9.告白(侑)
マンションについてオートロックを開けてもらい、玲依さんの部屋の前まで辿り着いたけれど、インターホンを押せずに硬直してしまった。心臓ヤバい……私ってこんなにヘタレだったかな……
「ゆうちゃん、何してるの?」
「うわっ、玲依さん」
「なかなか来ないから迷ってるのかな、って思ったらドアの前にいるんだもん」
ドアが開いて、不思議そうな玲依さんが顔を出した。え、可愛い……
「すみません、なんか緊張しちゃって」
「ふふ、どうぞ」
玲依さん、余裕だなぁ……大人のお姉さん感が堪らない。
「お邪魔します……」
「適当に座ってね。なにか飲む?」
「後ででいいです。玲依さんも座ってください」
玲依さんのお家にお邪魔して、ソファに並んで座る。玲依さんの部屋は綺麗に片付いていて、生活感がないというか……毎日夜遅いし、家で過ごす時間が少ないからかな、なんて思った。
告白をしようと思って車を降りようとする玲依さんを呼び止めたけれど、お邪魔することになるなんて……期待していなかった、って言ったら嘘になるけれど、お邪魔出来るとしたら付き合ってからかな、と思っていたからなんだか落ち着かない。
「玲依さん、お話があって」
「うん」
玲依さんと目を合わせれば優しく微笑んでくれて、私が話し出すのを待ってくれている。
「ふー……全員と関係を切ってきました。連絡先も消しましたし、もし呼ばれても会いません。玲依さんが好きです。付き合って貰えませんか?」
「はい」
頷いてくれて、じっと見つめれば目を閉じてくれたから唇を重ねた。キスってこんなに幸せな気持ちになるんだ……
角度を変えながら何度か口付けて離れれば、拗ねたような表情をした玲依さんと目が合った。
え……なんで!? 目を閉じてくれたけど違った? 手を出すの早すぎ?? 嫌だったとか?? 下手だったとか??
「玲依さん、嫌でした……?」
「あ、ごめん、嫌じゃなくて」
私がよっぽど不安そうな顔をしていたのか、慌てて否定してくれて安心した。
「ゆうちゃん、キス上手……」
「え?」
「もう私だけにしてね?」
「もちろんです! 玲依さんにしかしません」
あ、それであんなに不満そうだったの? 拗ねちゃう玲依さんとか可愛いすぎ……無理……
「ゆうちゃん、さん付けと敬語やめてくれる?」
「玲依ちゃん、れーちゃん、玲依……うーん、玲依ちゃん、かな」
「うん、さんより距離が縮まった気がする」
「玲依ちゃんは呼び捨てしてくれる?」
「侑」
「うん」
玲依ちゃんからの呼び捨て、なんか照れる……
「侑、今日泊まってく?」
「えっ!?」
「嫌? 着替えとか貸すけど」
「嫌じゃないっ!!」
お泊まり? お誘いってことでいいの? 付き合ったその日に、ってありなの? 遊んでた時は会ったその日に、って時もあったけど玲依ちゃんとはそういうんじゃないし……そわそわして落ち着かない。
「もう1回家に帰って、着替えとか取ってくる。明日、ここから出勤してもいい?」
「うん。一緒に出勤しよ」
初日からこんなに幸せで大丈夫かな? 夢でした、とかないよね? 離れ難いけど早めに荷物とか取りに行った方がゆっくり出来るし、一旦帰るか……
「じゃあ、ちょっと行ってきちゃうね。……玲依ちゃん?」
「あれ……ごめん」
1度家に帰ろうと立ち上がれば、玲依ちゃんにシャツを掴まれた。無意識だったのか、直ぐに離されちゃったけど、玲依ちゃんも離れたくないって思ってくれたのかな? そうだったら嬉しいな。
「一緒に来る?」
「え……いいの?」
「うん。行こ」
「侑、実家だよね? ご両親は居る? 手土産とか」
「手土産なんていいよ。うち、親離婚してて。母は多分仕事。もし居ても、私を変えた人をいつか紹介して、って言われてるから、玲依ちゃんが嫌じゃなければ恋人って紹介させて? あー、付き合ったばっかりでこういうのって重い?」
「ううん。嬉しい……じゃあ一緒について行こうかな」
言った後で付き合った日に親に紹介とか重かったかな、って思ったけど、本当に嫌じゃなかったかな? 不規則な仕事だし、多分居ないだろうけど。
「電話しながら、家近いな、って思ってたけど本当に近いよね」
「うん。侑の家の方が駅からちょっと遠いけど、駅が中間地点、って感じかな?」
玲依ちゃんと話しながら歩くとあっという間に家に着いて、エレベーターに乗る。部屋片付けておけば良かったな……
「どうぞ。あ、やっぱり母居ないや」
「お邪魔します」
「ここが私の部屋なんだけど……ごめん、片付いてなくて。ベッドの上座ってて?」
ベッドの上、なんて言っちゃったけど失敗したな……私の部屋、しかもベッドの上に玲依ちゃんが居るとか、変なこと考えちゃいそう。ぱぱっと準備しちゃお。
荷物もそんなに多くないからすぐに終わって、歩いて玲依ちゃんの家に戻る。ただ歩くだけなのに、玲依ちゃんと一緒だとなんだか楽しい。
「こんなに近くに住んでるのに、今まで会ったこと無かったね。すれ違ったりはしてたのかな?」
さっきと同じように並んでソファに座って、玲依ちゃんを見れば、じっと見つめられた。
「侑みたいな綺麗でかっこいい子、見たら忘れないと思うけどな」
綺麗でかっこいい、か。自分の顔は大嫌いだけど、玲依ちゃんにそう言って貰えると少しは好きになれそうな気がする。
「私の顔、好き?」
「うん。最初見た時、芸能人かと思ったもん」
「あはは、無い無い。私自分の顔好きじゃなくて……」
「侑は嫌いでも、私は好きだよ。肌も綺麗だよね。若さかな?」
優しく頬を撫でてくれたと思ったらつままれたり、私の顔で遊んでる? 玲依ちゃんなら好きにしてくれていいけど。
「理由、聞かないの?」
「ん? 顔が嫌いな理由? 教えてくれるなら知りたいけど、侑が話したくないなら聞かない」
玲依ちゃん、大人だなぁ……楽しい話じゃないけど、玲依ちゃんに聞いて欲しかった。
「……私の顔、父そっくりで。高校の時に友達と遊んだ帰り道に父を見かけて。一緒に帰ろうと思って追いかけたら、女性と待ち合わせしてたみたいで鉢合わせしちゃって……その方、お腹が大きくて。しかもさ、その女性父が既婚者だって知らなくてパニックになっちゃって」
結婚についてどういう話をしていたのかは知らないけれどお腹の子の父親が既婚者で高校生の娘まで居たとか…… そりゃパニックにもなるよね。
「父からは口止めされたんだけど、家に帰って何日か悩んでたら母に気づかれて。母に話したら、そこからはもう、泥沼。2人とも仕事が忙しくて家で1人の時が多くても、頑張って働いてくれて感謝してたし、家族の繋がりはちゃんとあるって思ってた。まあ、父が帰ってこないのは仕事じゃなかったみたいだけど。関係が壊れるのってこんなに一瞬なんだ、って」
あの時はとにかく家に帰りたくなくて、バイト先の先輩の家に泊めてもらったりしてたんだよね……
「相手の女性は妊娠中で大事な時だったし、私が追いかけなかったら知らずに済んだのかな、とか。私が黙ってればみんな幸せだったのかな、って考えたり……父の顔なんてもう見たくないのに、鏡を見ればそっくりな顔が映ってて、もう最悪。今はどこで何をしてるのかも知らないけど」
「侑……」
心配そうな玲依ちゃんの声がするけれど、玲依ちゃんの表情を見るのが怖くてどんどん視線が下がっていく。
「それからは男の人が苦手になっちゃって。父とその他の男性を一括りにするのも失礼な話だけど、どうしても無理で……当時の彼氏とも別れて自暴自棄になって……荒れてた時に先輩から女性相手の、まぁ、その、色々教えられて。ご存知の通り、誘われるがままに遊び歩くようになりまして……」
こんな話を聞かされて、玲依ちゃんは何を思ってるんだろう……
「その時だけは必要とされてるんだな、って実感出来て……あ、でも私からは誘ったことなくて……ってそんなのはどうでもいいか。聞きたくないよね、ごめん。身体だけの関係だったから名前しか知らなかったけど……って、玲依ちゃん!?」
話し終えて、どう思ったかな、嫌われちゃったかな、って恐る恐る玲依ちゃんを見れば、静かに泣いていた。
「玲依ちゃん、泣かないで……」
「その頃の侑と出会えてたら良かったのに」
「今出会ってくれただけで充分。玲依ちゃんが変えてくれたんだ」
玲依ちゃんの涙を親指で拭えば、ギュッと抱きついてきてくれた。良かった……嫌われてない、かな……
「泣きたいのは侑なのに、私が泣いてごめん。もう大丈夫」
「ううん、嬉しかった」
私から離れて、恥ずかしそうにする玲依ちゃんが可愛い。
「疑うわけじゃないんだけど、ちゃんと関係切れたの? 侑優しいし、本気だった子もいるんじゃない?」
「あー、うん。私が気づかなかっただけで、本気だった子もいた。でも、もう会わない、って伝えたし、連絡先も消した。向こうが残してる可能性はあるけど……玲依ちゃんが不安だったら番号変えようか?」
「ううん、そこまでは大丈夫」
大丈夫、って言ってくれたけど不安だよね……新しい機種も気になるし変えようかな。
「新しい機種にしたいし、玲依ちゃんと同じ携帯会社に乗り換えよ。今からだと遅くなっちゃうし、来週一緒に来てくれる?」
「いいの?」
「うん。まずは……玲依ちゃん、画面みてー? よし、登録OK。不安にさせたくないし、自由に見てくれていいよ」
「なんて言うか……侑って真っ直ぐだよね」
「そう? 何かあったらすぐに言ってね」
私が逆の立場だったら不安だもん。というか、普通に考えて不安要素しかないよね。玲依ちゃんは歳上だから、って我慢しちゃうような気がするし。
疑われるようなことをするつもりは無いけど、少しでも安心してくれたらいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます