指輪(後)
「車通勤したい……」
「確かに楽だけど、こうやって侑と電車通勤ってのも好きだけどな」
「私も、玲依ちゃんと通勤は嬉しいよ」
玲依ちゃんはそこに立っているだけで視線を引き寄せる。出来るならば、閉じ込めて誰にも見せたくないな、なんてね。
「ふわぁ~ねむ……」
「寄りかかって寝ていいよ。ごめんね」
「ううん、大丈夫」
寝るのが遅くなっちゃったから、玲依ちゃんは眠そうに目をこすっている。可愛い。きっとこんなに油断した姿、会社の人は知らないだろうな。もちろん、知らなくていいんだけど。
電車を降りて会社までの道を歩けば、チラチラ視線を感じる。同じ会社の人か、玲依ちゃん目当ての人、どっちかな。
「ねぇ玲依ちゃん、夜ご飯何食べたい?」
「用意してくれてても食べられないかもだし、大丈夫」
「夜から会議入ってるんだもんね。軽めになにか用意しておくね」
共有してくれているスケジュールを見れば、毎日どれだけ忙しいかが分かる。
それでも、きっと疲れなんて見せずに頑張ってるんだろうな。家ではリラックスして貰えるように、精一杯支えよう。もちろん、仕事も頑張るけど。
「ありがと。侑が待っててくれるから、頑張れる」
「え、好き」
「ふふ、私も好き」
あぁ、私の奥さんが今日も朝から最高に可愛いです。
「玲依ちゃん、会社行きたくない」
「もう見えてるけど?」
「そうなんだけど。玲依ちゃんと離れるのやだな」
「夜会えるから、頑張ろ」
家にいる時は甘えてくるのに、今はもう仕事モードでそのギャップが堪らない。同じ部署だったなら、毎日集中出来ないに違いないから、違くてよかったのかな。玲依ちゃんと同じ部署の皆さんを尊敬する……
「あれ、川上さん……?」
出勤する社員の流れに逆らって、川上さんが会社から出てきた。
「ん? あぁ。これから外出だね。川上さん、おはよう。準備はバッチリ?」
「課長、山崎さん、おはようございます。昨日確認いただきましたし、バッチリです」
「頼もしい。よろしくね」
「はい!」
玲依ちゃんに信頼されるっていいな。やっぱり、同じ部署も羨ましいかもしれない……
「侑? どうしたの?」
考え事をしていたらもう川上さんは居なくて、玲依ちゃんが心配そうに見上げてくる。かわい……
「ごめん。なんでもない」
「そ? 行こっか」
「はーい」
今日は早く仕事を終わらせて、美味しいものを作って待っていよう。
「お疲れさま。これ、うちのチームに届いたんだけど、担当って誰か分かる? ……あれ?」
「お疲れ様です。私が担当です。ありがとうございます」
「ちょっと時間ある?」
「あ、はい」
出勤して仕事を始めてから、今日で何度目かのやり取りに苦笑しつつ先輩の後をついて行く。
玲依ちゃんの方は大丈夫かな? 課長だし、直接聞かれたりとかは無いかもしれないけど。
「侑ちゃん結婚したの?」
「えっと、婚約、みたいな感じですかね」
「おめでとう! 相手って、企画課の高野課長だったりする?」
「ありがとうございます。そうです。ご存知でしたか?」
「ごめんね。噂でちょっと聞いてて。さっき、営業部の子から、高野課長が左手薬指に指輪をしてきて男性陣が使い物にならない、ってチャットが……」
「あぁ、それはなんというか……」
自分にもチャンスが、って考えていたか、アイドル的存在の玲依ちゃんに相手が、っていうどっちもありそうだよね。もう玲依ちゃんは私のなので、誰にも渡しませんよ。
「今度色々話聞かせてね。仕事中ごめんね。今日も頑張ろう!」
「はい。頑張りましょう」
席に戻って、さっき受け取った書類を確認する。視界に入る指輪に、自然と口角が上がるのを感じた。
買い物をしてご飯も作り終え、お風呂にも入った。あとは玲依ちゃんの帰りを待つだけ。
そろそろ打ち合わせも終わるだろうし、迎えに行こうかな、と思っていればメッセージが届いた。
【打ち合わせが延びててまだ帰れそうにないから、今日は迎え大丈夫。タクシーで帰るから、先に寝てね】
そろそろ会えるかな、と思っていたから残念だけど、お仕事なら仕方がない。
今は一緒に住んでるし、朝だって会えるけど、私は夜型だし起きてるのは全然苦じゃないから待っていよう。映画でも見てようかな。
23時を過ぎた頃、玄関が開く音がした。
ダッシュで玄関に向かえば、電気がついているから起きていることは気づいていたのか、玲依ちゃんがホッとしたように笑ってくれた。
この笑顔が見られただけで、待っていてよかったって思える。
「玲依ちゃん、おかえり!」
「侑、ただいま。つかれたぁー」
「遅くまでお疲れ様。ご飯食べる? お風呂? それともぎゅーする?」
「お風呂の後に両方でもいい?」
「もちろん!! 大歓迎」
お風呂に入った後で、ご飯を食べてる玲依ちゃんを抱きしめていいってことでしょ? 何その最高なやつ。
「お風呂入ってる間にご飯用意しておくね」
「ごめんね、ありがと」
「ううん。ごゆっくりー」
お仕事終わりの玲依ちゃんがおうちモードになる瞬間って物凄く特別感。沢山甘えてくれたら嬉しいな。
「ゆーちゃん、お嫁においで?」
玲依ちゃんを足の間に座らせて、お腹に手を回して抱きしめていたら、見上げてきてまたプロポーズして頂きました。何この可愛い人?
「うん。もう来てるよね」
「そうなんだけど、言いたくなっちゃった。家に帰ってきて、電気がついてて、おかえり、って侑が迎えてくれるなんて嬉しい。ご飯もスープもおいしい」
「……うん。良かった。おかわりあるよ?」
なんかジーンとした。一緒に帰ってきた日も、毎日おかえり、って迎えよう。
「うーん、食べすぎちゃうから、やめとく」
「じゃあ、朝にしよっか」
「うん」
この、身を任せてくれる感じがキュンキュンする。
「侑、可愛い」
「え? どう考えても玲依ちゃんの方だと思うけど」
「なんか嬉しそうで」
「それはそう。玲依ちゃんが甘えてくれて嬉しいもん」
「ゆーちゃん、可愛いねぇ」
そう言って頭をわしゃわしゃ撫でてくる玲依ちゃんが可愛いんですけど? キュン通り越してるんですけど。
「ふわぁ~」
「眠い?」
「眠い……でももうちょっと起きてる」
「そうだね。食べたあとだし、もうちょっと時間開けた方がいいね」
「うん……なんかお話しよ?」
お話しよ? って可愛いかよ……今日1日で玲依ちゃんの可愛さに何回悶えればいいんだろうか?
「玲依ちゃんの方は指輪の反応あった? 私は沢山聞かれたよ。みんな祝福してくれた」
「良かった。私の方は、直接聞かれたりは無かったかな。お昼に弥生が悔しがってたけど」
「昨日来れなかったから?」
「そうそう。もし嫌じゃなければ、広報誌用に写真撮らせて欲しい、って言ってた。結婚した人が載ってるページ分かる? そこに載せたいって」
さすが弥生さん。せっかく広報誌に載せてもらうなら、ちゃんとした写真の方がいいのかな? 結婚式の時の写真を載せてる人が多かった気がするし。
「分かるよ。フォトウェディングの写真がいい? でも、ウエディングドレスの玲依ちゃんを載せるのは……」
普段でも美人さんなのに、ウエディングドレスなんて着たらどうなるの? 見せびらかしたいような、見せたくないような……そもそも、予約すらまだだけど。
「ふふ。旅行の写真載せてる人も居るし。まだ期限は先だから、ゆっくり決めよう」
まだ撮ってもいないのに頭を抱える私を見て、クスリと笑った玲依ちゃんはやっぱり大人。私の考えなんてお見通しってことかな。
「ねぇ玲依ちゃん、好き?」
「すき。ちゅーは?」
触れるだけのキスをすれば、ふにゃ、と笑う玲依ちゃんがとんでもなく可愛い。もう眠いよね。
もう時間も遅いし、今日は絶対手を出さない、と固く誓ってもう一度唇を重ねた。
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