Call me later.
涼浜 侑斗
Call me now.
「ねぇ、冗談きついって。」
そういう貴方の顔色は最悪で、さっきまで電話の音うっとおしいねと笑っていた貴方とは別人だった。
少し電話でてくると言ってからなかなか帰ってこない貴方を探すように先生から要請がかかったのは、貴方がクラスに現れなくてだいぶ経った頃だ。始業のベルが鳴って、最初こそ、和やかな調子でさとちゃん来ないねと先生と歓談していた私だが、いつも時間に正確で、5分前には机に座っている貴方を心配し始めたのが、ベルが鳴って、短針が30度傾いた時。そろそろ授業を始めると声をかけて来てと心配そうな顔をした先生から頼まれたのは、ベルの音から短針が90度もかたむいた頃だった。それから、貴方を見つけた瞬間聞こえた第一声。普段から、友人関係に淡泊で、家族に対しても敬語を使う彼女が少し強い口調で放った言葉は私を少なからず動揺させた。貴方にしては珍しく周りがみえてないのだろうか、視界に入っているはずの私を無視して貴方は話し続けている。
「嘘、だよね?ねぇ、嘘って言って。ごめんねって。今日エイプリルフールでもなんでもないよ。しかも、平日。私まだ学校なんだよ?ねぇ、嘘だって。ねぇ、、お願い。お願いだから。このまま、じゃ、ねぇ、いられないから、ねぇ、なんで、ねぇ、お願い、だから、分かるでしょ。」
そう言って、私の目の前で崩れ落ちそうになる貴方を反射的に私は受け止める。
「ねぇ、嫌だ。嫌。」
それから、相手が何か言ったのだろう。
「分かった。うん、また、掛け直すから。うん、またね。後で。」
そう言って貴方がスマートフォンから耳を離す。
「さとちゃん?」
貴方の名前を呼ぶまで私の存在には気づいていなかったのかもしれない、
虚ろな目をした貴方が私を映すまで少しのタイムラグがあった。
「あぁ、ごめんね。あぁ、大丈夫だから。授業かしら?ごめんなさいね。本当に。」
貴方が私に抱き留めてられていることにやっとに気づいて貴方は表情の無い目で無理矢理笑って私に謝罪をした。
「本当に?大丈夫?」
「大丈夫だから。あぁ、こんな時間、先生に謝らないと。そう。その前に教材をとりに行かないと。貴重な授業時間を無駄にしてしまったわ。そう、行かないと」
貴方が見た事もないくらい動揺しているのは傍から見ても明らかなのに。
それを自分では気づいていないのかもしれない。
「さなちゃん。ごめんなさいね。呼んでくれてありがとう。」
貴方は本当に顔面蒼白で、まるで絵にかいたようで、見てられなくて、それでもどうしていいか私には分からなくて、私より少しだけ背の高い貴方を見て頷くことしかできなかった。
「先生。ごめんなさい。遅れました」
「あぁ、大丈夫よ。え、早野さん??
どう、どうしたの???」
いつも冷静な貴方のいつもとは全く違う表情に先生は本当にびっくりしたのだろう。
顔を上げた瞬間の先生の動揺が私にまで伝わってくるようで、私も何か返したかったのだけれどなんて言っていいかわからず、ただ下を向くことしかできなかった。貴方が表情の無い顔で笑って言葉を吐き出す。
「あぁ、あの。親友が、重傷だって。交通事故だって、ねぇ。笑っちゃいますよね。
ね、きっと冗談ですよね。そう。質の悪い冗談。全く、授業前に電話なんて困りますよね。彼女なら、ちゃんと生きて戻ってきてくれますよね。私まだちゃんとごめんって伝えてなくて、彼女を、傷つけた、、、ま、まで、、だから、謝らない、と、好きでごめんて、、ちゃんと幸せになっ、、てって、伝えたいのに、、、私が子供だか、らっ、、その、一言がっ、、言え、なくっ、て。このまま、このまま、終わりになんて、、でき、無い、、なんで、あと、、1、年で、って、、、まだ、待ってって、なんで、傍にいれ、な、い、、ねぇ、、会いたい、、、ごめんね、、ごめん、、」
そう言って泣き崩れる貴方をどうすることもできなくて、柄にもなく、子供のように泣いている貴方を見下ろすことしかできない無力で、他人行儀な私。まだ、貴方の中でも思考が固まっていないからだろう。それは誰かに話しているというよりも言葉を必死の吐き出しているようだった。いつもの貴方とは思えないほどに整っていない言葉が貴方の苦しさを助長させているようだった。それから、こんなにも貴方の心を揺らせる人物は凄いなと勝手なことを思う。
私は泣き崩れた貴方から目を移し、ゆっくりと前を見て、先生を見つめて、どうしていいかと、目で問いたいのに、先生もどうしていいか分からないように、私を見つめていた。私達の時は貴方を跨いで、まるで止まってしまったかのようだった。
それでも、止まった時をなんとか動かすように、
「あの、大丈夫だよ。」
と教室に私の声が響く。反射的に言ってしまった。大丈夫だよ、なんてあまりにも無責任じゃないかと私の中で、私が言う。でもそれ以外掛ける言葉が無かったじゃないかと私は返す。回らない頭で重い口を開いて、
「大丈夫だから、、、ね、大丈夫」
と私の言葉は止まれない。
貴方が、さとちゃんが、それで納得したなんて思ってないけど、私の声が聞こえたのか、かがんだ私を見て、頷いたさとちゃんが一言答える。
「うん。」
私が肩に添えた手に少し顔を寄せて、涙を残したまま寂しそうに笑う彼女は見ていられないほどに痛々しかった。彼女の長い髪から少しだけ薫る香水は私の気分をなぜか高揚させた。
昔と変わらない街並み。
少し古い郵便受け。変わらない「近沢」の文字を読む。
アパートの階段の下。少し暗い場所。隣の駐輪場はアパートの住人専用のはずなのに、いつから止めてあるのか分からない自転車が何台も止まっている。奥に見える自動車はどれも家族用のものばかり。私の思い出の場所。最後に彼女とここで会って以来になるから、もう2年にもなろうか。感傷に浸る私をよそに、朝日が少し眩しい。あの時はもう夜で月がでていただろうか。いやあの日は新月だった、いや雲っていたのか、今にも雨が降りそうだった空で今日とは真逆の天気だったかなと私は思った。
「早野さん?」
立ち去ろうとすれば、私を呼ぶ声がする。懐かしい声。彼女に似てるけど、違う人の声。振り替えれば。私を見て微笑む顔。
「こんにちは。久しぶりね。」
「お久しぶりです。近沢さん。」
「帰ってきていたのね。」
「はい。つい昨日。帰国したばかりです。」
「そう。あきから聞いてびっくりしたのよ。ドイツに行ってたのね。もう、本帰国なのかしら。」
「はい。そうなんです。」
「そう、あ。あきに会っていかない?」
日常会話のように自然に切り出す顔。
「、、いや。いいです。」
少しの躊躇の後私は答える。
「そう。」
少し寂しそうにして、納得した顔。そういう諦めのいいとこまで彼女とそっくりだと思った。もうすこし、諦め悪くてもいいのになとめんどくさい私は思う。私を責めてくれと。沈黙を埋めるように私は言葉を紡ぐ。
「あの、」
「ん?」
「あーちゃん、いや、あきさんはまだ絵を描いてますか?」
間髪いれずに回答が返ってくる。
「描いてると思うわ。きっと。」
少しだけ上向いて彼女の部屋を見る顔。
「そうですね。」
私はまた、郵便受けの「近沢」の文字を見る。日本の新聞を見るのも久し振りだと自分から質問したくせに余計なことを考えながら。
「今日はこの後予定があるのかしら?」
視線を私に戻して、微笑んだ顔。
「えぇ、」
私は頷く。
「引き止めてごめんなさいね。」
軽く笑う顔。
「いいえ。こちらこそ、声をかけてくれてありがとうございます。」
「それじゃあ。また。」
「はい。また。」
それからお互い背を向けて、少し雨が残る道を私はまた歩きだす。さっきより少し上を向いて。
Call me later. 涼浜 侑斗 @Ryota_1931_ka
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