5.告白
玲依視点
火曜日の帰りに電話をくれてから約10日間、毎日メッセージをやり取りして、帰りが遅い日は電話をくれて、仕事の疲れが癒されたし、ゆうちゃんの落ち着いた声を聞けば安心するし、電話をしながらの帰り道が楽しくなった。
今までの私は彼氏が出来ても、無理して合わせようとしては疲弊して、連絡を取るのが面倒になって、相手が不安になって束縛されるか振られるかが多かった。
"玲依は強いから"そんなことを言われる度、そう思わせていたんだな、って申し訳なくなった。そんなに強くなんてないのに。
ゆうちゃんと話していると自然体でいられることに驚いたし、私が疲れていると声からすぐに気がついてくれる。前に聞いた、さり気ない気遣いに落ちる子が続出、の意味がもの凄くよく分かった。
約束の金曜日、仕事を終わらせて予約していたお店に行けば、ゆうちゃんがお店の前でスマホをいじっていて、少し離れたところにいる女の子たちが熱い視線を送っていた。あんなに見られてて、ゆうちゃんは気づいていないのかな?
まあ、注目されるのもわかる。今日もイケメンだもんね。
「ゆうちゃん、お待たせ」
「あ、玲依さん。お疲れ様です」
私に気づいて、嬉しそうに頬をゆるめるのが可愛らしくて、なんだか優越感を感じてしまった。
ゆうちゃんを見ていた女の子たちなんてきゃあきゃあ盛り上がっているし。
「久しぶりだね」
「はい」
「仕事は大丈夫だった?」
「はい」
「なんで"はい"だけなの??」
「や……なんか、会うのは久しぶりなので。ちょっと待ってくださいね」
そう言って視線を逸らすゆうちゃん。え、可愛いな……
「ゆうちゃん、行こ」
「え? あ、はい」
これ以上可愛いゆうちゃんを見せたくなくて、手を引けば戸惑ったようについてきてくれた。
ゆうちゃんは自分に向けられる好意に鈍感なのかも。
初めて見た時は女の子と揉めていて、芸能人かと思うくらいの綺麗な男の子だなって驚いた。
別れ話かな、と横を通り過ぎようとすればなかなか過激なやり取りをしていて、思わず足を止めて様子を伺っていた。
「私、本気で好きなんです!」
「あー、そういうの困る。好き、とか分かんないし」
「じゃあなんで抱いてくれたんですか!?」
「いやいや、1回抱いたら諦めるし、もう付き纏わないって言ったよね? 思い出に、って話だったよね??」
「言いましたけど、もっと好きになりました」
「えぇ……めんどくさ……」
「付き合ってください!」
「だから、困るんだって。期待させたなら悪かったけど、迷惑」
「……せめて、連絡先教えてください」
「はぁ……困るって言ってるよね?」
「遊び相手でもいいので……!」
「遊び相手には困ってないし、好きだって言ってくれる子とは遊ばないから無理」
「……なんで好きだったらダメなんですか!?」
「気持ちを返せる日なんて来ないから」
「そんなの分からないじゃないですか!!」
「はぁ……もうはっきり言うわ。君のやってる事はストーカーだし、こっちは条件をのんだじゃん? 会社まで突き止めるとか、正直怖い。今後好きになることは無いな。無理だわ。ここまで言えば分かる?」
「さいってー!!」
「いってぇ……」
うわ、痛そう……綺麗な男の子が付き纏われてて、要望通りに抱いたらもっと執着されたってこと?
男の子は遊び人っぽいし女の子は物凄い肉食系……最近の若い子って凄いんだな、なんて思っていたら女の子が泣きながら横を通り過ぎて行った。
思いっきり頬を叩かれていた男の子の頬からは血が出ていて、ため息を吐いて項垂れる姿が迷子の子どもみたいに見えて、今にも消えてしまいそうだった。
普段なら関わりたくないって思うはずなのに、なぜか放っておけなくて、持っていた絆創膏を差し出せば呆然としていたけど、正面から見た顔は頬が傷付いていても綺麗だった。
あの時の子が今目の前で幸せそうにお肉を頬張っているなんて、何があるか分からないよねぇ。2度目に会った時も思ったけど、偶然って凄い。
「ゆうちゃん、美味しい?」
「おいひいです」
お肉を口いっぱい頬張るゆうちゃんは物凄く可愛い。丸顔のゆうちゃんが更に丸くなっててハムスターみたい。
「ゆっくり食べな?」
「はい」
へへっと照れくさそうに笑ってまたお肉を食べ始めていて、その様子を眺めていた。
「あの……」
「ん?」
「なんか視線を感じるんですけど……」
「可愛いなぁって」
「可愛い……」
「あ、照れてる?」
ふいっと顔を逸らしてお酒を飲むゆうちゃんの頬はちょっと赤い。色々慣れていそうなのに、意外と初心なのかな?
「ゆうちゃん、改めて、助けてくれてありがとう。本当に助かった。あとはこの前の会議室も」
「いえいえ。私こそありがとうございました。会議室は仕事ですし、助けたのだって、玲依さんが優しくしてくれたから私も見て見ぬふり出来ないな、って。あの場所で待ってればまた会えるんじゃないかなって思ってたので、本当に玲依さんに会えたのは驚きましたけど、嬉しかったです」
あの場所で待ってればまた会える……?
「……え、もしかして探してくれてたの?」
「……あ」
一瞬にして固まったゆうちゃんは気まずげに視線を落とした。再会は偶然じゃなかったんだ。侑ちゃんが行動してくれた結果、ってことか……
「すみません。待ち伏せなんて気持ち悪いですよね」
「ううん、そんな事ない」
まさか探してくれていたなんて思ってもみなかったし、1度会っただけの私を探してくれてたなんて、嬉しいのに。
「帰り道の電話もありがとう。ゆうちゃんは誰にでもこんなに優しいの?」
「そんな事ないです。今まで、連絡を楽しみに待ったことも、誰かをこんなに心配したことも無いです。玲依さんだけです」
ゆうちゃん、それって自惚れてもいいのかな? 今日伝えるつもりなんて無かったけど、今言わないと色々考えちゃってずっと言えない気がした。
「ねぇゆうちゃん……好きかも、って言ったら困る?」
「……え?」
連絡を取るようになってゆうちゃんの優しさに触れて、あっという間に惹かれていく自分に気づいた。
ゆうちゃんは好きが分からない、と言っていたし、迷惑ならまだ引き返せるうちに諦めないといけない。このまま優しくされたらもっと好きになって諦められなくなりそうだし。
「好きかも……? 玲依さんが、私を?? その、恋愛の、好き……??」
「うん。そうだと思ってる」
「え、え??」
少なくとも、あの女の子の時みたいに嫌そうにされなくて安心した。あんな冷たい表情を向けられたら立ち直れないかも。
目の前には絶賛混乱中のゆうちゃん。告白なんてされ慣れてるでしょ?
「玲依さんって恋愛対象は女性なんですか……?」
「うーん、どうなんだろう? 女の子から好きって言ってもらった事はあるけど、付き合ったことは無いかな」
「え??」
「なんか、ゆうちゃんは性別とかじゃないのかなって」
「嬉しいです。凄く。でも……ごめんなさい」
「そっか……」
ごめんなさい、かぁ。断ったのはゆうちゃんなのにすごく辛そうで、今にも泣き出しちゃいそう。左手で目を覆って下を向いてしまった。
「もう見られてるので知ってると思うんですけど……その、私結構遊んでて……こんな汚れた私じゃ綺麗な玲依さんにはふさわしくないです」
「……今も遊んでるの?」
何となく、もう遊んでいないんじゃないかって気がするんだよね。連絡もマメだったし。
「玲依さんと初めて会った日からは遊んでないです」
やっぱり。俯いたままぽつりぽつりと話すゆうちゃんの隣に移動して頭を撫でれば、ビクッとしたけれど拒否されることは無かった。
「これからも女の子と遊ぶの?」
「もう遊びません」
「気にしない、とは言えないけど、過去は変えられないから……ゆうちゃんがもう遊ばない、って言うなら過去を含めてゆうちゃんを受け止めたいし、汚れてるなんて思わない」
「玲依さん……ちゃんと全部綺麗にしてくるので、待っていて貰えますか?」
「うん」
俯いていた顔を上げたゆうちゃんの頬をつたう涙には気付かないふりをした。
「美味しかったねー」
「ご馳走様でした! 美味しかったです」
「いいえ。まだ早いけど、もう一軒行く?」
「今日は帰ります。全部終わったら、また」
「分かった。帰ろ」
ゆうちゃんと並んで歩きながら、ちら、と見上げれば優しい目で見つめられた。
遊んでいた人達との関係を切ったら、もっと色んなゆうちゃんが見られるのかな。
「玲依さん、こっち」
電車に乗れば、前と同じように人混みに埋もれてしまう私の盾になるように守ってくれた。前は電車が揺れてよろけた時に抱き寄せてくれたんだよね。冷静を装っていたけれど、凄いドキドキしたなぁ……
「玲依さん、顔赤いですけど、暑いですか?」
「えっ、ううん、大丈夫」
心配そうに眉を下げるゆうちゃん、可愛い。
2駅だからあっという間に着いてしまって、降りたらゆうちゃんは帰っちゃうんだな、と寂しくなる。ゆうちゃんも同じ気持ちだといいな。
「あの、玲依さん……ギュッてしてもいいですか?」
「うん」
「全部綺麗にしたら、また会ってもらえますか?」
「うん」
「連絡はしてもいいですか?」
「私もしたい」
「良かった……このままだと離せなくなるので、帰りますね」
ゆうちゃんに抱きしめられて、同じ気持ちだったんだな、って嬉しくなる。
「本当は送りたいんですけど、帰りたくなくなるので……今日は電話しながら帰りましょ」
「帰らなくてもいいよ?」
「……ダメです。ちゃんとしたいので」
「ん。待ってる」
「はい。待っててください」
ゆうちゃんは一瞬迷って、おでこにキスをしてくれた。電話をしながら家に着けば、今日も電話越しにおかえり、と言ってくれた。気が早いけど、ゆうちゃんに直接おかえり、って言ってもらえる日が来たらいいな。
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