指輪(前)

 今日は刻印を頼んでいた指輪を取りに行く予定だったのに、私は会社にいる。

 出来上がり予定が日曜日だったから一緒に行けると思ってたのに、急遽出勤になってしまって、今頃侑が1人で取りに行ってくれているはず。私が終わるまで待ちきれなかったらしい。昨日からずっとそわそわしていて可愛かった。



「課長、何かいい事あったんですか?」

「ふふ、秘密。資料もらうね」

「あ、はい! ご確認お願いします」

「ありがとう」


 課のメンバーから資料を受け取って、浮ついた気持ちを引き締めた。


 仕事を終えてスマホを見れば、着いた、と侑から連絡が入っていた。

 早く来ちゃうから少し遅めの予定を伝えているのに、いつも侑の方が早い。私に早く会いたい、ってことでいいのかな。


 営業部の前を通れば朱音と奈央ちゃんの姿が見えた。営業部とはパーテーションで区切られているだけだから、立ち上がればよく見える。向こうも気づいたのか、2人揃って手を振ってくれた。



「侑、ごめんね。迎えありがとう」

「玲依ちゃん、お疲れ様。車、いつものパーキングだから」

「うん。指輪、受け取れた?」

「受け取れた! 車に置いてくるの心配で、リュックの中」

「ふふ、可愛い」


 あっという間に車に到着して、駐車料金を支払って車に乗って、すぐに左手を差し出した。


「侑、つけてくれる?」

「えっ、今?」

「うん。すぐにつけたい」

「わ、ちょっと待ってね」

「15分あるし、焦らなくていいよ」

「いや、そういう焦りじゃないんだけど……」


 照れながらも、指輪を左手薬指につけてくれた侑が愛しすぎて胸が苦しい。


「侑、なんでそんなに可愛いの?」

「いや、玲依ちゃんの方が可愛いから。しかもハーフアップ反則じゃない? それ会社の人に見せたの? こんなに可愛いのにどうするの?」

「なんの心配?」

「玲依ちゃんが誰かに取られちゃう心配!」

「ないって」

「あるでしょ! こんなに可愛いんだから」


 なんとも思っていない職場のメンバーに対して嫉妬しているなんて可愛いし、嫉妬してくれて嬉しい。


「侑も手出して?」

「……うん」

「はい。なんか、嬉しいね」

「……うん」

「ずっと、よろしくね」

「もちろんです」

「ご飯なにか食べていく? 何が食べたい?」

「お肉!」

「ふふ、じゃあ、前に行った焼肉屋さん行こうか」


 侑に告白したのが随分昔のように思えるけど、まだそんなに経ってないんだよね。同じことを思ったのか、侑もこっちを見ていて、2人で笑いあった。ああ、幸せだなぁ。



「あれ、朱音さんと奈央?」


 会社近くの信号で止まったところで、侑が会社の方を見て呟いた。

 見れば、2人がちょうど会社から出てきたところだった。


「2人とも今終わったんだね。誘ってもいい?」

「うん。車停められないから、このまま向かっちゃうね」

「近いし、大丈夫」


 朱音の番号を表示させて電話をかけると、すぐに出てくれた。


『玲依おつかれー』

『お疲れ様。今会社の前過ぎたんだけど、2人ともこの後予定は?』

『会社の前過ぎた? ああ、侑ちゃんの車? どこかでご飯食べてから帰ろうか、って話してたところだけど』

『侑と焼肉行くんだけど、どう?』

『焼肉いいね! 奈央ちゃんに聞いてみるから待ってね……行く。現地集合でいい?』

『うん。お店で待ってる』

『はーい』

「OKって?」

「うん」

「弥生さんはいいの?」

「ちょっと聞いてみる」


 こういう気遣いが出来るところも好き。弥生にメッセージを送れば、行きたいけど予定あり、って返事が返ってきた。


「弥生は予定ありだって」

「そっか。4人では初めてだよね。玲依ちゃん、飲みすぎ注意ね?」

「今日は大丈夫!」

「本当かなぁ……」


 前に朱音達と飲んだ時には潰れちゃったから、今日はちゃんと気をつける。侑はちょっと心配そうだったけど、そんな心配いらないって。




「「「「かんぱーい」」」」

「ぷはー、仕事終わりのビールって最高!! 」

「本当。侑も飲もうよ。代行呼ぼう?」

「大丈夫。玲依ちゃんを連れて帰る使命があるから」


 侑だけ飲めないのは申し訳なくて、代行を提案したけれど、私を心配して飲まない、の一点張り。


「玲依、信用されてないけど?」

「今日は大丈夫だって言ったんだけどね……」

「侑、すっかりまるくなって……」

「奈央ちゃん、侑の昔の話、色々教えて?」

「どんなことが知りたいですか?」

「ちょっと、ダメ! 絶対ダメ!」


 必死で奈央ちゃんを止める侑と、ニヤニヤしている奈央ちゃん。そして、そんな2人を見ながらお酒が進む私と朱音。



「そろそろ聞いてもいい? 指輪それのこと」


 ある程度時間が経った所で、朱音が指輪を指差して聞いてくる。席に着いた時から、視線を感じていたし、ワクワクした表情を隠していなかった。


「侑ちゃんとペアだよね」

「うん。ペアリング。今日侑が受け取りに行ってくれて、さっきつけたばっかり」

「どこのやつ?」

「××××」

「えっ、それもう結婚指輪じゃん」


 さすが朱音。結婚指輪としても使えるように、ってあのお店を選んだ。どこまで話して大丈夫かな……


「侑、話しても平気?」

「うん」

「何れはそうなればいいなって思って選んだんだけど、結果的にもうそうなった感じ」

「え? どういうこと??」

「侑の誕生日の後から、同棲始めたんだ。あと、会社に同性パートナーの届けも出した」

「うわ、おめでとう!」

「おめでとうございます!! 侑、おめでとう~!!」

「ありがとう」

「えっ、奈央泣いてるじゃん……やめてよ移るから」


 今までの侑を知っている奈央ちゃんが泣き出しちゃって、侑も泣きそうになりつつ、奈央ちゃんを宥めている。


 プロポーズの翌日、迎えに来てくれた侑は、私が車に乗るなり、住所変更を終えた、と嬉しそうに住民票を見せてくれた。わざわざ持ってきたとか、可愛すぎだったな。


 会社への手続き書類も侑が用意してくれて、私は自分の住民票を取りに行くだけで済んだ。

 打ち合わせの時に部長に伝えれば、良かったな、と一言。前から気づいていただろうし、驚いている様子はなかった。



「明日からつけて仕事行くんでしょ?」

「うん」

「明日が楽しみだなー! きっとすぐに広まるよ。侑ちゃんもつけていくんでしょ?」

「そうだと思ってるけど……」


 そういえば、確認してなかった。同性パートナーの申請を、って言ってくれるくらいだから、つけると思い込んでたな……


「ふうん……ねぇ侑ちゃん、明日指輪していくの?」

「あ、はい。そのつもりでした。……玲依ちゃん、いい?」

「うん。嬉しい」

「侑~!! 幸せにねぇ~!!」

「奈央、ありがとう」

「玲依さん、侑をお願いします……!」

「うん。侑は私が幸せにするから、安心して」


 あ、奈央ちゃんがまた泣いちゃった。同期っていいよね。



「侑、今日はありがとう」

「ん? なんのありがとう?」

「指輪の受け取りも、運転も。あとは、2人を送ってくれて」


 明日も仕事だし、と早めに切り上げて、2人を家まで送り届けて帰ってきた。


「そんなの、私がしたくてした事だから」

「それでも、ありがとう」

「うん」


 謙虚なところも、優しいところも、大好き。


「ゆーちゃん、ちゅー」

「ふふ、ちょっと酔ってる?」


 優しく笑って、ちゅ、と音を立ててキスをしてくれた。お風呂も入らなきゃだけど、イチャイチャしたい気分。


「一緒にお風呂入ろ?」

「え、私は後でいいよ」

「嫌だ?」

「嫌、じゃないけど」

「お願い」

「……分かった」


 じっと見上げれば、少し悩んでOKしてくれた。



「玲依ちゃん、早く出よ?」

「シたくなった?」

「うん。なんかもう、色々目に毒」

「……んっ、くすぐったい」


 後ろから首筋を舐められて、甘噛みされてぞくりとした。ここで侑を煽るのは良くないから、早く出よう。


 髪を乾かしてくれて、歯磨きを終えてすぐに寝室に運ばれた。


「玲依ちゃん、明日早い?」

「早い、って言ったらやめちゃう?」

「やめ……れないかな」

「可愛い。ゆっくりで大丈夫だから、一緒に出勤しよ?」

「行こ。じゃあ、まだ時間あるね」


 私の返事を聞くまでもなく、口付けが降ってきた。


「左手だけ見ると、なんかいけないことしてるみたい」

「人妻感?」

「人妻……えろ……玲依ちゃんはもう人妻みたいなものだもんね」

「ふふ、侑もね」

「あー、無理、可愛い。明日休みたい……」

「だーめ」

「月曜日なんて嫌い」


 頬を膨らませる侑が子供みたいで可愛い。私の腰を撫でる手つきは全然可愛くないけど……


「侑、お手柔らかにお願いね?」

「ガンバリマス」


 ちょっと怪しいけど、明日も仕事だし、大丈夫だよね。日付が変わる前には寝かせて欲しいな、と思いながら、重ねられた唇を受け入れた。

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