遭遇

「あれ、侑?」

「森川さん……コンニチハ」


 ショッピングモールに到着し、軽くなにか食べようか、とフードコートに向かっていれば私と同年代くらいの女性に呼び止められた。

 侑は明らかに気まずそうで、昔の相手の1人だな、と察した。


「元気? その人が?」

「そうです。私のパートナーです。じゃあ、私たちはこれで!! 玲依ちゃん、行こ?」


 侑、怪しすぎるよ?? 顔に出過ぎていて、森川さんと顔を見合わせて笑ってしまった。


「せっかく会ったのに、いいの? せっかくだからお話したら?」

「えっ……」


 ちょっと意地悪だったかな。捨てられた子犬のように見てくるのやめよう? 可愛すぎるから。


「……侑だよね? あれ、別人?」

「別人です」


 いやいや、小さい声だったけど、森川さん、って言ってたじゃん? 侑を見て、首を傾げる森川さん。そんな森川さんに、別人、と言い始める侑。


「昔の侑、見てみたかったなぁ」

「本当にどうしようもないやつだから、見なくていいです……」

「えっ、今気づいたけど侑が指輪してる……!? ペアリングとか、お揃いの何がいいんですかね? 束縛されてるみたいじゃないですか。私には無理ですね。とか言ってた侑がねぇ? 変わるもんだねー」


 昔の侑は1人に決める、だなんて考えたこともなかったみたいだし、こういう反応にもなるよね。


 侑のお母さんも驚いてたし、昔を知る人はきっとみんな同じような反応をするんだろうな。

 侑の昔の相手に会ったら不安を感じたりするのかな、と思っていたけれど、全然そんなことは無かった。嫉妬はもちろんあるけれど。

 私の隣で、蒼白になっている侑が私と出会って変わった、ってことを改めて感じて愛おしさが増した。


「玲依ちゃん、あの……えっと……」

「昔はそうだったかもしれないけど、今は違うでしょ?」

「うん」

「それなら、そんなに怯えないで。ちゃんと分かってるし、信じてるから」

「……ありがと」


 照れたように笑う侑が可愛くて外なのに抱きしめたくなったけど、背伸びをして頭を撫でるだけで留めた。


「あ、すみません。今更感がありますが、高野 玲依です」

「森川 志保です。いえいえ。こんなにでれっでれな侑を見られる日が来るなんて、今日はいい日です」

「私は生きた心地がしないです……」

「はは、心が広い恋人で良かったね? 聞くまでもないと思うけど、侑は今幸せ?」

「はい。幸せです」

「良かった。幸せにね」

「はい。……森川さんも」

「うん。ありがとう」


 侑に気持ちがなかったとしても、森川さんに支えられた夜もあったんだろうな。どうしようもない事だけれど、もっと早く出会いたかった。

 森川さんを見送って侑を見れば、無言で手を握られた。侑が話したくなるまで待つよ、という意味を込めて、強く握り返した。



「侑? ちょっと苦しい」

「……ごめん」


 少し腕の力は緩んだけれど、顔を上げる気配はない。

 お昼を食べながらも、侑は私の様子を伺っていて、とてもゆっくり買い物が出来そうな感じではなかったから、買い物はせずに帰ってきた。

 家に帰ってくるなり、強く抱きしめられて、今に至る。


「とりあえず、座ろう?」

「……うん」


 離してくれた侑の手を引いて、ソファに座らせた。


「侑、膝枕でもする?」

「えっ……!?」

「しない?」

「する!」


 俯いていた侑は、ぱあっと笑顔になって頭を乗せてきた。本当に素直で可愛い。


「玲依ちゃん、何も聞かないの?」

「聞いて欲しい?」

「玲依ちゃんが聞きたくないなら、言わない」

「うーん……昔のお相手の1人だろうなってことは分かってるし、侑に気持ちがなかったってのも分かってる。でも、森川さんに支えられた夜もあったんだよね? 正直、嫉妬したし、なんでもっと早く出会えなかったんだろうって悔しいけど、不安にはならなくて。侑の事を信じてるし。今は私だけ、でしょ?」


 私の言葉に泣きそうな表情をしたかと思えば、腕で目元を覆った。


「やっぱり、気づいてたよね……」

「そりゃ、あんなに分かりやすかったらね?」


 全部顔に出ちゃう、素直なところも愛しいけれど。


「だよね。もちろん、玲依ちゃんだけ。玲依ちゃん以外なんて、もう無理。昔は、その場限り満たされればそれで良かったし、ただ求められるがままで、自分から触れたい、とか離れたくないなんて思ったことがなくて。大切な人ができるなんて考えたこともなかったから、今になって玲依ちゃんを傷つけてると思うと情けないし、後悔しかない。嫌いになった?」

「昔の話はもう聞いてるし、嫌いになんてならないよ。だから、大丈夫」

「ん。ごめん。ありがとう」

「じゃあ侑ちゃん、寝室行こっか?」

「……え?」

「ネガティブになっちゃう侑には、ちゃんと分かってもらわないと、ね?」


 私の笑顔に目を見開いた侑を起き上がらせて、手を引いた。



「玲依ちゃん……やっぱり、怒ってた?」

「ふふ、どうでしょう?」

「なんかもう、本当にごめんなさい……」


 もう受け入れた過去のことでこんな風に心乱されるのは侑にも悪い気がするし、ちょっと引くくらい痕を残してしまったけど、今日くらいは受け止めてもらおう。


「侑は指輪とかお揃い嫌いだったんだね」

「昔はね。何がいいのか、全く分からなくて。玲依ちゃんと付き合えて、お揃いを身につけて欲しくて、やっと分かった」


 照れたように笑って、ベッドサイドテーブルの上に置いてあるネックレスを眺める侑が可愛い。お揃いをくれたのは侑からだったもんね。


「……んっ」

「いい声」


 ネックレスとお揃いのピアスを舐めれば、不意に漏れた声が色っぽい。

 下にいる時の侑は可愛さが溢れていて困る。


「少しお昼寝しよっか」

「あ……うん」

「シたかった?」


 ふいっと顔を背けた侑の頬に手を添えて正面を向かせて、唇を塞いだ。

 侑、今日は可愛い姿をいっぱい見せてね?

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