第一部 雲のある空の下で4
「美月ちゃん!」
春花さんにカギを開けてもらい、僕らは屋上へと飛び出した。
すると探していた少女はすぐに見つかった。
美月ちゃんは屋上の手すりに背中を外側にして座っていた。
イスの背にもたれ掛かるように体を傾ければ真っ逆さまという場所。
手すり一つ向こうは地獄。
「来ないでください!」
その危うさに思わず駆け寄ろうとして、彼女の声に阻まれた。
「来ないで、ください」
戸惑う僕らに真っ直ぐ向き合いながら美月ちゃんはもう一度繰り返した。
「また……飛び降りるつもりなの?」
夏樹が弱々しく尋ねると美月ちゃんはそっと瞳を閉じた。
「変わらない世界がイヤなんです。ここにいたくないんです」
「だからって……死んじゃ意味ないわ。痛いだけよ!」
「痛い……ですよ。知ってます、経験してますから」
幼い容姿に似合わない押し殺した声に夏樹は押し黙った。
「でも……その痛みよりも、いまは生きていることの方が辛いんです」
「変わらない世界って言うけど、変えようと努力したの?」
夏樹に代わり、僕はわかりきったことを敢えて尋ねた。
「努力もしないうちに諦めるのは逃げてることと同じだよ」
僕の挑発的な口調に隣にいる夏樹も驚いているようだった。
答えはわかりきっている。
美月ちゃんは自分にできる精一杯の努力をしたはずだ。
それでもダメだったからこそ生きることに絶望しているのだろう。
予想通り美月ちゃんは怒りを露わにして、思いの丈を僕らにぶつけてきた。
「努力しました! 私にできることは全部しました!お父さんにもお母さんにも毎日話しかけました。抱き付いて訴えました。……だけど二人ともなにも言ってくれない。私に構ってくれない。学校では友達や先生に一生懸命に話しかけました。……本当はイヤだったけどイタズラだってしました。だけど、誰も相手にしてくれなかった! まるで私の姿が見えないかのように無視されるんです。たしかに家に帰ればごはんがあって、洗濯された服もあって、学校に行けば授業も給食もあって、体育の時間にはドッチボールしたりします。でもそれだけ。そこに話し声はありません! 笑顔もありません!」
そう……それがこの世界の現状。
いまこの世界からは人の【繋がり】は失われてしまっている。
【SND(Social Network Disease)】(通称『ソシャネ病』)
そう呼ばれている原因不明の病がこの世界に蔓延している。
……いや、そもそも病なのかさえも現時点ではわかっていない。
わかっていることはごくわずか。
・SNSなどネット依存度が高かった人物が発症する。
・ある時期を境に、先進国で急速にこの病は広がった。
・感染者は、他者とコミュニケーションをとらなくなる。
・他者と会話したり、交流したりということを行わなくなる。
・それでいて感染者はそれまでの日常生活を続ける。
・先進国では国民の凡そ半数ほどがこの病に罹っている。
感染者は他者とコミュニケーションをとらなくなるだけで、仕事・家事・育児などそれまで通りの日常行動は続けている。
そのため社会の機能が麻痺するといった事態は起こらず、映画のゾンビウイルスのような、人類を絶滅の縁にまで追い込むような類いのものではない。
しかし、人と人との繋がりが失われた街は淋しかった。
手を上げて、声を掛けても、その人が返事を返してくれるとはかぎらない世界。
大声で歌っても、誰も気にもとめてくれない世界。
それがいまのこの世界だった。
そんな世界で美月ちゃんが叫んでいる。
「私は、みんなに話しかけてほしかった! 構って欲しかった! 他にはなんにもいらないから、私のことをちゃんと見てほしかった! だけど、お父さんも、お母さんも、友達も、誰も私を見てくれない! みんな表情も変えないで変わらない毎日の中で私の横を通り過ぎていくんです! 私は、もうイヤなんです!」
それが……変わらないモノを拒む理由……。
「変わらないモノを見るたびに私の横を無表情に通り過ぎていった人たちの顔が浮かんでくるんです。だから私はあの変わらない『ラベンダー』が嫌いでした」
そしてそれが美月ちゃんが思い出すことを拒絶している理由。
夏樹の予想通りだ。
いよいよ手詰まりになり僕は額を抑えた。
挑発的な物言いをしたのは、正論で責めるよりも内面の不満を爆発させた方が良いと思ったからだ。
上手くすれば言いたい放題言うことで、スッキリして早まった真似をしないでくれるんじゃないかと期待してたんだけど……どうやら美月ちゃんは内省タイプらしい。
理論武装で心を閉ざしていて、とりつく島もない。
ふと夏樹が手にしていたキャンバスを見た。
あれを見せたらどうだろう?
……ダメだ。いまの美月ちゃんは目を瞑ってしまうだろう。
なにか……なにか足がかりがあれば……。
「ねぇ美月ちゃん。死んだって楽しいことなんてないと思うわよ?」
それまで黙って見守っていた春花さんがゆっくりと語りかけた。
「病院(ここ)はね、死にたくない、少しでも長く生きたい、生きてほしいから来るところなの。少なくとも死にたいと思って病院に来る人はいないわ」
「でも……生きてたってなにも楽しいことはありません……」
「あら、そうかしら? 少なくともあたしや夏樹や誠一くんがいるわ」
そう言って春花さんは穏やかに微笑んだ。
「あたしたちなら、あなたに話しかけることもできる。それじゃダメ?」
「わ、私は……もう諦めてるんです……」
春花さんの言葉に美月ちゃんが動揺しているのがわかった。
そんな彼女の様子からなにかに気付いたようで、春花さんは悲しげな顔をした。
「美月ちゃん……あなたは、戸惑ってたのね」
「なにを言ってるんですか……」
「諦めた後にあたしたちみたいな人間に出逢ったから、混乱しちゃってたんだね」
春花さんは吹く風に身を任せるようにして言葉を紡いでいった。
「本当なら飛び降りた段階であなたは絶望しきれるはずだった。生きようが死のうが二度とこの世界に希望を持たずに、諦めもつくはずだった。だけどあたしたちみたいな人間に出逢うことで絶望しきれなくなってしまった。いつか他のみんなもあたしたちのように……そんな希望を抱いてしまった。そしてその希望がまた裏切られることを考えて怖くなった。また絶望に押し潰されるのが怖かった。そんなところかしら?」
「…………」
美月ちゃんはもう言葉にもならないようでただ震えていた。
美月ちゃんだけでなく、僕も夏樹も愕然としていた。
さすがに長いこと夏樹の母親代わりをやっていただけのことはある。
白衣の天使に慈母の姿を見た……というのは言い過ぎだけど、普段のハイテンションで天真爛漫な姿からは想像できないほど今の春花さんは慈愛に満ちていた。
感心する僕らの横で春花さんがそっとその手を差し伸べた。
「楽しいこと……一緒に探しましょ。大丈夫。あたしたちはどこにも行かないわ」
「でも……私はもう笑えません……」
それでも尚、美月ちゃんは頑なだった。
そして僕らのことを真っ直ぐに見つめながら言った。
「だったら……私を笑顔にしてください。いますぐに」
いきなりそんなことを言われて、春花さんは動揺していた。
「……えっ……あー……それはちょっと無理かも……」
「だったらもう……私に構わないで下さい」
「う~ん……そういうわけにもいかないし……誠一くん、どうしよっか?」
急にいつもの調子に戻ってしまった春花さんに僕らは溜息を吐いた。
ようやくいつもの春花さんらしくなったと言えばそうだけど、たまに大人な一面を見せたかと思うとこれだもんなぁ。
あ、こっちを見てる。そんな目をされても困るよ。
さすがに自殺志願者を笑わせるだけのネタは持っていない。
隣の夏樹を見るとブンブンと首を振っていた。
どうしたもんかとまた頭を抱え始めたとき、
『ブツンッ……』
病院の屋上に設置されているスピーカーから何か変な音が聞こえてきた。
マイクのスイッチを入れたようなその音にその場にいた全員の注目が集まった。
すると……
『そんじゃ、まず僕からね』
急に聞き覚えがある声が聞こえてきた。
「この声って……ヒカルちゃん?」
夏樹が思わず呟いた通り、その声は柄沢ヒカルさんの声だった。
でもなんで?今日は『GOO♪ラジオらす!』は無い日のはずだ。
それにここは学校じゃなくて病院。
それほど離れた距離ではないとはいえ、なんで柄沢さんの声が病院のスピーカーから聞こえてくるんだろう。わけがわからない。
もっとも僕ら以上に、春花さんと美月ちゃんはわけがわからなそうな顔をしていた。
混乱する僕らとは対照的に聞こえてくる柄沢さんの声は底抜けに明るかった。
『じゃあ一番、柄沢ヒカル、中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」歌いま~す♪』
「古っ! なにその選曲!?」
あまりにあんまりな選曲に思わずツッコミを入れてしまった。
『いや~、中島みゆきって一度聞いたら頭から離れないよね~』
「いや、それにしたって古すぎでしょ」
『「時代」とか「地上の星」とかもいいけどね』
「そうそう……って、妙に詳しいな」
『男はみんな傷を負った戦士、だっけ?』
「それは『聖母たちのララバイ』! 岩崎宏美のほう!」
「あの……誠一ってばさっきからなに言ってるの?」
夏樹に冷たい目をされてハッとした。
気付いたらスピーカーの声相手に一々リアクションを取ってしまっていた。
その横で春花さんが「あたしは中島みゆきなら『銀の竜の背に乗って』の方が好きかなぁ~。医療ドラマの主題歌だったんだよねぇ……」と暢気なことを言い始めたけど、この話題をそれ以上引っ張るつもりは無かったので聞き流した。
そしてスピーカーの向こうの柄沢さんが調子よく歌い始めたとき。
不意に何かの音と共に男子生徒の声が聞こえてきた。
『おいバカ、ヒカル! なにやってんだ!』
マイクに向かって話しているわけではないようで、柄沢さんほどハッキリとは聞こえなかったけど……この声、もしかして天野くん?
『マイクテストだよ。竹流もやる?』
『バカ! いま校内中にお前の声が響いてるぞ!』
『えっ、嘘!? だって放送室のスピーカーのスイッチしか入れてないよ?』
『ん? ……本当だな……って、お前、電源ボタンじゃなくて緊急ボタンのスイッチが入ってるじゃないか!』
『緊急ボタン?』
『災害の時に押すボタンだ。個別のスイッチを押さなくても、繋がっているすべてのスピーカーに直結されるんだ。これじゃあ近所の商店街とかにまで放送されてるぞ!』
『うそっ!? マジで!?』
『大マジだバカ! ……とにかく切るぞ』
ブツンッ。…………。
急に静まりかえった屋上に、僕らは取り残されたように立ちつくしていた。
猛烈な嵐が勢いよく過ぎ去っていったような、そんな感じだった。
呆気にとられた空気の中で、僕は腹の底から感情が溢れてくるのがわかった。
「ふっ……あははっ……あはははははははは!」
気付いた時には吹き出し、大笑いしていた。
美月ちゃんを笑顔にしなければいけないのに、当の自分が一番笑い転げていた。
ただ、堪えきれなかったのだ。
「ははは……なんだ……ちゃんといるじゃないか。ははっ」
彼にもちゃんと“真っ直ぐ向き合える人”がいる。
たとえこんな世界でも……そう考えると可笑しかった。笑えてきた。
どうやら人は自分で思うほど孤独ではないらしい。
「まったく、……ふふ、誠一ってばこんな時になに笑ってるのよ」
「あはは、そういう夏樹だって笑ってるじゃない」
夏樹や春花さんも笑い出していた。
僕と同じことを考えてか、急に笑い出した僕が可笑しかったのか、それとも単にスピーカーから聞こえてきた二人のやりとりが可笑しかっただけなのかはわからない。
ともかく僕らは大声で笑い合った。
そしてふと視線を送ると美月ちゃんの口元も若干弛んでるのがわかった。
「あ、いま美月ちゃん笑ったよね」
「え……わ、笑ってません」
「嘘だね。笑ってたよ。ははは……笑ってた笑ってた」
「笑ってません、笑ってません!」
無気になって否定する美月ちゃんの様子が可笑しくて僕らはまた笑った。
美月ちゃんはバツが悪そうにしていた。
しかし、しばらくしたら観念したようにクスリと微笑んだ。
その零れた笑顔は小さくて白い花のようでとても可愛らしかった。
そうやってみんなで笑い合う中で、僕はふと考えた。
美月ちゃんはどうして笑えたんだろう?
多分だけど、スピーカーから聞こえてきたやりとりに笑ったんではないと思う。
きっと……この場の雰囲気に笑ったんだ。
僕が笑って、夏樹が笑って、春花さんが笑うこの暖かな雰囲気。
僕らが笑っていたから、美月ちゃんも笑うことができたのだろう。
人は……人の笑顔に包まれれば、自然と笑顔になるものだと思うから。
病室に戻った後で、僕は持ってきたキャンバスの封を解いた。
いまなら美月ちゃんにもこの絵に込めた思いが届くかもしれないと思ったからだ。
「この絵なんだけど……どうかな?」
「…………」
僕がキャンバスを差し出すと、美月ちゃんは黙って受け取った。
彼女に渡した絵はこの町の夜を描いたものだった。
夜なので町は各家庭の窓の明かりしかなく暗い。
海は黒から紺色に染まり、夜空との境がなくなっている。
そんな空にはポッカリと月が浮かんでいて、その光が映ることでかろうじて水平線を判別することができる。
夜明け前とも黄昏ともつかない空の色。
今日の午後大急ぎで仕上げたものなので多少粗いけど、なんとか描くことができた。
美月ちゃんはしばらくその絵を見ていたけど、やがてポツリと呟いた。
「……ごめんなさい……」
「どう?この絵は」
「……綺麗な絵だとは思います。だけど……」
「気に入らない……か」
「はい……」
美月ちゃんは申し訳なさそうな顔をしたけど、僕としては狙い通りだった。
「あたしもなにかが足りないような気がするのよね」
ベットに腰掛け、美月ちゃんの両肩に手を乗せながら、横から絵を覗き込んでいた夏樹が横から口を挟んだ。ちなみに春花さんはすでに仕事に戻っていた。
僕もその隣で絵をジッと眺めた。キャンバスの中は月の光に溢れている。
だけど、そこにはたしかになにかが足りていない。
それを二人も感じているのだ。
そんな二人の様子に手応えを感じながら僕は準備を始めた。
持ってきていたイーゼルを立て、画材道具の準備をする。
本当は病院でこういうことをするのはいけないんだけど、ここは一人部屋だし、春花さんにもお目こぼしを頼んでいるので大丈夫だろう。
スケッチブックに満ちたヒカリ。足りない物は……。
「そうだ、影がないんだ!」
そう言って夏樹がポンと手を叩いた。僕は頷く。
「そうだよ。あまりにも空が見えすぎているんだ」
「見えすぎ……ですか?」
美月ちゃんも興味があるように僕の絵を覗き込んだ。
僕はその絵をイーゼルに掛け、絵筆を持つと、その絵に雲を描き込み始めた。
夜明け前の雲は暗いが決して黒くはなく、どこか青みを帯びている。
晴天続きで最近はとんと見ない『夜の雲』を思い出しながら、スケッチブックの夜空に浮かべていった。出来上がったより鮮明な『夜』。
そして次に街に白い霧を描き込んでいく。それは夜明け前の景色。
街は煙の中で眠り、その中で人は……夢を見る。
「どう? 美月ちゃん」
美月ちゃんを見るとすでにキャンバスの景色に見入っているようだった。
「素敵です。暗い部分が多くなったのに……さっきより温かい気がします」
「……見えないことで、夢見ることができるからだよ」
僕はちょうど夏樹とで美月ちゃんをサンドするような位置に腰掛けた。
僕はこの絵を通して彼女に想像することの楽しさを思い出して欲しかった。
敢えて未完成の形で持ってきたのは、その雲や霧の向こう側にも景色があることを知ってもらうためだ。
雲や霧の向こうには町並みがある。
そこからそこに住む人の営みまで想像できたらこの絵はもっと深くなる。
そういうイメージを美月ちゃんにも持って欲しかった。
「人は見たいモノを夢見る力があるんだ。そうして思い描いた物を画家は一〇〇%顕現しようとしてるんだけど……なかなかうまくいかないんだ」
頭に浮かんだイメージをそのまま形にすることができたらどんなに素敵だろう。
描き上げた絵にイメージしたような輝きが無くて、何度苦悩したことか。
僕は美月ちゃんの頭にポンと手を置いた。
「思い出したくない記憶に蓋をして、夢見ることができないのはもったいないよ」
美月ちゃんはサッと表情を変えた。小さな肩が震えている。
「……浮かんでくるんです……変わらない人たちの顔が……あの時の辛さが……そのときに引き戻されたみたいにハッキリと再生されるんです。ちょっとしたはずみで……押さえ込んだ記憶が溢れそうになるんです。思い出したくないのに……」
「でも……思い出を否定しちゃったら楽しいことを夢見ることもできないよ?」
「それでも……思い出したくないことを思い出すよりはいいです」
そう言って美月ちゃんは俯いてしまった。
「本当に? 本当にそれで良いの?」
「私には……他に方法が思いつかないんです……」
「だったら……辛い記憶は楽しい記憶で塗りつぶしちゃえば?」
美月ちゃんは驚いたように顔を上げた。
そんな彼女に夏樹は優しい口調で語りかけた。
「美月ちゃんのこれからはきっと楽しいものになると思うわ。だってあたしや誠一や姉さんがいるんだもん。もう美月ちゃんは独りぼっちじゃない。だからこれからいくらでも楽しい思い出が作れるわ。辛い思い出に蓋をするよりも楽しい思い出で塗りつぶしちゃおうよ。楽しい思い出でいっぱいになれば、辛い思い出もいつか笑い話になる」
「……そう……でしょうか?」
夏樹は微笑むと美月ちゃんのベットに腰掛け、彼女をゆっくりと抱きしめた。
美月ちゃんはビックリしたようだった。
だけど徐々に緊張を解いて夏樹の肩に顔をうずめた。
しばらくすると夏樹の腕の中からしゃくり上げる声が聞こえてきた。
「私……もう一人はイヤです……繋がっていたいです……」
「うん……」
「消えないで下さい……私を……置いていかないで下さい……」
「うん……大丈夫。あたし達はここにいるよ」
「……はい……うぅ……」
美月ちゃんはもう言葉にならないようだった。
ただ夏樹の腕の中で泣き続けた。
沈みかけの太陽が放つオレンジ色の光が差し込む病室の中。
夏樹はそんな美月ちゃんの頭を優しく撫で続けた。
差し込む光が影を際立たせ、美月ちゃんの長い艶やかな髪が輝いている。
まるで一枚の絵画を見ているようだった。
そんな二人の様子を僕は黙って見ていた。
思わず今の二人の姿を絵にしたいと思ったけど……多分無理だろう。
どんな画家であってもこの瞬間を切り取ることなんてできない。
「ふぅ……」
二人に聞こえないくらいの声で、僕は小さく溜息を吐いた。
今回僕は美月ちゃんのためにどれほどのことができたのだろう?
僕の絵にどれほどの効果があったかはわからない。
むしろ今の夏樹の温もりの前では無力だったように思える。
それでも……ほんのちょっとだけでも彼女のことを救う手伝いができていたのだろうか。……そうだったら嬉しい。
全ては些細なことの積み重なりだった。
春花さんが美月ちゃんのを見抜いら。
僕が絵を描き、夏樹が抱きしめる。それだけじゃない。
遠く離れた場所で“きっかけ”をくれた柄沢さんと天野くん。
ヒントをくれたあのギターの男子生徒。
全ては繋がっていた。
今回美月ちゃんを救えたのはその“繋がり”のおかげ。
そして僕らが真っ直ぐ向き合ったからこそ勝ち得たものなんだと思う。
「真っ直ぐ……か……」
二人に聞こえないくらいの声で呟く。
後悔しないために、僕はある決意を固めた。
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