第一部 ある少女の独白5
【ある少女の独白・ラスト】
久しぶりに雲のある空の下で大きく息を吸い込み、吐き出す。
あの抜け道を通ってまた屋上へとやってきた私は一人、昨日は腰掛けていた屋上の手すりに肘をつき遠くを眺めていました。
誠一さんが好きだと言っていた、港町の景観とその先に広がる海の蒼。
この病院は誠一さんと夏樹さんが通っている学校よりも高台にあるため、より遠くまで見ることができました。
瀬戸内の島々越しに四国まで見通せそうです。
その景色は昨日とは全く違って見えました。
雲があるだけじゃない。
屋根のオレンジ色。石畳の薄い灰色。
木々の緑。郵便配達の車の赤。空と海の青。
海面に映る金と銀の光……全ての色が活き活きとしています。
「こらっ、やっぱりここにいたわね」
ビクッとして振り返るとそこには春花さんが立っていました。
「あの……その……」
「病み上がりなんだから大人しくしてなきゃダメでしょ」
春花さんはしどろもどろに言い訳しようとした私に軽くデコピンしたけど、顔は笑っていました。そして大きく伸びをすると私の隣に立ちました。
「なんてね。ま、こんな天気の日にはジッとなんかしてられないわよね」
ニッコリと笑う春花さんに私もつられて微笑みました。
「そうですね。気持ちの良い空です」
一人で見上げた空はどんなに良く晴れていても冷たかった。
日差しの中にいても、どこか暗くて冷たい路地裏の中から見上げているような気がしていました。
だけど、今の空はとても温かい。
隣で見上げてくれる人がいるのですから。
それに離れた場所で同じ空を見上げている人がいるかもしれませんし。
だから……こんなにも温かい。
春花さんは私の型にポンと手を置きました。
「ねぇ美月ちゃん。昨日言ったことなんだけど……考えてくれた?」
「…………」
昨日、春花さんは私に一つの提案をしました。
それは私にとってとても魅力的な提案。
だけど同時に少し後ろめたい提案でもありました。
そこまで春花さんたちの好意に甘えてしまっていいのでしょうか。
昨日の夜はずっと自問自答していました。
そんな時、私の内側からまたあの時と同じ声が響いてきました。
『あなたの本当の願いは……見つかったの?』
……うん。見つかったと思う。
『なら、もう見失わないで』
うん。私はもう迷わない。
私が望み、願ったモノを手に入れたい。
差し伸べてくれた手に、私は手を伸ばします。
私は身体ごと春花さんに向かい合うと、大きくお辞儀をしました。
「よろしくお願いします」
「うん♪」
顔を上げると春花さんとても嬉しそうに微笑んでいました。
その内、感情が抑えられなくなったのか、いきなりガバッと私に抱き付いてきました。 少しビックリしましたけど、その温かさが心地よくて抵抗はしませんでした。
「こちらこそよろしくだよ。美月ちゃん」
春花さんはそう言って私を優しく包み込みました。
しばらく忘れていた人の温もり。
私は春花さんの胸に顔をうずめて、少しだけ泣きました。
「春花さん……」
「ん?」
「私……いま、とっても幸せです」
いまなら、あの声に答えられる気がする。
「私が……本当に望んでいたことは……」
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