07話.[待ってほしいの]

 十二月二十五日。

 変に気を使われても嫌だから家に帰らずに外で時間をつぶしていた。

 お昼で終わってしまったから夕方頃まではこの公園で過ごし、夕方頃になったら飲食店に行こうと決めてある。

 幸い、十二時頃からの五時間は読書でつぶすことができた。

 もう飲食店は決めているのもあって十八時には入店、半には退店に。

 それで寒い夜の中、コンビニでおでんとチキンを購入してまたあの公園に、と移動。


「美味しい」


 今日に限っては結構お腹に入るみたいだ。

 お金も結構使用してしまったものの、部屋に引きこもっていたもうひとつのそれよりかは楽しく自由に過ごせたことになる。


「あ、麻美か……?」

「ん? あら、こんなところでどうしたの?」


 気づいたら目の前に和彦君がいた。

 チキンを綺麗に食べようと意識していたからこんなことになる。

 ……さすがに食い意地が張っているみたいでかなり恥ずかしかった。


「それを聞きたいのはこっちだよ」

「私は飲食店に行って帰ってきたの、……そこからおでんを買ってしまったりしたけれど」

「いや危ねえだろ」

「もう帰るから大丈夫よ」


 手だって脂がついてしまっているから早く洗いたかった。

 いい加減体が冷えすぎているからお風呂に入りたいのもある。

 あの様子だと姉が早く帰ってくる感じはしないからたまには先に入ってしまってもいいだろうと判断している。

 母だってお風呂に入るときにいちいちなにかを言ってきたりはしないわけだし……。


「それより友達と過ごしていたんじゃなかったの?」

「その帰りだよ、たまたまこっちを歩いていたら麻美らしき人間が見えたからさ」

「目がいいのね、あの道からだって結構離れているのに」


 そもそも敢えて遠回りをする理由が分からない。

 もっと友達と一緒に過ごしたかったということだろうか?

 その中には女の子がいて上手く誘うことができなかったから頭を冷やしたかったのかも。


「送ってくれてありがとう」

「待て待て、今日は泊まる」

「どうして?」

「なんか夜に出歩いたりしそうだから」


 和彦君がそう決めて、和彦君のご両親が許可を出しているなら構わないと言った。

 私的には手を洗えて、体を温められたらそれでいいからだ。

 彼はここで電話をかけて、私も少し話をしたりもした。


「それじゃあお風呂に入ってくるから」

「おう、待ってるぞ」


 両親はいないようで自由だった。

 それでも途中で帰ってきたら気まずいから早くお風呂に入って客間に向かう。

 今日で学校もとりあえず終わりだからとにかく精神的に楽だった。


「二十二時頃になったら部屋に帰るわね、ずっと外にいて疲れたのよ」


 あと、考えていることが同じなのか飲食店には多くのお客さんがいたから。

 入り口で結構待つ羽目になったし、なにより賑やかすぎて少しだけ後悔したぐらい。

 でも、悪いのは私だ、クリスマスに一緒に来た相手と盛り上がってなにが悪いという話だ。

 だから帰りにおでんとチキンを食べていたときは本当に幸せだった。

 暗闇が怖いとかそういう乙女属性はないから静かでひんやりとしてて本当によかった。


「今日はここでいいだろ?」

「んー、どうせ男の子と過ごしてきたというのは嘘なのでしょう?」


 ウェットティッシュで鍵を拭きつつそう答える。

 モテる彼が男の子からしか誘われないなんてことはありえない。

 その男の子達も女の子がいてくれた方がいいからきっと誘ったはずで。


「なに言ってるんだよ、嘘をついてどうするんだよ」

「まあいいわ、そんなのあなたの自由――」


 何故か電気を消してからこちらを押し倒してきた。

 眩しくなくて助かるけど……雰囲気的には大変よくない。


「ただいまー!」

「お邪魔します」


 どうやら姉が直人君を連れてきたみたいだった。

 でも、彼は一切やめようとしなかったから扉が開けられて姉が入ってきてしまった。


「ありゃりゃ……入っちゃ不味かった?」

「明日香はお母さんがなんでいないか、知ってる?」


 鍵を拭いた後に携帯を確認してみたけど連絡はきていなかった。

 別に知ったところでなにが変わるというわけではないからいいと言えばいい。

 寧ろ遭遇する可能性がなくなればなくなるほど私からしたらいいわけだから。


「うん、外で食べてくるって連絡がきていたよ――じゃなくて、なんでそんなに冷静なの?」

「和彦君が疲れたらしくてもう寝ようとしていたところだったのよ、それで転ぼうとしたら滑ってこうなってしまったの」

「確かに美味しいご飯とかを食べた後だと眠くなるよねー」


 姉は興味をなくしたのか「えっちなことはしないでねー」と言って二階へ上がっていった。

 私は未だにこちらを見下ろしている彼の腕をタップをして解放してもらう。


「直人君はここで寝るのかもしれないわね」

「……なんでそんな冷静なんだよ」

「勢いだけだからよ、あなたにとって私なんか本当はどうでもいい存在だもの」


 もしその気があれば今日こちらを優先してるはずだ。

 が、悩む素振りすら見せずに彼は友達を優先した。

 もちろんそれは自由だ、面倒くさい絡み方をしているのは分かっている。

 だから私はただの幼馴染として今日はこうして一緒にいるのだ。


「私はどうでもいい存在なんだしここで寝ても問題ないわね」


 布団セットはふたつあるから苦労しない。

 丸まって寝れば風邪を引くということもないだろう。

 なのでささっと敷いて目を閉じて寝ることにした。

 先程歯も磨いてきたからなにも引っかかることはないのがよかった。




「……普通に寝やがって」


 真っ暗でも麻美の顔はよく見える。

 クリスマスはもう終わったが、その日の内に家に来ているのに結果がこれだった。

 ……誘ってきたりしなかったものの、俺が動くのを本当は待っていたのかもしれない。

 なんかもやもやが大きくなってきたから静かに寝ている麻美の横に座った。

 先程まで布団の中に入っていたことでかなり冷えるが、まあ寝られるような状態ではなかったから仕方がない。


「こら、なにやってるの」

「寺本は?」

「もう寝てるよ」


 丁度いいから利用させてもらうことにした。


「ふぉ~……さっむい」

「だな」


 双子の姉である明日香とは全く違う人間だ。

 少なくとも明日香ならあんなことを言ったりはしない。

 まあただ、彼女の場合は平気で切ったりするからそこも違うと……。


「寺本は床で寝てるのか?」

「うん、敷布団があるからそれでね」

「ベッドじゃないんだな」

「当たり前だよ、まだそういう関係じゃないからね」


 距離が近すぎる彼女でもできないこともあるということか。

 しかし、寺本の奴もクリスマスによく彼女と過ごそうとしたものだ。

 こうなってくると一方通行になる可能性がある。

 仮にそうなっても寺本の奴は上手く不満をぶつけられなさそうだった。


「それよりもだよ、あれは本当に転んだだけなの?」

「いや、俺がむかついて押し倒しただけだ」

「だよね、そうでもないとピンポイントであんな感じにはならないよね」


 あんな感じの事故が多発したら社会的に終わる。

 何度も言うが、俺は麻美にだけああいうことをしているし、したいと思っている。

 でも、麻美がそれを信じてくれていないから昨日みたいになにもないまま終わってしまうというところで……。


「やっぱり俺が他の女子にもしていると考えているみたいでさ」

「乙女としては気になるでしょ」

「……クリスマスも優先するべきだったか」

「当たり前だよ」


 ひとりで飲食店に行っていたと聞いた。

 去年や一昨年は家で過ごしていたからそれがまた驚きだった。

 間違いなくいい方に変われているのかもしれないが、ひとりで出歩くのは不安になるからやめてほしい――って、誘おうともしなかったお前が言うなって話だが。


「もしかして拗ねちゃってる?」

「俺にとっては私なんてどうでもいいって言って寝ちゃったな」

「はぁ、和くんが悪いね」


 証明しようがなかった。

 俺と関わってくれている女子全員のところに連れて行ってそうじゃないと言ってもらうのも現実的ではないし。

 だが、基本彼氏がいる人間ばかりだから問題も起きようがないんだけどな。


「和くんは麻美が好きなんだよね?」

「当たり前だろ、そうじゃなかったら抱きしめたりしないよ」

「だよね、じゃあもっとそういう風にしてあげればいいんじゃないの?」

「麻美も拒まずに受け入れてくれるからな」


 一緒にいる時間を増やしていけば納得してくれるかもしれない。

 ただ、この前頑張って信じるって言ってくれたんだけどな……。

 やはりクリスマスに一緒に過ごそうと誘わなかったのが悪かったか。


「あ、そういえば言ってなかったことがあるんだけどさ」

「ん?」


 彼女にしては少し言いづらそうな意外な感じだった。

 こんなことは中々ないから勝手に次の言葉を聞くために集中し始める。


「実は小さい頃、寝ている和くんにキスしちゃったんだよね」

「は……?」

「しかも……頬じゃなくて唇に」

「えぇ……」


 ……あのとき麻美が言っていたのはそういうことだったのか。

 冗談と片付けられたことだったものの、実際のことだったらしい。

 まあ冗談を言うなら自分がしたことにするだろうからありえないかと片付ける。


「あの頃は和くんのことが大好きだったからね」

「なんで告白してこなかったんだ?」

「麻美が大好きだったからだよ」


 それで言わないままでいるなんて本当にらしくない。

 そんな状態でも振り向かせようとするのが明日香という生き物だろう。

 相手が妹だったから強気に出られなかったということなのか?

 麻美にとっては俺が全てだと言っても自惚れではないぐらいの感じだった、だから取ってはいけないと考えてしまったのかもしれない。


「まあそんな過去なことはどうでもいいんだよ、麻美を不安にさせないであげて」

「おう」


 戻って寝ることにした。

 そうしたら麻美が座っていてかなりびくりとしたが気にせず布団の上に寝転ぶ。


「明日香と話していたの?」

「ああ、麻美を不安にさせないでくれって言われた」

「ふふ、明日香らしいわね」


 先程の俺みたいに横に移動してきて座ってきたから誘ってみた。

 風邪を引かれても嫌だからと保険をかけてみた結果、何故か上手くいった。


「ごめんなさい、面倒くさい絡み方をしてしまって」

「いや、謝らなくていい」


 確かに麻美だけとか発言している割にはという感じだったから俺が悪い。

 

「そうだ、楽しく過ごせたの?」

「ああ、バカ騒ぎしてたぞ」


 ゲームをやったり菓子を食べたりしていた。

 意外と飯らしい飯を食べることはせずに会話とかだけで盛り上がっていた。

 恋の話に発展したときは面倒くさかったが、そこはまあ慣れていることもあって簡単に躱すことができた。


「来年はあなたと……」

「おう――ん? って、寝てるのか……」


 一度頭を撫でてからおやすみと言って目を閉じた。

 ……風呂とかに入っていなかったことを思い出して反対を向いて寝たのだった。




 早く寝たのもあってかなり早い時間に目が覚めた。

 横で反対を向いて寝ていた和彦君を起こさないように布団から出て洗面所に向かう。

 ぼさぼさにはねた髪をなんとか普通に戻して、冷たい水で顔を洗って。

 朝ご飯はいつも食べないから二度歯を磨くことにならなくて楽でいい。


「和彦君」

「……もう朝か?」

「ええ、起きてちょうだい」


 先程起こさなかったのは乙女的なそれからくるものではあった。

 髪の毛がはねている状態を見られたくないのが大きかった。

 ただ、もう何度も見られているからいまさらではあるけれど……。


「ふぁ~……風呂に入りたいから一回帰るわ」

「それなら行ってもいい?」

「ん? おう、それだったら俺的にも楽だしな」

「なら行きましょう」


 姉は直人君と盛り上がるだろうから家にいても寂しいだけだ。

 昨日は一緒に過ごせなかった分、冬休みはいっぱいいたいと考えている。

 気になっているのは昨夜、面倒くさい絡み方をしてしまったことだった。

 面倒くさすぎるから誘ってこなかったのだとしたら……。


「危ないぞ」

「……手を握ってもいい?」

「おう、それでいいからちゃんと前を向いて歩け」


 彼と過ごすことでこういう不安はどこかにやってしまいたい。

 そうでもなければうざ絡み状態になって本格的に離れられてしまうから。

 もっとも、だからって接触しすぎるのは逆効果になるから気をつけなければならない。


「俺は風呂に入ってくるから部屋で待っててくれ」

「分かったわ」


 本人に許可を得てから本棚にあった本を読ませてもらった。

 結構ひとりでいる私にとっては勉強と読書ができれば十分だと言える。

 あ、彼と過ごしてしまうとすぐに変な願望が出てきてしまうけれど……。


「ふふ、面白いわね」

「だろ?」

「きゃ――」

「待て待てっ、悲鳴を上げるなっ」


 ……まさか見られているとは思っていなかった。

 先程と格好が違うからもうお風呂から出てきたことになる。

 普段小説ばかり読んでいる私にとって漫画というのは刺激的すぎたのだ。


「……も、戻ってきていたのなら声をかけなさいよ」

「なんか楽しそうだったから邪魔したら悪いと思ってな」

「凄く面白かったの、途中から自分で買ってしまおうと考えてしまったぐらいだわ」


 彼が戻ってきたからいいところでも読むのをやめて本棚に戻した。

 言ってしまえば本を読むことなんていつでもできるから。

 私は彼と過ごせる時間をもっと大切にしなければならない。


「麻美、横来いよ」

「ええ」


 漫画みたいに気になる男の子のベッドに寝転んで足をぱたぱた~みたいなことは絵面的にもやばいからしなかった。

 それに彼がその気になれば触れられるわけなんだから好きな匂いを堪能することができるわけだし……。

 やっぱり匂いとかも重要だと思う――と、やばい自分が内で呟いていた。


「昨日、明日香に注意されたんだよな、優先しないのはありえないって」

「でも、誰とどう過ごそうが自由でしょう?」

「……そう言う割りには疑って私なんかどうでもいいのよとか言っていたけど」


 それは不安になってしまうから仕方がないことだと片付けてほしい。

 私以外にはしないと言われても女の子といるときに監視しているわけではないから上手く信じることができないし。

 ただ、優しさだけは信じられる。

 なにか言うことを聞かせたくてそうしているというわけではないからこうして彼との時間を積み重ねたくなるのだ。

 だから変な感情を抱かなければ心はいつだってフラットな状態でいられるということだった。


「あの後輩の子なんか特にいいわよね、にこにこしていて年下で胸も大きいんだから」

「だから好きな人間がいるんだって、クリスマスだってその相手と過ごしたんだぜ?」

「分かっているわ。ただ、男の子ならああいう子が好みなのではないかって口にしてみただけ」


 好きな人がいるから諦めたという可能性もある。

 彼も男の子だから恋とかそういうことに興味はあるだろう。

 私だってそうなんだから彼だって例外ではないはずで。


「それに俺は麻美が好きなんだからどっちみち意味のない話だしな」

「どうして? 私なんてあなたに迷惑しかかけてこなかったのに」

「それがよかったんだよ、自分が頼ってもらえるって嬉しいだろ?」

「それは……そうね」


 信じてくれているということになるのだから。

 信じられない人間に頼ろうとする人はあまりいないだろう。


「私からは言わないでおくわね」

「は? なんでだよ?」

「だって……色々あなたに酷いことを言ったのよ? それなのに好きだと言われたら好きと返すのはおかしいじゃない」


 自然と溢れてしまうようなときがきてくれればと思う。

 そうすれば形だけや勢いだけのものではなくなるから。

 それに彼のことだ、言ってしまえばなんでも受け入れてしまいそうだから。


「気にしないでいい、俺も曖昧な行動ばかりしていたからな」

「自然と吐いてしまうようなときがくるまで待ってほしいの」

「分かった、だって受け入れてくれるんだろ?」

「……ええ、あなたがよければ」

「よくなければ告白なんかしないよ」


 抱きしめてくれたからなすがままとなっておいた。

 ……嬉しさとかよりもやはり安心感が大きかった。

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