第50話 限界だった
昼食後、俺と七瀬はガーデンパークを散策した。
花広場には一面にピンク色のコスモスが咲き誇っていて、思わず息を呑むほど美しかった。
「コスモスの花言葉ってなんだったっけ」
「色によって違うわ」
「んー、じゃあ、ピンクは?」
「乙女の純潔」
「乙女の、純潔……なんか、想像と違ったな」
予想外の答えに言い淀む。
恐らく、ここで七瀬から『なにコスモスから妄想膨らませてるの変態』みたいな返しが来るだろう。
違った。
「……そうね」
返ってきたのはそれだけだった。
その後、花の美術館に足を運んだ。
美術館は、色とりどりの花に覆われてた、まるで御伽の国に出てきそうだな洋風の館だった。
庭には薔薇の大アーチを中心にたくさんの花壇が配置されていてさまざまな色彩を楽しめた。
印象派の画家、クロード・モネがフランスに造った庭園を模したとかなんとか、そんな感じのことが説明板に記載されていた。
七瀬の好きそうな知識がびっしり書かれているな、と思ったが……。
七瀬は、説明板に一瞥も寄越さなかった。
浜松の博物館では齧り付かんばかりに熟読していたのに。
「結構面白いこと書かれてるけど、読まないのか?」
尋ねる。
恐らく、ここで七瀬から『学習意欲ゼロの高橋くんにしては珍しい提案じゃない』みたいな返しが来るだろう。
違った。
「気分じゃないわ」
返ってきたのはそれだけだった。
その後、ガーデンクルーズに足を運んだ。
その名の通り、遊覧船から園内の自然をのんびり眺めるアトラクションだ。
「なんか、デートみたいだな」
ふと、そんなことを言ってみる。
少し踏み込んだ言葉を投げて、いつもの返しを期待したのだ。
『いきなり何言ってるのよ、バカじゃないの』みたいな。
やっぱり、違った。
「かも、しれないわね」
返ってきたのはそれだけだった。
終始、七瀬はこんな調子だった。
流石におかしいと、俺も確信せざるを得なかった。
ガーデンパークはかなりの広さがあって、ひとつひとつエリア回っているうちに段々と陽が落ちてきた。俺のテンションも比例して落ちていく。
そろそろ時刻も夕方に差し掛かった頃。
最後に残していたスポット、展望塔に登った。
展望塔は公園のほぼ中央に位置しており、かなりの高さがあった。
ビルの5階建てくらいはあるだろうか。
そのため、園内だけでなく浜松湖まで見渡せた。
しかし、今日は生憎の曇り空。
展望室から見える景色は、全体的にどんよりしていた。
まるで、俺と七瀬に漂う空気みたいだった。
「今日は曇りだから……夕陽、見られないな」
意図を以って言葉を投げかける。
夕陽は、七瀬の大好きな景色だ。
今日、七瀬は初めて、表情にわかりやすく感情の色を浮かべた。
「とても、残念ね……」
七瀬は心底、残念そうに目を伏せた。
夕陽が見れなかった事以外に、七瀬の感情を下げる他の何かがあることは明白だった。
展望塔を降りると、空は今にも泣き出しそうになっていた。
時間的にも天候的にも、遊園地は次の機会でという運びとなり、バス停へ向かう。
時間の割に薄暗い遊歩道を七瀬と歩く。
……これ以上は、限界だった。
入り口に近い花広場で、俺は切り出した。
「何かあったのか?」
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