第5話 ドライブデート決まりました 

宇津木さんは目を丸くした。


「まあ、いいじゃない。ぜひ」


俺は下手したでに出た。


「そうだ。日本酒いける? おいしい店、知ってるんだけど。あとで店の場所、ラインするから」


なにやら、不審そうに眺める宇津木さんを抑えて、俺はさっさと勘定を払った。



そして、晩。


「へえ、真壁さん、いい店知ってるんですね?」


なぜか彼女に褒めてもらえた。


あんまり女子向きじゃないと思ったんだが、彼女のお気に召したらしい。


駅近の場末感漂う店なのだが、何しろうまい。

立ち飲みに毛が生えたような拵えで、魚がうまいという触れ込みだが、牛タンとかもうまい。あと、ポテトサラダが、なぜかうまい。


「レモンかけるとホントうまいよね」


「ぐいぐいイケますよね」


「え? お酒強いの?」


ちょっと、この線の細いメガネ娘にしては意外だった。

彼女はニッと笑った。


「たしなむくらいです」


たしなむくらいとか謙遜する女で、酒豪でなかったヤツに会ったことがない。

俺は警戒した。


「ぐいぐい……は困るな」


「そうですかあ?」


困るんだよ。

だって、水まきしてほしいんだもん。


「ここのおでん、美味しいですよねー? もひとつお願いしまーす」


おい、勝手に注文すんな。こんな店構えだが、モノがモノなだけに、安くはないんだ。


「ねえ、あそこの日本酒、どうでしょう? 超辛口ですって。飲んでみたいですよね?」


「いや、俺は、別に……」


「あ、お願いしまーす」



結局、彼女を送って行くことになった。


全っ然、俺の話を聞いていないじゃないか。


あれがうまいの、この日本酒を飲んでみたいのって、この店、時間制限あるんだよ。


次の客が順番待ってるの。最初に1時間半だけですって、注意されたでしょ?


俺はごねる宇津木さんを椅子から引っ張り上げて、無理矢理、地下鉄に乗った。自宅を聞き出すのは不本意だが、仕方ない。送って進ぜよう。



酔っ払いを介抱しながら地下鉄に乗るのは、かなりめんどくさい上に、かっこ悪い。こんな女が彼女だと思われたらどうしよう。それに、肝心の水まきの話が出来ていない。


だが、これは好都合だった。


ぜったい、今日のことを忘れている。


下手に約束したり、交渉するよりずっとラクだった。


「ふっ。口ほどもない。何がだ」


俺は思わず、ニヤリと笑った。




そして、翌朝、ビルのエントランスで待ち構えていたのは、今度は俺の方だった。


「おはよう、宇津木さん」


宇津木さんは、ややうつむいた状態で出勤してきた。二日酔いだ。


あほうめ。人の金で好き放題飲むからだ。


だが、俺はにこやかに彼女に近づいた。



彼女は、重そうに顔を上げた。


「あ、昨日はどーも」


どーもじゃねえわ。


「いやー、こちらこそ」


俺はニコリと笑って見せた。


「昨日の約束覚えてる?」


彼女はぎくりとしたらしい。記憶がないのだろう。


「約束? 何の約束?」


「っ凄く助かったよ。水まきしてくれるんだよね」


「み、水まき?」


「そ。俺の代わりに、水まき」



昼休み、俺は彼女と公園でランチしていた。なぜなら、今日は快晴だから。雨の心配がないなら、こんな女、外でコンビニ飯でたくさんだ。それより晴天だとナスが心配だ。



「なんで、あんたのナスの水まきなんか、やんなきゃいけないのよ」


宇津木さんがキレた。だが、想定の範囲内だ。


「あれ? 夕べ、すごく喜んでOKしてくれたのに」 


ニコリと笑ってしれッと答えた。


「あんたんとこの家、こっから3時間かかるんだから、お断りよ」


「いや、クルマで行けば1時間だよ」


「私、クルマ乗れませんので!」


「電車でも構わないって昨日言ってたよ?」


「言ってないよ」


自信がないらしい。ちょっと声が弱々しくなった。


「でも、ナスが心配でって、言ったら、わかるわあって」


「言わないわよ! そんなこと」


彼女が大声を上げた。そして、頭を抱えた。まだ二日酔いだな。


まあ、どんなに叫んだって、公園だからいい。ビアンコだったら、大ごとだけど。


「ええ? だって、すごく喜んで請け負ってくれたからさあ。そりゃ俺だって、あんなとこまで、お願いするのはちょっと申し訳ないなって思ったんだけど、宇津木さんが大丈夫だからの一点張りで。だから、水まき、うちの母に頼んでたんだけど、夕べキャンセルしちゃった」


宇津木さんの目が大きく見開かれた。

手で転がしてると思うと、なんだかかわいく思えてくるな。


「うちの母、町内会の用事があるらしくて。水まきしなくていいって電話したら、すごく喜んでたよ。今週は元々行けないかもしれないと思って、前から母に頼んでたの」


これでどうだ。


彼女はぐったりした。


「めんどくさい。行きたくない」


「でも、俺が行かない方がいいって言ってくれたの、宇津木さんだよね」


「すごく行きたくない。ナスごときのために」


ムカッとした。


「ナスは生きてるんだよ? 枯れたらどうするの?」


「ナスはスーパーに生える」


違う。そうじゃない。そんなことを言ってたら、夢もロマンもないだろう!


「自分で育てたナスで、ナスの油みそと、焼きナスと、ラタトゥイユと夏カレーを作るんだ」


「それ、全部、スーパーのナスでも作れるよ」


「そんなわけにはいかん。せっかく植えたんだ。今週、雨は降らない予定なんだ」


「あ、雨が降ればいいのね?」


俺は疑い深げに宇津木さんを眺めた。


「雨ごいでもする気か?」


どう考えても、天気予報の方が信憑性があるだろう。

俺は細っこい宇津木さんが巫女姿になっているところを想像した。案外、似合うかも。そしてスッゴク馬鹿に見えるよね。そんな理由で雨ごいしてたら。


思わず笑いそうになった。


(二日酔いのせいか)宇津木さんは物憂げに俺の顔を観察した。


「……家庭菜園狂いか。たまにいるな。若いのに。実家の農家でも手伝ってりゃいいのに……」


ニコニコしてたが、俺はムカッとした。俺に農家は禁句だ。


「でもさー、頼むよ。あの女子高生もどきに会ったらマズイしさー」


宇津木さんは開き直った。


「いや、困るのは真壁さんだから、私は別に?」


「でも、わざわざ教えてくれたじゃないの。行かない方がいいって」


「そりゃ、真壁さんがフランツ呼ばわりされて、あちこちにラインとかツィッターされてる実態を考えると、出来るだけ行かない方がいいとは思うけど、好きにすればいいんじゃないですか?」


「ラインとツィッター?」


俺は眉をしかめた。


「ラインとツィッター」


宇津木さんはケータイを指した。


あほか。俺だってそれくらい知ってるわ。そうじゃなくて、あの女子高生型座敷童がツィッターで何ツィートしんのかってことだよ、知りたいのは。


「いきさつを送りまくってるから」


「いきさつとは?」


「フランツとの出会いと、どんなふうに恋が進んだか、そして手ひどくフラれて、死を選んだとかなんとか」


「マジで俺がフランツ役なのか?!」


「真壁さん、無駄に顔がいいから」


「無駄は余計だ、無駄は」


「モテるんですか?」


「妻子がいるわ。モテても意味ない」


「はあ……離婚したんですか?」


「なぜ、そうなる?」


「土日、ずっと菜園にかかりきりだから、独身かと思ってました」


「………」


体が悪いんじゃないかと思わせられるくらい細いのに、妙に鋭い。


「それはどうでもいいんですが、とにかく、水やりは嫌です。ナスの生死なんか知りません。別にフランツとの恋物語に続編がついたって、私には関係ないですし、真壁さんが好きにすればいいと思います」


「……あの女が、今週はウロウロすると?」


「そりゃそうでしょう。えっとですね」


彼女はケータイをごそごそ触って、見せてくれた。


『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。死ぬしかない。最後にフランツの顔を見てから、死ぬ』


死んでも全然かまわない。むしろ、死んでほしい。


「まあ、死ぬ死ぬ詐欺ですよね。何回もやってますしね。潤夏ちゃん、文才ないしね。なんせ、フランツですしね。日本人の名前じゃないし、みんな実在の人物だなんて思ってないかもね」


「みんなって?」


「ラインとツイッターで絶賛拡大中ですね。ネーミングのフランツ、ウザすぎでウケてます」


……俺は沈黙した。


ナスと女子高生型座敷童を天秤にかけた。


「宇津木さんが行ってくれさえすれば、解決するのに」


「嫌ですよ。ナスなんかのために。真壁さん、馬鹿じゃないですか?」


俺はむっとした。


しかし、ナスは水をやらねば枯れてしまう。


「大体、3時間もかかるんですよ? 往復で6時間。あほじゃないですか」


黙って聞いていれば言いたい放題……


「クルマなら往復2時間だ。高速通って。レンタカーと高速代は出そう」


「クルマ、乗れません」


「免許ないのか」


「あっても乗れません。高速みたいな危険なとこ、走れるわけないじゃないですか」


「高速の方が断然安全だ。そこらへんの交差点の方がよっぽど危ないわ」


宇津木さんは肩をすくめた。


「まあ、お好きなように」


そう言って、席を立とうとした。


「よし、仕方ない。俺が運転してってやろう」


ものすごく妥協せざるを得なかった。本来一人で行くはずだった。余計な荷物を乗っけてかなきゃならないとなると、燃費が悪くなる。


だが、宇津木さんは馬鹿にしたような笑い声をあげた。ムカつくな、この女。


「ハッハッハ。とんでもありません。自分で行ったらいいじゃないですか。なんで私がナスの水やりに付き合わなきゃいけないんですか? 知ったこっちゃないですよ」


気づかれたか。


「迎えに行ってやる」


彼女が不審な顔をした。


「迎え?」


「南大江のとこのマンションまで行ってやる」


宇津木さんが顔色を変えた。


「なんで知ってるんですか」


「入れてくれたじゃないか、夕べ」


仕方ない。ナスのためだ。大義の前に些事は嘘をついてよいと聖書に書いてあった。ような気がする。


「あ、言われたくないなら、水やりして」


宇津木さんが顔色を変えた。今度は赤い顔だ。


「奥さんいるんでしょう? なんてことを」


いえ。あの。独身ですが。


あと、マンションには入っておりません。ちょっと、口が滑った。


なにか、今、大惨事を引き起こした? 口は災いの元ってやつ?

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