第21話 もっと気楽に生きよーよ
「はるちーのばかーーーーーーーー!!!!!」
突然、瑠花さんが叫んだ。
「めーーーーーーっっちゃ好きだったのにーーーー!!」
両手で口に輪っかを作り、身を乗り出して、瑠花さんが心の底から叫んでいた。
「幸せになりやがれこんちきしょおおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーー!!」
叫び終えた瑠花さんが、はぁはぁと肩で息をしている。
そういえばこれ、瑠花さんの失恋ドライブだったなと今更ながら思い出す。
「……やまびこ、返ってこないな」
「あーしの魂の叫びは、富士山でも返しきれないんだよ」
瑠花さんがスッキリした笑顔で言う。
失恋したとは思えない様子だったが……手すりについた両腕が微かに震えていた。
……本当に、好きだったんだろうな。
なんだか、俺までやりきれない気持ちになる。
「やっぱり、わからないわ」
七瀬が、瑠花さんに向き直る。
「んえ? 何が?」
「失敗するってわかっていたのに、なぜ告白を決行したの?」
こてりと首を傾げる瑠花さん。
質問の意図がわからない、といった様子だ。
「相手は同性で、しかも彼氏がいて……絶対に失敗するって、傷つくってわかっていながら、なぜ告白をしたのかと聞いているの」
七瀬の視線が、震えていた瑠花さんの両腕へ。
その表情は、真剣だった。
「なんで、って言われてもなぁ……」
腕を組み、難しい顔をして首を左右に倒す瑠花さん。
七瀬がこんな質問をした理由を、俺はなんとなく察していた。
七瀬にとって、失敗は重く、許されない事。
故に、理解できなかったのだろう。
明らか分が悪すぎる告白に、瑠花さんが突撃していった事が。
瑠花さんの行動原理はなんだったのか、それを七瀬は知りたいのだ、きっと。
「普通に嫌じゃない?」
「……嫌、とは?」
「失敗するより、自分の気持ちを押し殺すほうが、あーしはヤダなーって」
「それは、そうかもしれないけど……」
「そもそもさ、失敗ってそんなダメな事なの?」
まるで、赤子が母親に疑問をぶつけるように、瑠花さんが尋ねた。
「ダメに決まってるじゃない」
「決まってるの? なんで?」
「なんでって……」
そこで、七瀬は口を噤んだ。
迷子の子供のように、視線を彷徨わせていた。
──テストも、かけっこも、ピアノも、美術の発表会も、他者と競争する事に関して、両親は私に、一切の妥協を許さなかった。
親に一方的に結果を強要され続けた結果、『失敗をしてはいけない』という強迫観念を植え付けられた七瀬。
多分、そこに七瀬の意思はない。
だから、答えられないのだ。
「と、とにかく、ダメなものはダメなのよ。失敗したら、何かしら不利益を被る。合理的に考えて、利益は最大化を図った方が良いに決まってるじゃない」
「んー……」
瑠花さんは顎に人差し指を当てて、頭上に疑問符を浮かべた。
「よくわかんないけど、あれだね、りっちゃん、もうちょっとバカになったら?」
「……は? バカ?」
今度は七瀬が怪訝な顔をした。
「そーそ! あーしみたいに、バカになろ!」
きゃぴん☆と決めポーズを取る瑠花さん。
「自覚はあるのね」
「いや〜、それほどでも!」
「褒めてないから」
「とにかく」
ぴんと、瑠花さんが人差し指を七瀬に向け、子供を諭すみたいに言う。
「色々と考えすぎなんだよ、りっちゃんは。もっと肩の力抜いたほうが良いと思うよ」
「肩の力を、抜く……」
「そーそ!」
にへらっと、口元の力を抜く瑠花さん。
「いいんだよ、失敗しても。別に死ぬわけじゃないんだし」
瑠花さんの言葉に、七瀬が目を見開く。
失敗してはいけない、という価値観を絶対的な信条としていた七瀬にとって、瑠花さんの言葉は青天の霹靂だったようだ。
「今まで何があったのかはわかんないけど」
一歩、二歩。
七瀬の目の前に来て、優しげに笑って、瑠花さんは言った。
「もっと気楽に生きよーよ」
それはまるで、魔法の言葉だった。
全身にのしかかった重たい荷物をたちまち消しとばしてくれるような。
文字通り、人生を気楽に生きているであろう瑠花さんだからこそ、ストレートに響くものがあった。
「ね?」
にっこり、瑠花さんが七瀬に満面の笑顔を浮かべる。
しばらく、七瀬は表情の動かし方を忘れたみたい呆然としていた。
しかし、やがてバツの悪そうに顔を逸らして。
「……一考はしておくわ」
「だ〜か〜ら〜! 難しく考えすぎなんだってばー。もっとバカになろ!」
そう言って、瑠花さんが謎のダンスを披露し始める。
毛モノパークで猿のフレンズが踊ってそうな感じの。
「かーくん今、絶対失礼なこと考えてるでしょ?」
「上手に踊れてえらいなって思ってるよ。バナナいる?」
「うきー! あーしは猿じゃない!」
「猿じゃん」
「猿ね」
「猿だったわ」
……ぷっ。なんだそれ。
アホすぎて笑えてきた。
瑠花さんもツボったのか、腹を抱えて笑い始めた。
七瀬も……口に手を当て、くすくすと笑みを漏らしていた。
こんな、純粋に面白くて笑ったのはいつぶりだろうか。
富士山の絶景を前にして、俺たちはしばらく笑っていた。
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