第36話 呑んだくれOLさん

「日本酒、おかわりを貰えるかしら?」

「かしこまりましたー!」


 OLさんと、にこやかに注文を取る店員さんを見て俺が思った事はただ一つ。

 どうしてこうなった。

 

 いや、どうしても何も、OLさんが俺たちを視認するや否や「良かったら一緒に飲まない?」と席に移動してきたのだ。


 あまりにも自然な流れで相席を敢行されたため断ることもできず、今に至る。


「自己紹介がまだだったわね」


 赤縁メガネをクイッとするOLさん。

 赤らんだ顔とのアンマッチが凄い。


「私は篠田 奏(しのだ かなで)。27歳、一流商社の敏腕営業マンにして限界ブラック社畜OLよ。気軽に奏さんって呼んでね」


 一流とか敏腕とか、自分で言うもんじゃなくね? 

 なんだか、落差の激しい肩書きの人だな。


 OL改め奏さんに、俺はそんな印象を抱いた。


「あ、えっと、俺は高橋翔って言います。高校2年生です」

「七瀬涼帆。高橋くんの同級生」

「翔くんに涼帆ちゃんね、よろしく!」


 にっこりと、奏さんが微笑む。

 自然で、相手の警戒心を解くには十分な威力を発揮する笑顔だ。


 なるほど、敏腕かどうかは知らないが、営業マンというのも頷ける。


 片手に日本酒を握り締めてなければ、単純な俺はコロッと騙されて高い壺とか買わされていたかもしれない。


「あ、敬語は無しでお願い。部下と話してるみたいで社畜病が発症するから」

「社畜病って」

「お願い……プライベートくらいは、私をただの人間でいさせて……」


 今にも泣き出しそうな勢いで懇願された。

 何があったんだ一体。


「ああ、わかったよ」


 気は勧まないがタメ口で話すことにする。


「それはそうと、あなた達、東京から来た子だよね?」


 奏さんの質問に、心臓がバゴンッと跳ねる。


 なんで、知ってる?

 わからない。


 だが、口ぶりからして確信しているようだ。


「えっと……」

「ええ、東京から来たわ」


 七瀬が先行して言う。

 頭の回転の速い彼女は、認めた方が良いと判断したようだ。


「やっぱり。方言濃度0のその口調は絶対都民だと思ったわ」


 なるほどそういうことか。


 よく人を見てるなあ。

 これはもう敏腕営業マンだろう(単純)。


「今日は金曜日だけど、学校はお休みなの?」

「そうよ。今日は創立記念日で、お休み」


 七瀬が適当な設定を作ってすらすらと述べる。

 助かる。


「なるほどー。それで、男の子と二人きりで旅行、ねえ……」


 クイッと、奏さんは再びメガネを持ち上げた。

 何その「私全部察したわ」オーラ。


「お待たせいたしましたー」


 そのタイミングで、店員さんが徳利に入った日本酒を持ってきた。

 その徳利を、奏さんは無言で受け取るやいなや一気に喉に流し込む。


 日本酒って度数低いお酒だったっけ?


 詳しくはわからないが、確実に言えることは一つ。

 一気飲みはやめましょう。


「おかわりを貰えるかしら?」

「は、はい」


 空になった徳利を店員さんに返し、赤みが倍増した顔を向けてきて、奏さんが言う。


「若いっていいわねー、お酒が進むわ」

「いや、進むようなくだり一つもなかっただろ」

「健全な高校生男女がふたりで旅行って、もうそういう事としか思えないじゃない?」

「思わないで! ただの友達だから!」


 いやまあ確かに、言われてみるとそうかもしれないけど。


 こうなった経緯には敏腕営業マンでも予測できない、

 ふかーーい理由があるわけで。


 明かせない以上、ただの友達と言い張るしかないのだが。


 というか大丈夫かな七瀬。

 俺たちの関係性に根も葉もないレッテルを貼られるのは、七瀬のお怒りポイントだったはずだ。


 血管切れてないかなと横を見ると、七瀬は何やら噛み締めるような表情で「……ともだち」と呟いていた。


 え、まさか友達と思われてない……?


「友達、ねえ……。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」


 さっきからこの人、初対面の俺たちに遠慮なさすぎないか?


 ……聞いたことがある。

 確か地方では、飲んでいたら突然、隣の席の人に話しかけられて、気がつくと一緒に飲み開催! 

 みたいなパターンはよくある事とかなんとか。


 おそらく奏さんは地元の人で、たまにこうやって旅行者に絡んで一緒に飲みを楽しんでるのだろう。

 

 そう考えると、一期一会の出会いって感じでワクワクしてきた。


 これだよこれ、これぞ旅の醍醐味だよ!


「あ、そうそう言い忘れてたけど、私も東京の民よ。浜松には出張で来たの」


 前言撤回。

 ただの酔っ払いだわこの人。

 

「都民なのね。どこに住んでるの?」

「ギロッポンという、欲と金に塗れた愛憎の地よ」


 六本木とかやばくない? 

 平均所得1000万オーバーのブルジョワ街じゃん。


 まあでも、一流商社の敏腕営業マン(もう認めた)なら納得か。


「へえ、六本木。私は恵比寿住みだから、近いわね」


 恵比寿に住んでたんかいワレ! 


 ちなみに恵比寿も都内住みたい街ランキングトップ5常連のオシャンティーな街だ。


 どうやら二人とも、俺みたいな庶民とは世帯年収の桁が違うらしい。


「翔くんはどこに住んでいるの?」

「俺は田端!」

「田端! 北区ね。私の通っていた大学が文京区で、お隣さんだったわ」

「おお、そうだったんだ! 文京区の大学というと……」


 え、もしかして。

 一つ、文京区に聳え立つ超有名な大学が頭に浮かんで、いやいやあり得ないと頭が否定する。


 だって、こんな酔っ払いが……。


 フッと、私も罪な女だわと言わんばかりの笑みを浮かべ、奏さんは言った。


「オーラでもうバレてると思うけど、東大出身よ」

「バレてねえから」


 むしろ対極くらいに考えてたから。

 日本最高学府と名高い東京大学の卒業生が、呑んだくれて高校生に絡むとは夢にも思うまい。


 いやでも、確かに言われてみると話し方にハイレベルな知性を感じるし、纏っているオーラも天才のそれっぽい。


 なんというか……めちゃくちゃ頭はいいんだけども、頭のネジが二、三本ぶっ飛んでんじゃないかという『狂』を感じるところとか。


 俺とは明らかにズレた感性持っている。   

 そんな印象をひしひしと、奏さんから感じるのだ。


「というわけで。同じ都民同士、浜松での奇妙な縁に乾杯しましょ」


 そう言って、奏さんがおちょこに徳利を傾ける。が、一滴も液体が出てこない。

 奏さんが首を傾げて、徳利の中を覗き込み一言。


「さっき飲んじゃってたわ」


 大丈夫? この人学歴詐称してない?


 七瀬も、怪しい自己啓発セミナーの講師を見るような視線を向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る