未来の約束

「玲依ちゃん、ちゃんと見せて」

「……っ、ほんと、変態……無理だって」

「今日誕生日なのに……だめ?」

「……今日だけだからね」

「…………うん」

「その間は何?」


 昨日の誕生日当日は普段はお願い出来ないあれこれをお願いして、ほとんどの時間を家で過ごした。


 途中で予約してくれていたケーキを取りに行って、ここぞとばかりに密かにやりたいなと願っていた事をお願いした。最初は難色を示したけど、何だかんだ受け入れてくれるんだから優しい。

 生クリームでベタベタする、って玲依ちゃんは顔を顰めていて、お風呂に連れ込もうとしたら見事に仕返しされたのは誤算だったけど、Sな玲依ちゃんも好きです……


 恥ずかしがる玲依ちゃんを沢山見られたし、とにかく玲依ちゃんが可愛すぎて、今までで1番最高の誕生日だったのは間違いない。



 そして、迎えた日曜日。今日は玲依ちゃんが行きたい、と言っていたところに連れていくため、車を走らせている。聞いても教えてくれないんだけど、どこに行きたいんだろ?


「お店は駐車場無いからコインパーキングに停めてもらえる? ここからだと少し歩くんだけど」

「ん。了解」


 玲依ちゃんに言われるがまま車を走らせ、コインパーキングに車を停めた。


「……え、ここ?」

「そう。行こう?」

「あ、うん」


 ここって、結婚指輪で有名なんじゃないっけ? CMで見た気がする……


「高野様、お待ちしておりました」

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願い致します。お部屋にご案内しますね」

「ありがとうございます」


 まさかの個室……!?

 そわそわ落ち着かない私と、そんな私を見てくすくす笑う玲依ちゃんを見て、見送ってくれた店員さん達から微笑ましげな視線が送られていた気がする。



「……ねぇ、玲依ちゃん。ここ、初めてじゃないの?」

「誰かと来たことがある、とかじゃないからね? 事前にちょっとね」


 部屋に入って2人になったから、疑問に思ったことを聞いてみた。顔見知りの様子に、昔の彼氏と……? なんて思ったのが顔に出たのか、すぐに否定してくれた。下見に来てたってこと……?


 コンコン


「失礼します。こちらが事前にお選びいただいた指輪になります」

「ありがとうございます。侑が好きそうかな、って思って選んだやつだけど、他のも見られるから、気に入るのがなければ言ってね」


 ある程度予約の時に伝えていたのか、シンプルで普段使いが出来そうな指輪がいくつか並べられた。

 ……ですよね。やっぱり指輪だった。


 説明してもらって、手に取ってご覧になってください、と言って貰えたから手に取ってみれば、どれも形が違っていて、埋め込まれたダイヤはキラキラ輝いていた。

 あの、値段が見当たらないんですが……?


 玲依ちゃんを見ても、きっと私の困惑には気づいているだろうけど、微笑まれるだけで教えてくれそうにない。


「これがいい。これが1番玲依ちゃんに似合いそう」


 ウェーブタイプのものを示せば、玲依ちゃんが驚いたけど、予想外だったとか?


「そちらは、高野様も1番恋人に似合うと思う、と仰っていましたね」


 お互いが相手に似合う、と思っていたなんて、なんだかもうこの指輪しかない気がした。



「玲依ちゃんのは私が買うからね」

「残念。もう払ってます」

「嘘!? いつ?」

「さっき。刻印のイメージを見に言ってたでしょ? その時」


 せめて玲依ちゃんの分は買いたい、と申し出たけれど、もう支払いが終わっていた……

 店員さんが、刻印も入れられますので、実物を見てみませんか、って声をかけてくれて見に行った時か。


 私はもう見たから行っておいで、って笑顔で送り出されたんだよね……店員さんたちもやけに丁寧に説明してくれるな、とは思ってたんだ……


 2人のイニシャルを刻印してもらうことにしたから、受け取れるのは2週間後らしい。楽しみだな。



「あ、駐車場契約したから、直接家に帰ろう」

「え、もう契約してくれてたの?」

「うん。空き状況確認したら今なら空いてるって言われたからその場で契約しちゃった」


 なんかもう、段取りがすごすぎて……私が追いつける日は来るのかな?

 私なら絶対そわそわしちゃって即バレること間違いない。



「侑、おかえり」

「……ただいま」


 なんか、ジーンとした。これからはこれが日常になるんだもんね。



「侑、運転ありがとね」


 ソファに座れば、玲依ちゃんからお礼を言われた。毎回、ありがとうって言ってくれるんだよね。


「ううん。指輪ありがとう。出来上がるのが楽しみ。別の形でお返しするから」

「侑がいてくれれば、そんなのいらない」

「玲依ちゃん……」


 玲依ちゃんはどこまでかっこいいんだろう? 


「これは私のエゴだから……昨日も言ったけど、私は侑とこの先も一緒に居たいって思ってる。結婚は出来ないけど、パートナーとして。侑はまだ若いから、返事はいつまででも待つから。ちょっと飲み物取ってくるね」

「待って」

「ん?」


 優しく微笑んで立ち上がった玲依ちゃんの手を引いて、もう1回座ってもらった。返事なんて、1つしかないのに。


「玲依ちゃんのパートナーになりたい。私は歳下でまだまだ頼りないけど、玲依ちゃんを誰よりも愛してる。これからもずっと、隣で笑ってて欲しいし、私が幸せにしたい。この先の人生、玲依ちゃんと生きていきたい」

「えっ……」

「これから頑張って隣に立てるようになるから」


 私の気持ちを伝えれば、玲依ちゃんは目元を手で覆って俯いた。


「侑はまだ若いし、この先の人生を決めるのは早いかな、って思ってて……」

「うん」


 私が歳下だから、って色々考えるように、玲依ちゃんも色々考えていたんだろうな。


「後悔しない?」

「するわけない。玲依ちゃんこそ、後悔しない?」

「しない。そんな気持ちなら、指輪なんて贈らない」


 即答してくれた玲依ちゃんに愛しさが溢れて、その気持ちのまま唇を重ねた。



「玲依ちゃん、会社に届出するのって嫌?」

「届出……? ああ。同性パートナーの届出?」


 ベッドに寝転んだまま隣を見れば、一瞬考えて、すぐに理解したように頷いた。


 今年の4月から、同性パートナーの就業規則と福利厚生が整備がされた。同じチームのメンバーが担当をしていて、ミーティングで運用開始の話を共有されていた。


 それを聞いた時に手続きを調べたけど、まだ私じゃ釣り合わないよな、と当分先だと思っていた。


「うん。会社内だけだけど、同居してるって分かる住民票があれば同性パートナーでも配偶者扱いしてもらえるようになったから、万が一、玲依ちゃんが転勤とかになっても安心だし、慶弔休暇だって取れるよ。新婚旅行も行きたいよね。あとは、ウエディングドレスを着た玲依ちゃんが見たい! 絶対綺麗だろうなぁ」

「ふふ、侑、気が早い。でも、旅行は行きたいね。式は、別にいいかな……」

「えー、それなら、写真だけでも撮ろう? 絶対見たい!」

「ん。分かった」


 ウエディングドレス姿の玲依ちゃんを想像しただけでニヤニヤしちゃう。これからの楽しみがいっぱい。話がそれちゃったけど、届出はどうだろう?


「で、届出なんだけど……届出した事はもちろん公表されないけど、上司とか、総務の一部の担当に……人事とか、給与とかは知られちゃうから、玲依ちゃんが抵抗あるならしないけど……」

「それは別に大丈夫。届出しよう」

「やった! まずは私が住所変更してこないと」


 届出の許可は貰ったし、明日にでも住所変更の手続きに行ってこようかな。


「なんの申請したらいいか分かる?」

「同じチームのメンバーが担当だから、分かるよ」

「え、そうだったの?」

「うん。そうだったの。書類の準備は任せて」

「助かる。ありがとう」


 忙しい玲依ちゃんの役に立てると思うと嬉しい。


「玲依ちゃん明日は朝早い? 同棲初日だし、一緒に出勤したいなって」

「ごめん。普段より早いくらい。これから一緒に出勤出来る日も増えるから、明日はゆっくり寝てて?」


 残念だけど仕方ない。無理して合わせることを玲依ちゃんが望まないから明日は諦めよう。


「そっか。分かった。帰りは遅そう? ご飯作るけど」

「私のご飯は気にしなくて大丈夫。侑に家事をやって欲しくて一緒に住むわけじゃないから」

「それは分かってる。1人分も2人分も変わらないし、食べなかったら朝ごはんにしてもいいし。出来る範囲で作るね」

「ありがとう」


 毎日遅くまで仕事をしていて心配だから、これから少しでもサポート出来ればいいな。


「そろそろ夜ご飯の支度しようかな。侑は先にお風呂入ってくる?」

「……ねぇ玲依ちゃん、あれやって? それとも……ってやつ」

「無理」

「えぇ、やってよー」

「ダメ」

「ちぇ。昨日お願いすればよかったな。じゃあ、来年お願いしよ」


 1年かけてお願いごとを考えておこう。あぁ、今から楽しみで仕方がない。

 昨日の事を思い出したのか、玲依ちゃんの頬はうっすら赤く染っていて堪らなく可愛い。


「玲依ちゃん、思い出したの? 可愛い」

「……っ、侑は変態」

「うん。玲依ちゃんにだけね」


 組み敷けば、照れたように顔を背けるから首筋に唇を寄せた。私がこんなにも求めてやまないのは玲依ちゃんだけ。

 玲依ちゃんに出会うまで、こんな自分なんて知らなかったから。


「……んっ、ぁ、ゆう……」


 無理させてるし、絶対1回だけ、と自分に言い聞かせて素肌に触れたけど、玲依ちゃんの感じた声と反応に、意思が脆くも崩れさるのを感じた。


 ……うん。明日から頑張ります。

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