4.電話
「侑ちゃん、企画課の高野さんと知り合いなの?」
「お昼に来てたんだって?」
「接点あったの初めて知った! いつから?」
「先輩方……もう休憩終わりますよ?」
玲依さんが会いに来てくれて、ご飯に誘ってもらって、内心ものすごくうきうきしていたら、私が玲依さんと知り合いだというのがあっという間に広まったみたいで、どんな関係なのかと早速お姉さま方に囲まれてしまった。
他の課は分からないけれど、総務の女性陣は休憩中や飲み会ではお互い下の名前で呼びあっていて仲がいい。私は近くなりすぎないように名字呼びをしているけれど……
「真面目だなー! じゃあさ、今度飲みに行こうよ。いつ空いてる?」
「いいね! 行こ!」
「すみません、しばらくは予定がいっぱいで」
予定なんて来週の金曜日しかないけど、課全体とか、会社全体の飲み会以外は基本断っている。
「侑ちゃん、いつ誘っても予定あるじゃんー」
「もしかして予定って高野さん?」
「え? 今までの予定も高野さん?」
予定が、って言っただけなのに、何故か玲依さんとって事になっててきゃあきゃあ盛り上がり始めてしまった。
「いや、違うんですけど……あの、聞いてます?」
「お似合いだし、隠さなくてもいいのに!」
「侑ちゃんと高野さんのツーショットとか絵になるー!」
「その組み合わせやば……!」
「えぇ……だから違うんですって。……聞いてないし」
同性だったらまずは友達、って認識にならない? 違和感なく恋人、って勘違いされてる状況に戸惑いを隠せない。最近一般層にも多様性研修受講が始まってるって言うのも影響してるのかな……? 私みたいな人間には受け入れてもらえるのは有難いことだけど。
初対面は私が修羅場だし、2度目は玲依さんが酔っ払いに絡まれていたし、出会いを正直に伝えるつもりはなかったけど……
変な勘違いをされてしまって、否定するほど盛り上がってしまうし、玲依さんに申し訳ない……
休憩が終わって、先輩たちは席に戻って行ったけれど、最後まで勘違いされたままだった。なんかもう、疲れたよ……
玲依さんに今日の夜謝っておかないと。
仕事を終えて家に帰って、そわそわしながら連絡を待っていたら、22時半を過ぎた頃にメッセージが入った。今仕事が終わったって、遅っ! 探してても全然会えなかったのは毎日遅かったからなのかな……
帰りが心配で落ち着かなくて、スマホ片手に部屋をうろうろ。電話したら迷惑かな……でも夜遅いしな……よし、と気合を入れて通話ボタンを押した。
『もしもし? ゆうちゃん?』
「あ……えっと、お疲れ様です」
『お疲れ様。どうしたの?』
「いや、その、遅い時間だし帰りが心配で……」
『それで電話してくれたの?』
「はい……」
『ありがとう』
声が優しくて、ふわっと笑う玲依さんが想像出来る。
「心配なので、駅に着くまで繋いでてもいいですか?」
『うん』
嫌がられなくて良かった……
「あの、玲依さんに謝らないといけないことがあって……」
『うん? 何??』
「今日、お昼に玲依さんが来てくれたじゃないですか。なんかあっという間に広まっちゃって、変な誤解されちゃいました……」
『誤解?』
「はい。飲みに誘われて、予定があるって言ったら、いつもそう言うけど今までも高野さんと? って。違うって言ってもお似合いだし隠さなくていいのにって全然聞いてくれなくて。むしろ否定する程盛り上がっちゃって……」
『それはまた、思い込みが激しいね』
「すみません……」
『いや、ゆうちゃんが謝ることじゃないけど。来週金曜日にご飯行くのは本当だし』
「玲依さんが嫌な思いするんじゃないかって心配で」
『そんなの気にしなくて大丈夫。嫌な思いなんてしないから』
「あ、はい……」
ん? 嫌な思いなんてしない……?? どゆこと??
『駅に着いたから、一旦切るね』
「あ、電車降りたら連絡もらえますか?」
『分かった。次は私からかけるね』
「はい」
電話を切って、落ち着いている玲依さんは大人だなぁって改めて実感する。なんだか自分が子供に思えるよ……
そろそろ着くかな、とスマホを握りしめていたら着信を知らせて、反射的に通話にしたけれど、声が裏返ってしまった。
「はいっ!?」
『ゆうちゃん、大丈夫?』
「大丈夫です……」
『今電車降りたよ』
「お家まで気をつけて下さいね?」
『すぐ近くだから』
「近くても道暗いですし……」
『ゆうちゃんと話してるから安心する』
「それなら良かったです……」
え、可愛いんですけど……
『もうマンション見えてきたよ』
「本当に近いんですね」
『うん。夜遅いの分かってたからなるべく近くが良くて』
「毎日こんなに遅いんですか?」
『毎日ではないけど、繁忙期だと大体このくらいかな』
「でも、絆創膏くれた時はもう少し早かったですよね?」
『ちょうどあの後から繁忙期に突入した感じ』
「そうなんですね……」
仕事忙しいんだな……朝も会ったことないし、早い電車で行ってるんだろうし。
『着いたよ』
「あ、おかえりなさい」
『ふふ、ただいま』
「うわ、すみません……」
ついおかえり、なんて言っちゃったけど気持ち悪くなかったかな?? 電話の向こうでは、エレベーターに乗ったのかアナウンスが聞こえてくる。
『なんで? 嬉しいよ。おかえり、なんて久しぶりに言ってもらった』
「え、それなら良かったです……」
『金曜日、何食べに行こっか? ゆうちゃんはお肉とお魚ならどっちが好き?』
「お肉の方が好きです」
『お肉ね。焼肉でいいかな?」
「はい!!」
『よし、決まり。ゆうちゃんは定時?』
「はい」
『じゃあ、私も定時で上がるね。18時半に予約しておく』
「ありがとうございます」
『うん。今日は電話ありがとね』
「また遅い日は教えてください」
『ん。遅くまでありがとう。おやすみ』
「おやすみなさい」
電話を切って、なんだか寂しくなってしまった。今までこんな風に誰かを心配して電話をしたことなんてないし、切った後に寂しいなんて思うこともなかった。
スマホに表示された玲依さんの名前を眺めながら、さっき電話を切ったばかりなのにもう声が聞きたいな、と思う自分に驚く。昨日まではこんな風に電話を出来るようになるなんて思ってもいなくて、気になる気持ちを抑えないと、と思っていたのに。
恋人なんていらない、大切な人なんて作りたくない、と思っていたのに心の隙間に玲依さんが入ってきてしまった。
大切な人が出来たって、いつかは離れてしまうのに。それに、遊び歩いていた私なんかが触れていい人じゃない。
シャワーを浴びに行こうと部屋を出れば母と鉢合わせした。横をすり抜ければ、名前を呼ばれて渋々立ち止まる。
「侑」
「……なに?」
「恋人でもできた?」
「できてない。なんで?」
「顔つきが変わったから。侑を変えた人、いつか紹介してね」
「……は?」
「それだけ。おやすみ」
母は言いたいことだけ言って寝室に入ってしまったけれど、玲依さんと出会って、遊び歩くのをやめてからは小言を言われることも無くなったからまともに話したのなんて久しぶりな気がする。
紹介、ねえ。恋人って紹介できたらどんなに幸せかな、と思ったけれどそんな日が来ることはきっと無い。
高校生の時に、大切な人が出来たら後悔するから、と母に言われたことを思い出したけれど、そんな存在なんて要らないし、できないから関係ない、と聞く耳を持たなかった事も同時に思い出した。
脱衣所に入れば、鏡に映る自分の顔を見て更に憂鬱になる。母も裏切った男そっくりな私の顔なんて見たくないだろうに。
鏡を見ると嫌なことばかり考えてしまうから、さっさとシャワーを浴びて寝てしまおう。
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