第57話 手がかり
「……ってえ」
口内に錆の味が広がる。
どこか切ってしまったのかもしれない。
だが、再起の代償としては安い負傷だ。
おかげで目が覚めた。
改めて思う。
現時点において、七瀬のことを気にかけているのは、世界中で俺一人だ。
俺が諦めてしまったら、七瀬は本当にひとりぼっちになってしまう。
それだけは、絶対に駄目だ!
絶対に絶対に絶対に!
「絶対に見つける!!」
両足に力を入れて立ち上がる。
そして再び足を動かそうと……いや、落ち着け。
また、考えもせずに行動するのか?
また、同じ失敗を繰り返すぞ?
冷静になれ。
頭を冷やして考えろ。
……仮説を立てよう。
もし、今日七瀬が自ら命を断つとして。
彼女は最期の日に、どこへ行く?
何を食べる? 何を体験する?
最期に七瀬は……何をしたいと思う?
それを導くためには、七瀬の思考を辿る必要がある。
──困難に遭遇した時は、現状ある情報をしっかり整理して、冷静に分析するべきよ。
──論理的に詰めれば、だいたい同じような解決策になるわ。
七瀬の言葉を思い起こす。
そうだ、もっと思い出せ。
感情的になるな、頭で考えろ。
現状ある情報を整理しろ。
七瀬涼帆は何が好きで、何が嫌いだった?
七瀬涼帆は何を基準に行動を決定していた?
七瀬涼帆は……どんな少女だった?
それらの情報をもとに論理的に考えて、七瀬は最期にどこへ行く?
思考を深い部分まで巡らせたその時、脳裏できらりと何かが光った。
弾かれるようにスマートフォンを取り出し、写真フォルダを開く。
4日前に撮った写真。
まさにこの場所で俺が撮った、富士山をバックに微笑む写真を見て思い出す。
あの時、七瀬はぽつりと、こう呟いた。
──私、夕陽が好きだったみたい。
「もしかして……」
次々に思い浮かぶ情景。
この場所で、うっとりと夕陽を眺めていた七瀬。
浜松城の天守閣から、『青空よりも夕陽の方が好き』と言っていた七瀬。
沖縄の海で、夕陽が見えなかったことをがっかりしていた七瀬。
昨日のガーデンパークの展望台で、それまで魂が抜けたような様子だったのに、夕陽が見えない事に関しては残念そうしていた七瀬。
七瀬が最期に見たいと思う光景は、夕陽ではないだろうか?
すとんっと、胸に落ちるものがあった。
納得感はあるとはいえ、仮説は仮説でしかない。
正直賭けだ。
だが現状、どんな仮説を立てようと、全ては賭けでしかない。
とはいえ、今まで立ててきた仮説の中では一番、確度が高いように感じた。
だったらこれに賭けるしかない。
とはいえ……。
「いや……どこで夕陽を見るって話だよ」
また目の前が真っ黒になりかけた。
夕陽なんて視界が開けていれば日本中どこでも見れる。
その中からピンポイントで七瀬の居場所を当てるなんて無理に……いや、弱気になるな!
考えろ。
数多ある夕陽の見えるスポットの中で、七瀬はどこで見ようとする?
考えろ。
七瀬の思考を辿れ!
考えろ、考えろ、考えろ!
俺とはまるっきり正反対の、七瀬の思考をかんがえ……。
「……正反対?」
ハッとする。
「そうだ、正反対……」
そうだ、そうだった。
よくよく思い返せば、七瀬はいつもある行動をしていた。
それが、彼女の行動パターンを割り出す大きなヒントだ。
震える手でスマホを取り出す。
検索エンジンに文字を入力する。
その数分後、今度こそ俺は展望タワーを後にした。
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