第40話 那覇の海に降臨

「ただいま、生命の起源」


 大海原にこんな言葉をかけるのは、タイムスリップしてきたアダムか、ちょっと頭のネジがぶっ飛んだ限界社畜OLくらいだろう。


「昨日の私もまさか、沖縄のビーチに生まれながらの姿で降臨するなんて、思ってもみなかったでしょうね」


 那覇空港からレンタカーで10分の海水浴場。

 水着姿の奏さんが、感慨深げに言う。


「厳密には水着着てるから、生まれながらの姿じゃない気が」

「それは確かにそうね。それじゃあ……」

「いや、脱ごうとするんじゃない!」


 ちなみに奏さんが着用しているのはいわゆるビキニというやつで、男子高校生にとっては限りなく猛毒に近いシロモノだった。黒は扇情的すぎるだろ黒は。


 スーツを着ている時も思ったが、ビキニ姿の奏さんを見るとスタイルが抜群に良いことを思い知らされる。


 きゅっと引き締まった体躯にすらりと長い手足。

 白磁のように白い肌が沖縄の日差しに照らされキラキラ輝いている。


 個人的にはもうちょっと食べた方がいんじゃないかと思ったが、痩せ細りの原因が連日の激務によるものじゃないかと思い至って考えるのをやめた。


「那覇にまできて、何バカやってるの?」


 奏さんの脱着を防ごうと奮闘していると、七瀬が呆れた様子でやってきた。

 七瀬も水着姿だった。道中のショッピングモールで購入した水着だ。


「涼帆ちゃんもビキニでいい?」という奏さんの提案を全力で拒否した甲斐あって、露出は少なめのワンピースタイプのやつ。


 柄や色味は落ち着いていて、七瀬の性格とよくマッチしていた。


 言うまでもなく、綺麗だった。

 芸術品かと思った。

 女子にしては高めの身長に、程よく肉付きの良い手足、開けた胸元はたわわな二つの果実がちらりと覗いている。


 もう一度言う、綺麗だった。

 全てが完璧なバランスで調和していた。


 意思に反して瞬きが多くなって、呆けてしまう。


「……何よ」

「……いや、似合ってるなって」


 思ってたことがそのまま口に出てしまうと、七瀬はバッと胸元を隠した。


「……変態」

「なんでだよ!?」

「視線、ずっと胸元を向いてた」

「いやいやいやいやそんなことは……ないよ?」

「間があった。ギルティ」

「くっ……即否定できなかった自分が悔しい!」

「まあまあ涼帆ちゃん、仕方がないわよ。男なんて、おっぱいとおっぱいとおっぱいには逆らえないよう、遺伝子に刻み込まれてるんだから」

「全部おっぱいやんけ」


 ばいんっと、奏さんが胸部に搭載した核兵器を揺らす。

 七瀬に負けず劣らず、なかなか強力なサイズ感だった。


「それにしても美しい……美しいわね……」


 奏さんがジロジロと、七瀬の身体を眺めて言う。

 動作が完全に怪しい人のそれだ。


「この感動は生まれて初めてe^(iπ)+1=0を見た時に相当するわ」

「なんだって?」

「知らない? 世界一美しいと呼ばれている数式よ」

「レオンハルト・オイラーが発見した数式ね」

「正解。流石、涼帆ちゃん」


 こういう会話を聞くと、教養があるっていいなと思う。

 両人の知識量は教養の範囲を超えてる気がするけど。


「さて、じゃあ泳ぎましょうか」

「おー!」


 人生何が起こるかわからないものだ。


 今朝、浜松にいたはずなのに、俺は今、沖縄の空に拳を掲げている。

 こんな貴重な体験をさせてくれた奏さんには感謝しかない。


 社畜のノリ、万歳!


「ちなみに、静岡行きのフライトがあるから、滞在時間は1時間半よ」

「おおー……」


 社畜の宿命、無念なり。


「待たせたわね那覇の海! 私の身体で出し汁を取りなさい!」


 唐突な味噌汁宣言をしてからひとり、海へ猪突猛進し始めた奏さん。


 その後を追おうとすると、ぱしっと七瀬が手首を掴んできた。



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