第22話 綺麗だ


 しばらくして笑いが収まってから、瑠花さんが唐突に言った。


「よし! せっかくだからセルフィーしよ!」

「せるふぃー?」

「自撮り!」

「ああ、陽の国の風習ね」 

「えええ!? もしかして、やった事ないの?」

「むしろいつやるんだ?」

「え? 普通に友達とどっか行った時とか?」

「あー……友達」


 自然に声のボリュームが低くなる。


「あ、ごめん! もしかして友達いない人だった?」

「ナチュラルに急所を刺してきたね?」


 それもナイフとかじゃなく日本刀でぶっ刺さしてきやがったな。


「そっかー、でも大丈夫、安心して!」


 ドンっと、瑠花さんが大きく張った胸を叩く。


「あーしが、かーくんとりっちゃんの友達だから!」

「いつから私は貴方の友達になったのかしら?」

「はいはいはーい、友達の定義がどうとか面倒くさい事言わない! えいやっ」

「ちょ、ちょっと!」 


 瑠花さんが七瀬に後ろから抱きついて頬をすりすりしている。

 これを見て友達と思わない奴はいないだろう。


 恐るべしギャルニケーション。


「というわけで、今日が二人の初セルフィー記念日だね!」


 七瀬に引き剥がされた瑠花さんがパンッと手を打って言う。


「私は別に、するって決めてないのだけれど」

「自撮りするのに決めるの何もないでしょ! こういうのこそノリと勢いっしょ」


 すちゃっと、瑠花さんが自撮り棒的なアイテムを取り出した。

 普通に出してきたけど、どこに仕舞ってたんだそれ?


「はいはい並んで〜! 富士山がバックに見えるように! あ、りっちゃん、前髪は整えておいたほうがいいよ? かーくんも、とびきりのキメ顔をよろしく!」


 瑠花さんがテキパキと慣れた様子で指示出しをする。


 七瀬は完全に瑠花さんのペースに呑まれたのか、諦めたように従っていた。


「どんな顔ををすればいいのか、わからないわ」

「笑えば良いと思うよ!」


 エヴァで見た気がするぞそのやりとり。


 瑠花さんと七瀬の後ろに並ぶ。

 正真正銘、人生初自撮りというのもあって謎に緊張してきたな。


「じゃ、いくよー! はい、チーズ!」


 カシャッ!!


「りっちゃん表情堅い! かーくん目瞑ってる! 初心者感丸出しわろた!」


 ぶひゃひゃひゃっと瑠花さんが愉快そうに笑う。


 静かに拳を握りしめる七瀬を、俺は必死に宥めた。


「でも、これはこれで良い思い出スリーショットが撮れたね」


 うんうんと、瑠花さんが満足気に頷く。


「せっかくだから、あーし単体でも撮ってちょ!」


 そう言って、瑠花さんが俺にスマホを渡してきた。


 富士山を指差し、快活な笑顔を咲かせる瑠花さんをシャッターに収める。


「ありがと! かーくんも撮ってあげる!」

「え、俺も?」

「当たり前じゃーん。ささ、そこ立って!」


 言われるがまま、ひとりで立たされる。


 なんだこれ。

 さっきと緊張が段違いだ。


 マクドで単品で頼まれたハンバーガーはこんな気持ちなんだろう。


 表情筋がカチコチに強張っていく感じがした。


「はい、チーズ!」


 カシャッ。


「地縛霊かな?」


 念写したら化けて出てきた心霊写真みたいになってしもうた。

 ぶっひゃっひゃと、瑠花さんがまた大笑いしている。


 俺も拳に力を入れたくなった。


「じゃあ最後、りっちゃんも!」

「私はいいわ。さっきので充分」

「えー! せっかく来たんだからさ、記念に撮っておきなよ!」

「私には必要ないわ。見返す事もないだろうし」

「あーしにはあるの! 見返して、かんわいいりっちゃんをハスハスし……こほん、今日という大切な思い出に浸りたいの!」

「そこまで言っておいてよくもそんな白々しく言えるわね」

「とにかく撮ろ! 今すぐ撮ろ! さあ、早く!」

「ちょ、ちょっとっ!! 目が怖いわよ、貴方!?」

「一考するんじゃなかったの?」

「うっ……」


 ニヤリ。


 瑠花さんが意地の悪い笑みを浮かべる。

 七瀬は悔しそうにした後、大きな大きな溜息を吐いた。


「……一枚だけなら」

「そうこなくちゃ! じゃありっちゃんも、そこに並んで……」


 その時。

 きゅぴんっと、瑠花さんが何か閃いたように豆電球を頭上に灯した。


 なんとなく、良からぬことを思いついたような。


「はい!」

「え?」


 いきなりスマホを差し出されて、間の抜けた声を落としてしまう。


「かーくん、撮ってあげなよ」

「俺が?」


 訊くと、瑠花さんがニマニマしながら耳打ちしてきた。


「こういう小さい部分で距離を詰めておけば、かーくんの恋は成就すると思うよっ」

「は、はあっ!?」


 いきなり何言ってんだこのギャル!? 


 だいじょーぶだいじょーぶ! おねーさんは全部お見通しだから!


 みたいな顔で親指を立ててくる瑠花さんの頬をスマホでビンタしたくなる。


 その勘違いは非常にタチが悪いぞ……!?


「何こそこそ話してるの?」

「ううんなんでも! ささ、早く早く」


 とんっと背中を押さえれる。

 もつれそうになる足をなんとか鞭打って、俺は七瀬にスマホを向けた。


「(……くそ、手が震える)」


 瑠花さんが変なこと言うから、妙に意識しまっている。


 スマホの画面越しでも、七瀬は可憐で綺麗で美少女だった。

 むすっとした表情ですら、何かの芸術作品かのように思えてくる。


「(でもやっぱり……笑顔が一番可愛いんだよな)」

「……何よ?」

「あ、いや……もっと笑ったら?」

「あいにく、その表情は登録されていないの」

「AIかよ。さっき夕陽眺めてた時の表情を参照すればいいじゃん、可愛かったし」

「か、かわっ……貴方ねえ……」


 カシャッ。

 お、なかなかいい表情が撮れた。


「ちょっと!?」


 七瀬が慌てた様子で手を伸ばしてくる。


「ダメ、それは反則! 撮り直しなさい!」

「あれ、1枚で良いんじゃ?」

「そ、それでも……ダメなものはダメなの!」


 むうううっと、ゲームで負けた子供みたいに頬を膨らます七瀬。


「(なんだよその反応……!)」


 いつもクールで素っ気ない七瀬が見せたギャップに、今度は俺が不意打ちを食らった。


 動揺を悟られないように咳払いを一つして、改めて七瀬にスマホを向ける。


「最高のキメ顔を頼む」

「しないわよ、キメ顔なんて」


 素っ気なく言った後、こちらに向き直る七瀬。

 

 キメ顔はしない。

 そう宣言した七瀬は、最高の表情を彩ってくれた。


 ふわりと持ち上がる口角、優しげに細められる双眸。


 自然な笑顔だ。


 風になびく長髪を抑えるように手を翳す所作すら、息を呑むほど美しい。


 夕焼け、富士山、七瀬涼帆という三大美が最高の状態で画面に収まり──。


 ──綺麗だ。


 カシャッ。

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