6.清算
昨日玲依さんとご飯に行って、好きかも、と言われた。まさか玲依さんからそんな事を言われるなんて思わなくて頭が真っ白になった。
今まで沢山言われてきた言葉なのに、玲依さんから伝えられた言葉は全然違う。嬉しくて、心が温かくなった。
私も好きだと伝えてしまいそうになったけれど、私では相応しくない、と絞り出すようにごめんなさい、と伝えた。自分で断っておきながら苦しくて、涙をこらえるのに必死だった。
私の過去も含めて受け止めたい、なんて言って貰えるなんて思わなくて、結局涙をこらえきれなかったけれど、玲依さんは気付かないふりをしてくれていた。
ここまで言って貰えたら抵抗なんてできっこない。帰らなくていい、なんて、私じゃなかったら襲われてるよ?? 無自覚怖い……
過去にちゃんとケジメをつけないと、玲依さんと向き合えない。
寂しくなった時に呼ばれたり、ただ快楽を求めるためだったり、私の顔が目的だったり、それぞれ目的は違うけれど、呼ばれた時に暇なら遊んでいた相手が何人かいるからきちんと終わりにしないと。
私から連絡をしたことにみんな驚いた反応だったけれど、拒否されることなく約束を取り付けた。
「おつかれー。侑から連絡なんて初めてじゃない? なに? 今日はシたい気分なの?」
「シない。大切な人が出来たから、もう呼ばれても会わない、って伝えに」
「へぇ、侑に大切な人、ねぇ。それでその顔?」
ニヤニヤしながら頬に手が伸びてきて、せめて反対側にして欲しいな、なんて考えていた。
「……っ」
「はは、叩かれると思った?」
「まぁ……」
「派手にやられたね」
「これで気が済むならいくらでも」
「わざわざ会わなくたって番号変えるとか、電話で済ませるとかすればいいのに」
「ちゃんとケジメつけたくて」
「あーあ、せっかくの綺麗な顔が」
「追加する? 出来れば反対側にして欲しいけど」
「私はいいわ。最後にどう?」
「だから、シないって」
1人目には思いっきり頬を叩かれたけれど、2人目のお姉さんは私に特別な感情があった訳じゃないから、すんなり終わった。スマホを見れば、連絡をしていた別の子から会えると返事が来ていた。
「お久しぶりです! 侑さんから連絡もらえるなんて嬉しいです! え、頬、どうしたんですか!?」
「ちょっとね」
「冷やさないと……」
「大丈夫」
触れてこようとするから1歩下がれば、黙って手を引いてくれた。
「あー、えっと、ホテル行きます?」
「ううん、もう行かない。大切な人が出来たから、これからは呼ばれても来ない、って伝えに来た」
「え……嘘ですよね?」
「ほんと」
「侑さんに大切な人……」
「うん。だからもう会わない」
「……嫌です。私、侑さんが好きです。ずっと好きでした」
好き……? 私を??
「え……? そんなこと言ったことなかったよね?」
「だって……侑さん本気になられるのなんて困る、って。本気になられるような人とは遊ばない、って言うから……気づかれたら終わっちゃうと思って」
全然気づかなかった。いや、気付こうとしなかった、が正しいのかな。
「……ごめん」
「その頬、他の遊び相手ですか?」
「そう」
「侑さんから連絡貰えたのなんて初めてで嬉しかったのに、こんなのって……せめて最後に……最後に抱いてくれませんか?」
「ごめん、抱けない」
「……遊んでた全員に会って関係を切る程、大切なんですか」
「うん。絶対に傷つけたくないし、笑ってて欲しいなって思う」
「っ、侑さんのそんな顔、初めて見ました……そんな風に笑えるんですね」
「え、いつも笑ってないみたいじゃん」
「無意識ですか……はぁ、もういいです。私じゃダメなんだって突きつけられましたから。絶対侑さんより良い人見つけます。侑さん、大好きでした」
「……ありがとう」
去っていく背中を見送り、連絡先を削除した。あぁ、ほんと最低だ……
今週はまず3人、か。今日、明日で全員と話ができるなんて思ってなかったけど、なるべく早く玲依さんに会いに行きたい。
*****
先輩に連れられて行ったバーで出会ったあの人は誰より目立っていて、笑っているのにどこか影があるというか、ふとした時に見せる寂しそうな目が印象的だった。
「あれ、見慣れない顔だね」
「あ……」
先輩に連れられて入ったはいいものの、電話がかかってきて外に行ってしまった。どうしようかと思っていたらカッコ可愛い感じのお姉さんに話しかけられた。
「先輩に連れてきてもらったんですが、電話がかかってきて外に行っちゃって」
「あらら。それは心細いね。良ければ先輩が戻るまでカウンターおいで。何か作るから」
「え、いいんですか?」
「もちろん。あっちね」
示されたカウンターを見ると、イケメンがお酒を飲んでいた。え、芸能人のお忍びとか?? めちゃくちゃ見られてるのに全然気にしてないのが凄い。
「大丈夫?」
「はっ……いや、あの人って芸能人とかですか?」
「違う違う。一般人」
「ほぇ~」
「大丈夫だと思うけど、一応忠告ね。侑は自分の事を恋愛的な意味で好きな人には冷たいから気をつけて」
「え?」
好きな人に優しい、んじゃなくて??
「あはは、不思議そうな顔してる。侑ってあの顔だし優しいからそれはもうモテるのよ。遊び相手なら来る者拒まずだけど、そういう素振りを見せるとその時点で終わり」
「へぇ……」
「友人として付き合うならいい子だから心配しないで」
「はい」
どんな人なんだろう?
「侑」
「みいさんどこ行ってたんです? お酒追加ー! あれ、後ろの子は?」
「さっき知り合った。手出すなよー?」
「ひどっ! 出しませんよ。私から誘ったことなんてないって知ってますよね?」
「はは、まあね」
「さて……初めまして。侑です」
「あはは、侑、ホストかよ!」
「ふふん、ちょっと意識してみました。似合います?」
「似合いすぎ」
私が緊張している事を分かってか和ませようとおどけてみせる侑さんは私とそんなに変わらない年齢な気がするのに、堂々としていた。
「あ……蘭、です」
「蘭ちゃんか。よろしくね。みいさんに虐められなかった?」
「あ?」
「うわ、こわー」
「ないです、ないです」
「みいさん、冗談ですって。睨まないでー」
思っていた以上に親しそう。もしかしてこのお姉さんも遊び相手、とか……?
「ん? 何かあった?」
「いや、その……親しいんだな、って思いまして」
「侑がこーんな小さい時からの知り合いだからなー。その頃はもう生意気で生意気で。反抗期です!! みたいな?」
「そんな小さく無かったですけど!? まぁ、若気の至りってやつですねー」
「今も若いくせに」
「わ、痛っ! みいさん、痛い」
侑さんの背中をバシバシ叩いて、みいさんは笑いながらカウンターの中に入っていった。
「蘭ちゃんは成人してるよね?」
「先月20になりました」
「おー、おめでとう! 一個下かー」
「侑さん、はよく来るんですか?」
「ここ? 昼間はカフェなんだけど、バイトいくつか掛け持ちしてた時の1つで。就職して辞めたけど、20過ぎてからはこっちにもよく来てるかな」
「そうなんですね」
侑さんは話しやすくて、みいさんの作るお酒も美味しくて飲みすぎてしまった。
「蘭ちゃん、大丈夫?」
「だいじょーぶですー」
「あらら。はい、水飲んで」
「ありがとーございますー」
水を飲んで机に頬をつけると冷たくて気持ちいい。
「みいさん、蘭ちゃんって一人で来たんですかね?」
「先輩と来たって言ってたけど」
「えー、先輩どこ」
しばらくみいさんと侑さんの会話を聞きながら、酔った勢いもあって、経験豊富そうな2人に聞いてみよう、と顔を上げた。
「あの……お聞きしたいことが……」
「なんでもどうぞー」
「話しづらいこと?」
「えっと……セックスって気持ちいいものですか?」
「うん? なんかあった?」
「嫌な思いでもした?」
「もう別れたんですけど、元彼がずっと痛いなんて面倒だって」
「うわ、さいてー」
「別れて正解だわ」
気持ちよくなるはず、って我慢していたけれどそんな事はなくて、毎回苦痛だった。嫌がるようになった私に面倒になったのか振られたけれど。
「侑、教えてあげたら?」
「みいさん、何言ってるんです? こんな真面目そうな子に……手出すなって言ってましたよね?」
「教えて欲しいです」
「えぇ……みいさんが変な事言うからー」
「うわ、ごめん。冗談のつもりだった、んだけど……」
「侑さん、お願いします」
正常に働かない頭では大胆になって、侑さんにお願いしていた。
「蘭ちゃん、本気? 私が言うと説得力ないかもだけど、自分のこと大事にした方がいいよ」
「本気です」
「うーん、そっかぁ。でもなぁ……蘭ちゃんは遊びで、っていうタイプじゃないと思うんだよなぁ……」
「大丈夫です。このままだと、次付き合った人とも上手くいかないんじゃないか、って不安で……」
「……分かった。絶対無理はしちゃダメだよ? 先輩にも先に帰る、って連絡しておいてね?」
慣れた様子でホテルに入って部屋を選ぶ侑さんについて行けば、緊張を解すように和やかな雰囲気を作ってくれて、ギリギリまで無理していないか、怖くないか、って確認してくれた。
ずっと侑さんは優しくて、元彼とは全然違った。忠告してもらっていたのに、好きになるのに時間はかからなかったと思う。
侑さんから連絡が来ることは無いけれど、連絡をすれば会ってくれたし、たまに会えれば十分だった。それも終わってしまったけれど……
寂しそうに笑っていた侑さんがあんな風に笑うようになったのは好きな人のおかげなんだろう。私じゃなかったのは悔しいけれど、次はちゃんと私を見てくれる人を見つけよう。
侑さんのおかげでセックスに対する恐怖心は無くなったし、次はきっと大丈夫だよね。
侑さん、お幸せに。
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