06話.[それはどうして]
「それで話って?」
放課後は話しかけてきた子とファミリーレストランに来ていた。
学校では話したくなかったみたいだからここを選んだらしいけれど……。
「大槻さんのお姉さんと仲直りがしたくて」
「明日香と? 喧嘩、していたのね」
「うん、中学のときにね」
それなら敢えてここでなくてもよかった気がする。
姉を呼ぶのなんて速攻でできるから今日中に解決できたかもしれないのに。
もしかして悪く言われた子なのだろうか?
「仲直りしたうえに仲良くなりたいってこと?」
「それは……うん、できれば仲良くできた方がいいから」
「それなら私の家に来る? 明日香と直接話せるわよ?」
「でも、怖くて……」
確かに一度悪い判定をしたらあまり変えないのが姉だと言える。
下手をしたら会ったことで余計に修復できなくなる可能性もあった。
ただ、なにもしなければその微妙な状態のままでいつづけなければならなくなるということも事実で。
でも、こればかりは本人の選択次第だからこちらとしてはなにもしようがない。
「……ううん、頑張って行ってみなきゃ話にならないよね」
「変えたいならそうね」
「案内、お願いできるかな?」
「ええ、それなら行きましょうか」
その前にジュースを二杯飲んでからお店をあとにした。
……だってお金を払っているわけだから飲まないと損だからと内で言い訳をする。
あとは単純に空気が悪くなりそうだったからだ。
姉がどのような反応をするのか、この子が慌てずに対応できるのか。
「ただいま」
「おかえり!」
リビングではなく客間に移動する。
姉にあの子の相手をしてもらっている間に飲み物を注いで持ってきた。
「仲直りしたいんだよっ」
「やだ、だって仲直りする意味が分からないし」
やはり簡単にはいかなさそうだとすぐに分かった。
刺激しないようにこちらはなるべく端っこに座って進むのを待つ。
「私にその気がないから振っただけなのに私の悪口なんか言うからだよ」
「……好きな子だったから余計に気になったんだよ」
「だからって悪く言えるような立場じゃないよね? 努力していないくせに八つ当たりとかださすぎるから」
そんなことだと思っていた。
姉が悪く言うのはそういうトラブルを起こした人限定らしいから。
「そもそもなんでいまさら仲直りなんか望むの? いまさら仲直りしてなにがしたいの?」
「……それはまた友達に――」
「私はそんなの望んでない」
姉は扉を開けて「もう帰って」と冷たい顔でぶつけていた。
その子も粘ることはせずにあっという間に出ていってしまった。
「わっ……どうしたの?」
「……麻美はあの子といないで」
諦めなければ恐らくまた来ると思う、諦めたらもう二度と話しかけてこないと思う。
こちらと友達になりたくて近づいてきたわけではないから全ては彼女次第というわけで。
「とりあえず部屋に行ってもいいかしら、制服から着替えたいのよ」
「うん、麻美のお部屋に行こ」
ぱぱっと着替えてベッドに座ったら姉も横に座ってこちらを抱きしめてきた。
厳しい態度を取るのも精神的にダメージを受けるということなのだろうか?
悪く、というか、厳しく対応をした後は怖いままでいることが多いから意外だと言える。
「それ以外になにかあったの?」
「ううん、だってあのとき以外は関わっていないから」
「それなのにどうしていまさらなのかしらね」
動くなら高校一年生のときにするべきだ。
いや、仲直りがしたいなら問題を起こした中学生のときになんとかしておく必要がある。
それなのに唐突にやって来て、唐突に仲直りがしたいと言われても困るだけだろう。
私でも姉みたいになんのメリットがあるのかと聞きたくなるはずだ。
「というか和くんと一緒じゃなかったんだね」
「ええ、男の子と遊びに行きたかったみたいだから」
「その中に女の子も含まれてそうだけど……」
「それならそれでいいわよ、和彦君的には私にしかああいうことをしていないみたいだし」
この目で他の子にもしているところを見ることができたらそのときは綺麗に諦められると思うから。
いまのままではやはり自然に彼の隣にはいられない。
あと、どう考えてもあの後輩の子の方が魅力的すぎるから仕方がない。
「あなたは最近寄り道せずに帰っているわよね、それはどうして?」
「特に理由はないよ?」
「そうなの?」
「うん、それに麻美はあんまり一緒に帰ってくれないからさ」
「私達は姉妹なんだから誘ってくれれば一緒に帰るわよ」
何度も言うけど姉を避けたことはなかった。
私が絶対に避けたい相手は両親だ。
母は口を開けばこちらが痛いことばかり指摘してくる、父は逆になにも言ってこなさすぎて不気味だからなるべく部屋に引きこもっているという状態で。
ご飯もできるだけ別の時間に食べるし、お風呂にだって最後に入る。
自分の分はちゃんと洗って、お風呂もちゃんと洗っているから文句は言わせない。
「とにかく、あの子が来てもその瞬間に私を呼んでね」
「だからってあまり厳しい態度は……」
「どうだろうね、全部その子次第だから」
なにができるというわけではないから来てもそうしようと決めた。
でも、何度も来たところで変わらなさそうだ、という想像しかできなかった。
十二月。
どんどん寒くなっていく一方であの子は一切諦めていなかった。
寧ろ冷たく対応をされればされるほど燃えているという風になっている。
私はそんなその子から逃げたくていつものあの場所に多く行っていた。
結局、教室から逃げない私なんて未来永劫存在しないのだ。
「最近は明日香さん、来なくなったね」
「和彦君もそうね」
が、これなら本当に落ち着いて存在できるから助かるというもの。
去年みたいに静かだから授業までの時間をゆっくり楽しむことができる。
「前にも言ったように僕は麻美さんとだけの方がいいかな」
「嘘つき、すぐに怖い顔をしてくるじゃない」
「責めたいからとかじゃないよ、やっぱり一緒にいる時間の長さがでかいんだよ」
姉と出会ってから姉とばかりいた人がよく言う。
ただ、その選択は合っているとしか言いようがなかった。
私みたいな暗い方の人間といるより明るく魅力的な姉といた方がいい。
これを言ったら構ってほしくて言っているみたいだから口にはしないけれど。
「それに僕のことを信用してくれているから来てくれているんでしょ?」
「やだやだ、ただこの場所が気に入っているというだけなのに……」
「ここには僕が確定でいるんだよ? それにそうやって返事をしてくれている時点でそういうことだよ」
姉以外の異性といるところを見たことがない彼はそういう面では信用できる。
一応乙女な自分としては和彦君みたいな異性とよく一緒にいる人は不安になるから。
けれどこれもどうこう言えることではない。
だから来てくれたら相手をさせてもらう程度に抑えておかないと駄目になりそうだった。
「もう明日香さんと和彦君にばれているのに律儀に約束を守ってくれているしね」
「分かったわよ、もうあなたを信用しているということでいいわ」
そもそもこんなことで無駄な精神力を使っている場合ではない。
教室にいればあの子がすぐにやって来るからもっと休まなければならないのだ。
……姉には申し訳ないけどもう折れてくれればいいのにとすら思っていた。
そうすれば彼に変に勘違いをされなくて済むのにと文句を言いたくなる。
「それで? 今度もなにかに巻き込まれたんでしょ?」
「ええ、明日香と仲直りしたいという子が現れてね」
「え、それを明日香さんが拒絶しているの?」
「そうなのよ、そのせいでこっちに来るから全く落ち着かないの」
朝とお昼だからこそできるここへ逃げるという行為。
他の休み時間は廊下に逃げても空き教室に逃げても追ってくるから駄目になる。
彼が姉を説得してくれればなにかが変わりそうな感じがするものの、十分休みだとどこにいるのかすら分からないからどうしようもない。
多分ここで頼んだりすると見返りを求められるだろうし……。
……それでもそのことよりも付きまとわれる方が大変だと片付けて口にしてみた。
「それなら名前で呼んでほしいかな」
「そ、それだけでいいの? 触れたいとかそういうことではなくて……?」
これでも私も一応女だ。
胸はなくてもちゃんとヘコんでいなければならないところはヘコんでいる。
男の子からすれば女の子の体に触れられれば大抵は……。
「僕をなんだと思っているのさ、麻美さんって地味に酷いよね」
「じょ、冗談に決まっているじゃない。あなたが実際に動いてくれたら名前で呼ぶわ」
「うん、じゃあいまから行こう」
え、それはまたかなり珍しいことだ。
でも、動いてくれるということならそれほどありがたいことはない。
「明日香さん」
「おー、まさかこの教室で会えるとは思わなかったよ」
「最近仲直りしたがっている子がいるんだよね?」
「うん、私は絶対に認めないけどね」
姉が頑なになればなるほど私の近くにあの子がいることになるけどいいのだろうか?
あれはあの場の勢いで言っただけでどうでもいいというわけではないだろうし……。
「このままだと大切で大好きな麻美さんが疲れちゃうよ?」
「うっ」
「形だけでもいいからさ」
ちらりと確認してみたら和彦君は机に突っ伏して寝ているようだった。
だからなんとなく横に立ってみた――だけでは足りず、耳にふぅと息を吹きかけてみたら、
「うわっ!? あ……」
そう飛び起きたうえにこちらを睨んでくるというちょっと可愛い感じに。
「……麻美、自分がいきなりそれをされたときのことを考えてみろ」
「ご、ごめんなさい」
確かに寝ているときにそんなことをされたらかなり驚く。
しかもそれが明日香や和彦君ならともかく、違う人からされたときのことを考えてみただけで体が震えた。
「付いてこい」
「ええ」
体調が悪くて休むことになった空き教室に移動となった。
「で、俺は恥をかいたわけだがどう責任を取ってくれるんだ?」
「あなたにしては珍しいじゃない、なにか寝不足になるような原因でもあったの?」
「いや、普通に休んでいただけだな」
「そうなのね」
椅子に座ってなんとなく天井を見る。
寺本君――直人君のあれで姉が変えてくれたらいいけど。
そうすればあの子も満足して高頻度で来ることもなくなるだろう。
「って、話を逸らすな」
「あなたの耳を見たら何故だかああしたくなったのよ」
横顔を見ていたら頬に人差し指を突きつけたくなるし、正面から見ていたら頭を撫でて「なんだよ?」と言わせたくなる。
私にとって彼は魅力的すぎるから仕方がない。
そういうことをしてほしくないのであれば抑えてもらうしかなかった。
「私にできることは……」
「抱きしめてもいいか」
「それでいいの?」
「ああ、それで満足できる」
頷いたら優しく抱きしめてくれた。
昔からこちらが抱きついていて最近からこうなったわけではないから安心感がすごい。
授業も頑張れそうなパワーも貰える。
「過去に悪く言った相手となんで仲直りしたいんだろうな」
「ずっと引っかかっていたのかもしれないわね」
仲直りができればそれ以上は望んでいないのかもしれない。
姉から聞いたら元は友達だったみたいだから余計に難しいだろうし。
やはり恋はいいことばかりではないことがよく分かるというか……。
「私だってあなたと喧嘩したときはなんであんなことを言ってしまったんだろうと後悔したことが何度もあるから」
「一回だけ長引いたことがあったよな」
彼が離したからまた椅子に座って彼の方を見た。
三週間ぐらい続いたことがあったことを思い出す。
そのときは姉ばかりを優先するからもういいと自分が拗ねた結果だ。
普段彼に甘えすぎていた私が珍しく意地で彼から離れていた期間だった。
「あのときも無理やり抱きしめられてこちらが折れたのよね」
「待て、無理やり抱きしめたことなんてないだろ」
「直人君の話をしたときにあなたは痛いぐらいの力で抱きしめてきたじゃない」
「あ、そういえばそうだったな……」
それでも確実に嫌な気持ちになっていくだけだと分かったからあれからは喧嘩みたいにならなようにしている。
そのおかげで高校二年生の十二月現在まで一緒にいられている。
いくら幼馴染とはいっても無条件でいられるわけではないからこれは嬉しい。
「クリスマスは今年も無理なの?」
「どうだろうな、男友達が誘ってくるからな」
「それならそれで楽しんでちょうだい」
今年はひとりで過ごすことになりそうだ。
この前、直人君は姉と過ごすと言っていたからこればかりは仕方がない。
もうずっと前からクリスマスはひとり派だからショックを受けることもなかった。
あの子が来ることはなくなった。
逆に姉の方が私のところに来るようになった。
姉なら疲れることもほとんどないからこれの方がいい。
「麻美、クリスマスは悪いけど……」
「ええ、直人君と楽しんできなさい」
「うん、ご飯を食べに行ったりしようと計画してるんだ」
「ふふ、いいわね」
私は最近悩んでいる状態だった。
部屋に引きこもるか、ひとりで外食に行くかを悩んでいる。
クリスマスらしさを味わいたいわけではなく、今年こそあの狭い空間で過ごして終わることだけは回避したかったのだ。
お小遣いはくれている、食べに行くぐらいの余裕はあるのだからたまにはいいだろう。
「和くんはまた男の子達と過ごすって?」
「ええ、今年もそうなるかもしれないと言っていたわ」
「でも、友達が多いんだから仕方がないよね」
そう、だから一緒に過ごせるなんて願望を抱いてもいない。
私はひとりでどう楽しもうかと一生懸命考えているだけだった。
「あ、考えていないでしょうけどあなたは直人君と楽しめばいいのよ?」
「……なんか何回も言われるとひとりぼっちにさせているみたいで嫌だなあ」
「いいのよ、クリスマスぐらい一緒に過ごしたい相手と楽しんできなさい」
直人君だってそれを受け入れているわけなんだから余計な心配はいらない。
なんか変に気を使われても嫌だから家にいるのはやめようと決めた。
外食をして帰りにコンビニでチキンを買って食べればいい。
……実はクリスマスをクリスマスらしく過ごしたいというそれはあったから。
強がっていても仕方がない。
「それにクリスマス以外はこうしてあなたに甘えられるもの」
「おお、まさか麻美の方からしてくれるとは」
「最近は信じられるようになったから」
「って、信じてくれてなかったのかーい」
確かになんらかの問題がある相手にだけ怖い顔をすると分かったのは大きい。
和彦君のそれと違って見ることができてよかった。
あと、冷静に対応をしてみると姉がとにかく優しいことも分かった。
幼馴染とかと同じで、優しくしてくれるのが当たり前というわけではないから本当にありがたいことだろう。
「ふぅ」
「ひゃっ!?」
「ふひひ、可愛いお声で鳴きますなあ」
……二度と寝ている和彦君にするのはやめようと決めた。
これは本当に驚くし、声が出てしまうぐらいのそれがある。
……こんな声を聞かれたら登校できなくなってしまうからなるべく敵を作らない方がいい。
「クリスマスプレゼント、なにが欲しい?」
「それならこれからも私と仲良くしてほしいわ」
「それはプレゼントじゃないっ、姉として当たり前なことでしょっ」
そうは言われても物欲というものはあまりないからすぐに出てこないのだ。
無理やり捻り出したところで双方にとってメリットがないからこれでいいと思う。
私からすれば姉や和彦君が近くにいてくれているだけでそれで十分プレゼントみたいなものなのだから。
「こうしてあなたがいてくれているだけで十分よ」
「麻美のばか」
「いいのよ、寧ろ当たり前のようになにかを貰おうとする妹じゃなくてよかったでしょう?」
体を離して姉を見つめる。
まだまだ納得のいっていなさそうな顔をしていたものの、にこりと笑ってなにも言わせなかったのだった。
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