第46話 絆の深さ

『間もなく、1番線の東京行きの……』


 待合室にアナウンスが流れる。

 そろそろ、お別れの時間だ。


「二人とも、改めてありがとう」


 奏さんが深くお辞儀をする。


「感謝しても仕切れないわ」

「こちらこそ、本当に楽しかった……それと、色々と出してくれて、ありがとう」

「いえいえどういたしまして」

「この礼は、いつかどこかで必ず」

「いいわよそんな。子供がそんなこと気にしないの」

「さっき、自分の事子供って言ってなかったっけ?」

「あれはバーゲンセール中だったから」

「大人と子供の区別雑過ぎない?」

「でもそうね。二人とも働き始めたら、その時は日本酒でもご馳走してもらおうか」


 奏さんの言葉に、七瀬がピクリと眉を動かして言った。


「それまで生きていたら、酒造ごとプレゼントしてあげるわ」

「あはは、何それ。余命宣告でもされてるの?」

「膵臓を食べないと死んでしまう難病に侵されてるかもしれないわね」


 奏さんは冗談と受け取ったらしく、うははっと笑った。

 俺は笑えなかった。


 七瀬の表情から感情を読み取ろうと注視したが、何もわかりゃしなかった。

 その後、連絡先交換をして、新幹線ホームへ。


 東京行きの列車に乗り込む直前、奏さんが言った。


「そういえば涼帆ちゃん。私もずっと気になっていたのだけれど」

「何?」

「涼帆ちゃん、なんで私のこと『貴方』呼びなの?」


 どこぞの留年ギャルにも全く同じ事を突っ込まれていたな。


「……別に、特に深い理由はないけど、何か問題でも?」

「問題大ありよ。呼称はその人との絆の深さを表すものなんだから」

「絆の深さを表すもの……」


 ちらりと、七瀬が俺を見やる。

 そういう意味合いもあるんやぞ、と念を送ったら不審者を見るような目で返された。


 だから、なんでや。


「そう。私と涼帆ちゃんは10年来の大親友なんだから、その絆の深さは田沢湖並よ」

「いや、今日まで一度も会っていないのに、423.4mも深いわけがないじゃない」


 流石すぎて草。

 確か田沢湖は、日本一深い湖だ。

 

 ちょくちょく知識クイズ出してくる奏さんも奏さんだけど、しっかり瞬で反応する七瀬も七瀬だ。


 奏さんが満足そうに頷く。


「細かい事はいいの。少なくとも『貴方』呼び以外の相応しい呼称が、あるはずだと思うのだけれど、どう?」

「どう、って言われても……」


 じいっと、奏さんに見つめられる七瀬。


 気まずそうに視線を逸らし、観念したように溜息をついてから、言葉に音を乗せる。


「…………………………篠田さん」

「ま、妥協点としときますか」


 仕方がないなと、奏さんわがままな妹を許す姉のような笑みを浮かべた後。


「せめて翔くんくらいは、下の名前で読んであげなさいな」

「なぜ?」

「バイカル湖くらいの深さの絆があると思うから」

「は、はあっ? そんな、1620mも深い絆なわけ……」


 爆弾発言に狼狽える七瀬。

 一方の俺は、バイカル湖ってあれか、世界一深い湖だっけと知識の参照に引っ張られて反応できなかった。


 プルルルルっと、いよいよ発車の旨を伝えるベルが鳴り響く。


 頬を僅かに桃色に染める七瀬を微笑ましく見やって、奏さんは最後のクイズを特大級の爆弾発言に乗せて出題した。


「少なくとも、あなた達はマリアナ海溝レベルの絆には発展するポテンシャルを秘めてると、私は思うわ」


 マリアナ海溝。世界一深い海溝だ。


 パクパクと口を金魚みたいにする七瀬よりも先に、俺は答えた。


「……10911m?」


 答えると、奏さんはフッといつもの不敵な笑みを浮かべて。


「正解」


 ぷしゅーと、ドアが閉まり、奏さんの見えなくなる。


 東京に向けて動き出す新幹線を見送りながら俺は、最後の最後で初めて七瀬より先に答えられた達成感と……よくよく思い返すとなかなかやばい発言をぶん投げられたことに気づき、言葉を失うのであった。

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