせるでもなく呟いた。
準備はできた。アンプもマイクもない一人きりの演奏が始まる。
俺は通り過ぎていく人並みに向かって吼えた。
「てめぇら、いい加減目ぇ覚ましやがれぇぇぇ!」
腹から出した大声にも視線を動かしたモノさえいなかった。
構わねぇ。そっちがその気ならこっちもこの気だ。
耳を塞ごうが聞かせてやる。
「んじゃ挨拶代わりに一曲聴いてくれ!」
ギターが吼える。リズムがないのが物足りないが仕方がない。
ギターの旋律に負けないように俺は声を張り上げる。
自分の歌が上手いかなんて俺自身にはわからない。
だけど本気の思いを込めた歌なら絶対に人を動かせると信じている。
ただ一つの思いだけを念じて俺は歌い続けた。
歌声よ、届け!
届け! 届け! 届け!
謳うのは完全オリジナルソングだ。
胸の中で渦巻く憤りや行き場のない猛りを譜面に叩き付けてできあがった曲だ。
そのためサビは高音の連続なので、下手なヤツが歌えば一発で喉を嗄らすだろう。
しっかりとした発声法と腹式呼吸でないと歌えないので万人ウケはしないだろうが、思いの丈をぶつけるのにはうってつけの熱いメロディーだ。
気付くと何人かがこっちを見ていた。
二十歳過ぎの男が一人、女子高生っぽい(この街では見ない制服だ)のが二人、中年の男女が一組、小学生くらいの男の子の計五人だ。
なんだか悲しそうな目でこっちを見ているだけだった。
それでも久々に歌を聴いてくれるヤツらの登場に俺のテンションも上がってきた。
どうしたお前ら。
なんでそんな顔して突っ立ってやがるんだよ。
ノリが悪いなぁ。
一緒に歌おうぜ。踊ろうぜ。
そんな悲しい顔してないで俺と一緒に燃え上がろうぜ。
俺はオーバーヒートしそうなほど全力全開で歌い続けた。
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