お兄ちゃんがお父さんとお母さんを喰べた

沖野なごむ

第1話 喰事

世界は終わりへと向かっている。

核戦争からウイルス兵器まで使い、醜い戦いで人間は自らの生活に首を絞めた。


それでも私たち家族はまだ生きていた。

お兄ちゃんはウイルス感染し、今も血を吐きながらも生きている。


使われすぎたウイルス兵器は幾度も変異し、お兄ちゃんはなんの感染をしているのかも分かっていない。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


防護服を着たお父さんに担がれたお兄ちゃんは辛そうだ。

15歳のお兄ちゃん、本当なら成長期で身体だって強く大きくなれるはずの歳。

学校に通って部活して、みんなで楽しく笑いあって居られた。


私だってそうだ。

14歳の私は、今や廃れた建物に拳銃片手に忍びんで食べ物を漁っている。


みんな、生きるのに必死だ。


「お母さん、これ……」


私が物色中に見つけたのは、避難勧告だった。

まだ新しい。


私たちはいくつもの土地を巡り歩いてきたが、その中でも最も警戒しているものだった。


「あなた、感染者がこの街は多いみたいなの……今夜はどうするの?」

「感染者か……」


感染者、ウイルス兵器の中で、最も厄介なのは映画でも知っているいわゆるゾンビ。


血と肉を求めて彷徨う亡霊たち。


兵器を使った国は、敵国にばら撒まいてその後ミサイルで国ごと吹き飛ばしたらしいけど、どこからか自国にウイルスが蔓延し自滅、そうして世界に災厄を撒き散らした。

感染力が異常だから、今もゾンビは増えていく。


「装備を確認して補充、サイレンサーも付けておけ。群がられたら終わりだ」


お父さんは元自衛隊だった。

私たちがこうして家族で生きていられるのも、お父さんが銃の扱い方を教えてくれたからだった。


初めて人を撃った時の事は今でも思い出す。


「……基地まであと少しだってのに」

「でもあなた、真斗の病気を本当に調べてくれるのかしら……そもそも基地が機能しているかもわからないのだし」

「仕方ないだろ。それにお前だって……」


私たちが基地へ向かうのはお兄ちゃんの病気を治せる可能性を探るためだった。


お父さんは基地が機能している可能性は低いと言った。

通信がないからだ。


電話をする為の基地局は軍事作戦の影響を受けて壊された。

頼りの無線も、誰も反応しない。


そもそも基地が機能していたとして、お兄ちゃんも何らかの感染者だ。

殺される可能性が高い。


「お父さん!なんか音がする!」

「これは……ミサイルか?!」


でも音は随分と遠い。

光が僅かに届いた。


それが、ただのミサイルでは無かった事がわかったときにはもう遅かった。


「お兄ちゃん?!」


核ミサイルの光を僅かに私たちは浴びた。

防護服を着ていなかったお兄ちゃんはその光を浴びて唸りだした。


「ぐがっ?!」


お兄ちゃんはお父さんの首に噛み付いた。

防護服ごと噛みちぎって喰べている。


「いやぁぁぁぁ!あなたぁぁ!!」

「……なんで、こんな……」


お父さんの腕が引きちぎられた。

それが、通常のゾンビではありえない事は私にもわかった。


「くっ……逃げろ!」


お父さんは片腕でお兄ちゃんを押さえてのしかかり、血みどろになりながら時間を稼いでくれている。


「あなた……」


お母さんは地面に膝をついて途方に暮れている。


「お母さん!他のゾンビがっ」


音と血の匂いにゾンビたちが続々と現れ始めた。

私は震えながらも拳銃をゾンビたちに向けた。


私たちはもう死ぬ。

お父さんはお兄ちゃんに喰われて、今はもう息をしていない。


「真斗……お父さんを喰べちゃ駄目でしょ?」

「お母さん?!」


お母さんはゆっくりとお兄ちゃんに近寄り、お兄ちゃんが腕で薙ぎ払うとお母さんの胴体は真っ二つになった。

お母さんの返り血が私に降りかかった。


「お母さん……お兄ちゃん……」


私も、お母さんのように絶望で狂えたらよかった。

いっそこれは夢だと、そう割り切って死ねたら……


「……奏」

「お、お母さん……」


血だらけの手で私の頬に触れた。

あたたかくて、優しかった。


「真斗のこと、お願い、ね……」


そう言って微笑んだお母さんは、拳銃で頭を撃ち抜いて自殺した。


「……お願いねって……」


お願いってなに……

もう、化け物になっちゃったよ。


私だけ残して、死なないでよ。


「……私も、死ねばいいんだ」


もう、生きていても意味なんて無いんだ。

お父さんもお母さんも、死んだ。

ゾンビたちはあと50メートルも歩けば私を喰べに来る。


目の前にはお母さんを喰べ始めたお兄ちゃん。


「どうせ喰べられるなら、まだお兄ちゃんの方がマシ、だよね?」


私も拳銃を頭に突き付けた。


「レイナ!健人!雑魚どもを蹴散らせ!」


どこからか知らない声が高らかに響いた。


「オレは異曝者いばくしゃを抑える!花蓮は女の子の保護!」

「っは!」


突如現れたのは白い戦闘服を身につけた人達だった。

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