あと三日
「おはようございます、世界の終わりまであと三日になりました」
私からは特に頼んでいないのに、今日もユキが原稿を手伝いに来てくれた。
「ユキ、授業はいいの?」
「いいのいいの、リカの原稿が落ちる方が問題でしょうよ」
ユキがあまり自分の話をしてくれないので、私も自分が編集部から課された条件を話さないようにしている。
それでも、私が精神的にも体力的にも参っていることを察してくれているのだろう。
ユキが私の原稿にトーンを貼る。部屋にさしこんだ日差しに、赤茶の髪が透けて綺麗だった。
「私、リアルでも整理ができなくて注意力散漫な人間だったけど、バーチャルでもやっぱりダメだった」
ため息をつく私をみて、ユキが優しく微笑む。
「リカの漫画、ウチは好きだけどな」
「私の漫画のどこがいいのさ」
「好きがあふれているところ」
「好き?」
下絵を描く手が止まる。
今回の漫画は、コンペに提出する、連載を想定した作品の第一話。着物から中世ヨーロッパ風のドレスまで、さまざまな衣装を着こなすヒロインの魔法少女が、パートナーの男の子が作った銃器や刀で悪を斃す。
「確かに、自分の趣味全開だけど……」
そうだ、この漫画は私の好きが溢れている。でも、好きは好きでも――
ユキがヒロインの瞳のトーンを貼りながら、歌うように呟く。
「この子のモデル、ウチでしょ」
カッと耳が赤くなるのを感じる。
「で、この男の子がリカ」
ユキがキャンバス上の男の子の顔をペンでつつきながら、私をまっすぐに見つめる。
ね?
ユキは心底面白そうに笑う。
私は首まで赤く染まってしまって、何も言えずに俯く。
そうだ、このキャラクターのモデルはユキだった。綺麗で可愛くて頼もしいユキ。彼女にお世話になってばかりだけど、本当は彼女の助けになりたい一心で技術を磨く私。彼女の一挙一投足が気になって、バーチャルでも結局注意力散漫になる私。
「この男の子、人気でると思うよ。ウチ、こういうキャラクター好き」
好き。その二文字を呟くユキの唇は、さくらんぼ色のグロスに彩られていた。
「ユ、ユキはさ。サ終したら、どうするの」
すっかり動揺した私の声は、バーチャルだというのに裏返る。
「ウチはね、引っ越しじゃなくて終活。もう、バーチャルはおしまいにしないといけないの」
「え、じゃあ私のリアルの連絡先送るよ、リアルでも会おうよ。ユキに漫画褒めてもらわないと、私自信持てないし、集中できないから」
慌ててユキの手を掴むと、彼女は一重を細めて笑った。
「ウチ、結構忙しくなるんだよね。だから、これでお別れ」
「え、そんな、だって私ユキのこと――」
慌てて体を乗り出した私の唇に、ユキの細い指があてられる。
今は集中して、一緒に原稿しよう。
小声で呟きわざとらしくウインクをして、ユキは私にキスをした。
ユキは静かにトーンを貼り続けた。
私は一心不乱に下絵を描き続けた。
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