08話.[好きになったの]
一月になった。
私達の関係が変わった以外は特に変化はなく平和な毎日だった。
あ、冬休みが終わってしまったからまた学校に通わなければならないのは私にとって少し気になることかもしれない。
何気に一週間以上学校に通っていなかったからまた教室にいたくない病が再発してしまった形になる。
「やっぱりここが一番よね」
「そうだね、やっぱり教室は慣れないよ」
高校二年生の一月まできてもこれなんだから三年生になっても同じだと思う。
なので、この前考えたように死ぬまでずっと教室から逃げない私というのは見られないということになる。
まあ……授業をしっかり受けておけば問題もないからそこまで気にしなくていい……かなと。
「あ、そういえばおめでとう」
「ふふ、いきなりね」
「和彦君から聞いたからね、できることなら麻美さんから聞きたかったけど」
そういうものなのかと不思議な気持ちになった。
例えば彼が姉と付き合い始めたと言ってきたら私はおめでとうと言わせてもらうけど、私が和彦君と付き合い始めたと言うのは違うと思う。
説明しづらいなんとも言えない感じがすごいというのが大きい。
「あなたはいきなり付き合い出したと言われても困らないの?」
「困らないよ、大切な友達が付き合い始めたら嬉しいだけだよ」
「それならこれからなにかがあったら言わせてもらうわね」
「うん、そうしてくれると嬉しいかな」
ひとつ気になることがあるとすればここが凄く冷えることだった。
あっちは人が多くいることで暖かいから余計にそう感じている。
あとは学校ではあまり近づかないというルールができてしまったから困っている。
理由はすぐに抱きしめたくなってしまうかららしいけれど……。
「もうデートとかしたの――って、和彦君といること自体がデートだよね」
「大晦日に一緒にいたりもしたわね」
家にいるか和彦君のお家にいるかだからほとんどそういうことはしていなかった。
和彦君といられれば満足できてしまうからどこかに行きたいという欲もない。
そういう場所にいるからってなにか特別なことをしているわけではないし……。
「ドキドキよりもとにかく安心できるのよね」
「一緒にいる時間が長いからだろうね、僕だってほぼ二年しかいなくても麻美さんといられているときは安心できるし」
「ふふ、お世辞でもありがたく受け取っておくわ」
悪く言われることもなければよく言われることもあまりなかったからこの変化は嬉しい。
たったひとりからでも悪く言われるよりかは遥かにいいに決まっているから。
こればかりは急にどうこうできることではないからいい方に傾いているということだ。
自信を持てるようになればもっと堂々とした態度で和彦君の隣にいることができる。
「ねえ、例えば直人君が明日香と付き合っていた場合、どういう風に接する?」
「僕がもし本当に明日香さんと付き合っていたとしたら帰りは手を繋いで帰ったりしたいな」
「他には?」
「頭を撫でたりとか、一緒に勉強をしたりとか、それこそ一緒に出かけたりしたいかな」
意外とは思わなかった。
寧ろ彼はなにも求めなさそうで相手がやきもきしそうだった。
相手が動いてくれるのを待つような人ではないだろうから決めるときは決める……かなと。
「健全な感じなのね」
「うん、キスとかはなかなかね」
「あなただったら相手の子をたじたじにさせそうね」
「そんな勇気はないよ」
本気で好きになったらどうなるのかは誰にも分からない。
変わらないかもしれないし、これまでの自分がなんだったのかと自分で指摘したくなるぐらい大胆に動けるようになるのかもしれない。
だからなんでも無理と片付けてしまわないで挑戦してみることが大切と言われるのかも。
「やっほー」
「あなたはいつも変わらないわね」
「それはそうだよ、私は私だもん」
姉の手を握ってみたらにこりと笑ってくれた。
なんとなく直人君の方を見てみたけど別に普通だった。
まだまだ彼的には時間が足りないということだろうか。
姉は積極的だから待ってみてもいいのかもしれない。
「というかさ、和くんとじゃなくて直くんといていいの?」
「いいのよ、彼は私にも優しくしてくれるもの」
例え姉と仲良くするためだからだとしても構わない。
優しくしてくれていることには変わらないんだから真っ直ぐに信じられる。
それに私に興味があるならあの一年の間にアピールしてきていただろうし……と、自惚れて変になっている私もいた。
「それに僕らは一緒にいる時間がそこそこ長いからね」
「ふーん、私とは違うって言いたいんだ?」
「でも、事実だから」
ふたりだけの世界を構築される前に反対側の校舎に戻ることにした。
「「あ」」
そうしたら教室に入ろうとしたところで何故か和彦君と遭遇して足を止める。
私のクラスにも友達がいるからあまり違和感はないものの、女の子とばかりいたら嫌だと考えている自分がいた。
「また寺本のところに行っていたのか?」
「ええ、教室は慣れない場所だから」
クラスのメンバーが変わってもそこだけは変わらない。
教室に彼か姉がいてくれれば頑張ってみようと努力もできるけど、ふたりともいないうえに友達もいないわけだからどうしようもない。
だからこそ対策不可能というか、いまみたいに逃げるしかなくなるという感じだった。
「昼休みはやっぱり一緒でいいか?」
「私はずっと待っているわ、あなたがいいならそんなの当たり前じゃない」
「おう、じゃあまた後でな」
「ええ、授業を頑張りましょう」
恋人だからとかではなく和彦君だからこそ一緒にいたい。
私がそのような変なルールを作ったわけではないんだから誤解しないでほしい。
それに恋人同士なんだから抱きしめるぐらいいくらでも……。
キスとかそれ以上の行為というわけではないんだから構わなかった。
あ、もちろん人目がないところに限るけれど。
「よう」
「ええ」
お昼休みだけではなく放課後も過ごしてくれることになった。
それでも今日はすぐに帰らずに出されていた課題をしてからにしようと決めている。
……帰宅したり彼のお家に行ったりするとそれはもう甘い雰囲気になってしまうから。
その後は残念ながら集中力がだだ下がりになってしまうからいまやるしかない。
「麻美はいつも変わらないな」
「そんなことないわよ、……あなたに自由にされた後は全く集中できないわけだし……」
「待て待て待て、変なことはしていないからな?」
安心できていたあの日々はもう終わってしまっていた。
いまはもう抱きしめられるとドキドキしてしまって仕方がない。
ただ、いまのこの感じなら自然と好きだという言葉が漏れてしまうのもありえるから悪くは思っていない。
彼としても好きだと言ってもらえた方が嬉しいだろうし……。
「終わったわ」
「帰るか」
「そうね、あ、今日は大丈夫なの?」
「ん? 当たり前だろ、放課後は完全に麻美を優先するに決まってる」
その気持ちはありがたいけど長引くと義務みたいになってしまって気持ちよくいられなくなってしまいそうだ。
自由に言うときもあるけど、彼にはやはり自由に行動していてもらいたい。
「恋人同士だからって絶対に過ごさなければならないわけではないのよ? このままそのままでいるときっとあなたは息苦しくなってしまうわ。だから、一週間に三日とかでもいいからあなたの自由に――」
「俺が過ごしたいから言ってる、他の人間と過ごしたいから学校ではあまり会わないようにしていたわけじゃないぞ」
これではそういうつもりはなかったのにそうじゃないと言ってほしくてしたみたいになってしまう。
恥ずかしいどころかかなり恥ずかしいからこのまま抱きしめられたままでいたかった。
顔を見られたくないというのもあったし、もうそういうモードになってしまったのもあるし。
だからやはり恋というのはいい面ばかりではなかった。
「麻美?」
「……もう帰りましょう」
「ああ、俺の家に行こう」
それでも帰らなければならない。
外にいたところで体が冷えるばかりでメリットがないから。
「はい」
「ありがとう」
猫舌というわけではないから熱い状態で味わうことができる。
コーヒーより紅茶派だから普通にありがたい。
何故なら自分で買わない限りは紅茶なんて飲めないからだ。
「考えたんだけどさ、登下校ぐらい手を繋いでもいいよなって」
「いまでもたまにしているでしょう?」
近くに同じ学校の生徒が現れてもやめようとしないから困っているぐらいだった。
自慢したいというわけではないだろうから単純に意地になっているのかもしれない。
恋人同士なんだからこれぐらい普通だろと言いたいのかもしれない。
「あと、たまにはどこかに行きたいよな」
「どこか……、あなたは行きたいところとかあるの?」
「温泉とか行きたいよな。昔はほら、大槻家と高野家で行ったことがあるだろ?」
「懐かしいわね」
あの頃、いまより多少は両親とも話せていた気がする。
というか、いつだって姉と和彦君がいてくれていたから頑張れていたのかもしれない。
変わってしまったのはそれぞれ部活動が始まったことによる、一緒にいられる時間の低下が影響している。
その頃から私が両親を避け始めてしまったからいまに繋がってしまっている状態で。
「それにあのときは同じ部屋じゃなかったからな」
「私は明日香とあなたのお母さんと同じだったわ」
「こっちなんてろくに会話もないし最悪な感じだったんだぞ」
父親同士はそういうものではないだろうか。
喋りたがる人ばかりではない。
バランスのために母親達がいっぱい喋っているわけではないだろうけど、これまで見てきた感じではやはり母親達の方がお喋り好きだと思っていた。
もちろん全てがそうではないから一概には言えないけれど。
「ふたりで行けたら最高だと思うんだよな、なんか夫婦みたいに楽しめそうだから」
「付き合っていない状態でも十分幸せな時間を過ごすことができたわ」
だから付き合っているいま行ったらそれこそ……。
あと、昔と違って健全ではない時間が多くなりそうだから少し不安だ。
い、いつだってそういうことを求めてくるわけじゃないから必要のない思考だけれど……。
「それにあの頃はほぼあなたが全てと言ってもいいぐらいだったもの」
「寝る直前まで引っ付いてきていたよな」
「ええ、あなたがいてくれないと嫌だったから」
中学生とか高校生になったら変わるかもしれないという考えはもちろんあった。
彼に甘える度にしっかりしなければいけないと私なりに考えていたから。
が、来てくれる彼に結局甘え続けてしまった形となる。
……そのせいで私から離れることができずに青春時代を無駄にしてしまったと言えてしまうぐらいかもしれない。
「小さい頃は意外と大胆だったよな。抱きついてきたり、恋人になりたいって言ってきたり、キスしたいって言ってきたり、いまの麻美からは考えられない大胆さだ」
「口にはしなかっただけでいまも変わらないわよ」
「ん? ということは……」
「い、急がなくていいでしょう?」
やっと関係が変わったばっかりなんだからまたゆっくり歩を進めていけばいい。
それに小学生の頃のことを言われてももう変えられないから困惑しかないというか……。
大丈夫、まだそういう感情が大きくなったわけではない。
もし、それが大きくなってしまったら……。
そんな変な思考を吹き飛ばすために紅茶を飲んだらもう冷めてしまっていた。
それがまたどこか落ち着かなくさせて「落ち着け」と言われて顔が熱くなった。
「あ、ちなみに俺はキスとかしたいと思ってるぞ?」
「そ、……そうなの?」
「ああ、麻美はいつからか知らないけど俺はずっと昔から麻美が好きだったからな」
少しした後、静かにこっちを向いてきたから慌ててその口を両手で押さえた。
多分これをいまこの流れでしてしまったら早くこの関係が終わってしまいそうな気がする。
何度も言うけど私より魅力的な存在が彼の側には多く存在する。
……こういうことで萎えられてしまったら私はやっていけなくなるから……。
「ふぅ、勢いだけで俺はしないよ、もししているならあの頃奪ってる」
「あの頃って?」
「そんなの……一番甘えてきてくれていた時期に決まっているだろ」
ということは小学一、二、三、四年生の頃ということ……。
さ、さすがにそれは自覚するのが早すぎではないだろうか。
私なんて恋なんか一切分からずに――……実は私もそうなの? と気づいてしまった。
……なんにもないのに付き合いたいとかキスをしたいとか言わないだろう。
「あ、あの頃は明日香が一番仲がいい相手だったじゃないっ、明日香だってあなたのことを特別視していたからこそ唇に……」
「告白してこなかったからな、告白されなければ受け入れることも断ることもできないだろ」
「それこそあの頃も魅力的な子ばかりっ」
「落ち着け、結局俺は麻美の言う魅力的な相手ではなく麻美といることを選んだんだぞ」
確かに毎日ちゃんと来てくれていた。
休日なんかにも来てくれて私の相手ばかりしてくれていた。
こちらが鈍くさいところを見せても呆れることなく優しくしてくれた。
……それこそそういう感情がなければできないことだと思う。
「ふふ、あなたってドMよね」
「な、なんでだよ……」
「だってわざわざこんな面倒くさい相手を好きになったのよ?」
「恥ずかしいことじゃないからな、寧ろ麻美の魅力に気づかない周りの男子がおかしいんだ」
こ、これはまたダメージが残るようなことを口にしてくれた。
そんなの当たり前だ、何故なら本当に魅力的な存在が近くにいたから。
私では本当に稀有な存在からしか見てもらえない。
そのおかげでそういうことに関しては特に苦労もしてこなかったから悪くはなかった。
……和彦君以外はどうでもよかったし……。
「嫌な顔をせずに仕事をしたりするところがいいよな。まあただ、臆病な性格のくせにそういうときだけは無理してしまうみたいなところはちょっとあれだけど」
「それは任せられたことだから当然よ」
他の子だって自分の役割をしっかり果たしていた。
褒められるようなことではない、当たり前だと片付けられてしまうようなことだ。
「そうか? 任せられたことじゃなくても他の人間が嫌がっていることとかも受け入れて頑張っていたよな?」
「でも……結局あなたに頼ってしまったじゃない」
「それでもやろうとしたんだぜ? 麻美が立候補していなかったら休み時間にまで突入するぐらいの進まなさだったからな」
自分ひとりでなんとかできていない時点で偉くない。
結局できないのあれば実力はあるそんな存在に任せておいた方がいい。
私のあれは出しゃばってしまったことと同じでしかなかった。
「あとはやっぱり俺を頼ってくれるところだな」
「……普通は面倒くさいって切り捨てるところだと思うけれど」
「そういうのはなかったな」
私もあれだけど彼もかなりあれだった。
でも、そんな彼だったからこそ私は好きになったのだ。
「好きよ」
「おう、俺も好きだ」
「これからもよろしく……」
「おう、よろしくな」
手を握って上下に振らせてもらう。
やはり彼の側にいられないと嫌だって再び強くそう思ったのだった。
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